しかし、進学した私立高校は古田社長の肌にはまったく合わなかった。

 「中学校の仲間たちとは違い、いわゆる〝おぼっちゃん″〝お嬢様″が集まるような高校で、自分はひとり浮いてしまって、1年でドロップアウトしてしまいました」と話す。

Paykeのサービスを熱く語る古田社長。モラトリアム時代のことは今では全く感じさせない
Paykeのサービスを熱く語る古田社長。モラトリアム時代のことは今では全く感じさせない

 高校を辞めて、10代半ばの時間を、古田社長はバイクに乗って日本中を回り野宿をしたり、山に登って数日こもったりして過ごしていた。

 「周りからは、『高校にも行かず、好きなことができていいね』なんて言われていました。でも、本人はものすごく辛いんですよ。高校を辞めたことや、この先のことなど、ずっと悩んでいて。こんなことを話すのは恥ずかしいのですが、当時はなぜ生きているんだろう、こんなにつらい思いをして生きている意味があるんだろうか、と毎日思っていました」(古田社長)

山にこもっていたら自分の悩みが小さく思えた

 転機が訪れたのは、そんな生活を2年半ほど続けた日のことだった。山の魅力にとりつかれて、さまざまな山に登っていた古田社長は、あるとき、埼玉県・秩父の山へ2日ほどこもったという。

 「山に登って泥だらけになって過ごしていたら、本当に不思議な感覚なのですが、巨大な宇宙の力のようなものを感じたんです。宇宙の導きの中で生きている、と思ったら、自分の悩みがすごく小さく思えて、怖がる必要はないな、と思いました。自然から活力をもらったんだと思います」と古田社長は語る。

 その経験から、踏ん切りがついた。

 「どうせメチャクチャな人生なら、もっとメチャクチャにしてやろう!」と、古田社長はそれまで一度も行ったことがなかった沖縄への移住を決意する。

 「日本中を回っていましたが、北海道と沖縄だけが行ったことなくて、直感で沖縄を選びました。今の自分を変えたい、という強い思いが自分を突き動かしたのだと思います。沖縄に行けば、何かが変わる、と確信していました」(古田社長)

次ページ 落ち込んだ時期があったから、怖いものがなくなった