事業を承継した後、古参幹部の処遇に悩む中小企業の2代目が増えている。この課題の解決に示唆を与える会社がある。ゴルフ場運営の鹿沼カントリー倶楽部だ。かつてグループ500人の社員に対し、56人の役員がいて債務超過だった。
 会社に戻った2代目が着手したのは古参幹部の大リストラだった。
 経営再建のため、「一般社員の雇用を守る」との一念で苦境を突破した苦悩の軌跡を、2回に分けて紹介する。

(敬称略)

 栃木県のほぼ中央に位置する「鹿沼カントリー倶楽部」(鹿沼市)は、プロゴルファーの坂田信弘が研修生時代に属したゴルフ場として愛好家の間で有名だ。その坂田が原作の人気ゴルフ漫画「風の大地」では、主人公が研修生時代に修練を積んだゴルフ場として実名で登場するため、広く一般にも知名度が高い。

鹿沼カントリー倶楽部。45ホールある大ゴルフ場だ。人気漫画「風の大地」で主人公が所属したコースとして広く知られる(写真:菊池一郎、以下同)

 だが、ここを舞台に、鹿沼カントリー倶楽部の2代目で、現社長の福島範治が古参幹部約50人を大リストラした話はあまり知られていない。なぜ、そこまで苛烈な行動に出たのか。その内幕を紹介しよう。

後を継ぐ気がなかったゴルフ場運営会社の2代目

福島範治(ふくしま・のりはる)氏
1970年東京都生まれ。大学卒業後、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行。父が病に倒れたことに伴って98年、父が経営する鹿沼カントリー倶楽部に入る。99年副社長に就任。2004年、民事再生法の適用を申請。08年、社長に就任し、会社を復活に導いた

 鹿沼カントリー倶楽部が開業したのは1964年。当初経営していた会社が倒産したことなどに伴い、71年に福島の父の文雄が株を買い取って経営を引き継いだ。経済成長に伴うゴルフブームの波に乗り、ゴルフ場を増やして業績を拡大。アスレチックパークなどにも事業を多角化したことで、バブル期にはグループ(以下、鹿沼グループ)の売上高は100億円を超えた。

 しかし御多分に漏れず、バブル崩壊で事態は暗転する。坂道を転げ落ちるように業績が悪化し、90年代後半から経営危機に陥った。

 その鹿沼グループに福島が入社したのは98年、28歳のときだ。大学までラグビーで汗を流し、就職活動を始める頃には一部リーグに所属する会社から声がかかっていた。大手電機メーカーの最終面接もほぼパスしていたが、そんなとき、珍しく父が声をかけてきた。「おまえ、電機メーカーもいいけれど、銀行を受けてみたらいいんじゃないか」。

 「父は私に後を託すつもりはなかったはず」と福島は語る。というのも、自分が鹿沼グループを継ぐことはないと考えていたからだ。実は、福島の家庭の事情は複雑で、嫡出子はいなかったものの、福島を含めて非嫡出子が複数いた。だから、会社経営のバトンを受けるのは、ほかの人だと思っていた。