日本電産創業の頃の永守社長(手前左)と社員たち。夢はここから育った
質問 社員を引っ張るには経営者のビジョンが必要だと言われます。でも、どうやって社員に夢を示したらいいのか。どうすれば希望を抱かせられるのでしょうか?
永守語録 「今のところ10兆円は大ボラだな。でも、実現したい気持ちで言っているから嘘ではないよ」
永守経営の最大の特徴は「ホラ」である。
こう言うと何のことかと思うだろうが、日本電産の永守重信社長は中小企業の頃から、他人から見れば、ホラにも映りそうな大きな夢を描いて、社員を引っ張ってきた。
本人によれば「巨大な構想を打ち上げて、最初は『大ボラ』のように見えても、だんだん実現していって『中ボラ』にして、やがて普通の夢にして、最後は実現する」という目論見だ。
実際に、この方法で町工場を1兆円企業に育て上げた。
振り返れば、創業した1973年7月23日、京都市の自宅に、今は副会長となった小部博志氏ら3人を集め、決起集会を開いたその日に「経営3原則」を定めている。
- 非同族企業を目指し、企業を私物化しない
- いかなる企業の傘の中にも入らない独立独歩の企業づくりを推進する
- インターナショナルな企業になることを、自覚し努力する
トップの「思い」が大事
いずれも血気盛んな文言だが、目を引くのは(3)だ。今から45年も前のこと。産声を上げたばかりの企業が、「世界企業になる」と宣言するのは、失礼ながら冗談にもならないような話だった。
やがて売上高が100億円に達した85年頃には「1000億円企業になる」と言い、1000億円に到達した98年頃にはもう「1兆円企業になる」と言い出した。
さらに、三協精機を買収した2004年頃には「2030年に10兆円企業になる」と宣言。ここに来て、それを一段と強く唱え始めている。
大きな夢を掲げる狙いは、おそらく二つある。
一つは、社員や取引先に大きな希望を持ってもらうこと。まさかと思えるような大きな夢を次第に実現していくことで、社員の士気は上がり、積極精神と会社への求心力が高まる。士気の高さや積極精神が、企業の大きな力になることは今まで触れた通りだ。
二つ目は、高い目標がなければ大きな結果は得られないという永守社長らしい考え方である。
「登山家を目指す人は子供の頃から、いずれはアルプスに登りたいと考えるもの。大きな目標を持つから、その時に備えて、今何をすべきかを考えるようになる」
現実化する4つの資質
ただ、大ボラをやがて夢に変え、最後は現実に引き寄せていくには、無手勝流では話にならない。
将来に向けた徹底した「計画性」、その計画を実現していく「緻密さ」は必須。さらに、あらゆる物事から必要なものを吸収しようとする「学び」の意識、そして、何より大きな「野望」がなくてはならない。これら4つの資質に裏打ちされた経営者の綿密な行動が、大ボラを現実化する力になる。
もちろん、社員に対してホラをどう伝え、説得するかという点も重要だ。永守社長の話し方はどの社員にも一様というわけではない。同じテーマで話すときも、社員の立場によって、その中身を微妙に変えているという。
話の中身をイメージしやすいように「危機意識」と「夢」に分けてみると、比率はこうなる。
- 役員や上級幹部が相手の場合は、「危機意識」90%、「夢」10%
- 部課長クラスの管理職に対しては、「危機意識」70%、「夢」30%
- 主任クラスに話す場合は、「危機意識」50%、「夢」50%
- 一般社員に対する場合は、「危機意識」30%、「夢」70%
これは、それぞれの役割の違いによるものだという。一般社員は、夢を持って前に攻める気持ちが大事。だからその要素を増やす。逆に幹部や管理職の場合は、目標達成過程におけるリスク管理が重要な仕事だ。
国内外の市場はどう動いているのか、ライバルの技術・製品の開発状況や、それに伴う競争環境はどう変化しているか、顧客ニーズは変わっていないか……。幹部にはこうしたリスクをストレートに話し、危機意識を持たせる。
綿密な計画で現実にするのが永守流
ここでいう夢は、大ボラのような壮大なものというより、それを細かく分けて現実の仕事に引き寄せたものだろう。しかし、大ボラがあるからその話に出てくる夢も大きくなる。こうして幹部や一般社員の意欲と士気を高め、綿密な計画に沿って大ボラを現実に仕立て上げるのが永守流なのだ。
危機意識と夢の比率は、幹部や中間管理職が部下にどう話すかという点においても共通するので、ぜひ知っておきたい。
(この記事は「日経トップリーダー」2017年12月号に掲載した記事を再構成したものです。肩書などは掲載当時のものです)
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世界一のモーターメーカー日本電産。その創業者、永守重信会長兼社長CEOは仕事における「勝ち方」を熟知している。日本電産社内で門外不出とされてきた名言録をはじめ、永守氏の珠玉の100の言葉から、仕事の極意を抽出。「仕事と情熱」「人と組織」「教育と成長」「上司と部下」「経営者と志」「変化と創造」の6つのテーマで、氏を長く見てきた経済誌記者が分かりやすく解説する。
新入社員から経営幹部まですべてのビジネスパーソンが体得したい「普遍的な仕事術」を学ぼう。
≪主な内容≫
第1章 仕事と情熱
第2章 人と組織
第3章 教育と成長
第4章 上司と部下
第5章 経営者と志
第6章 変化と創造
第7章 永守と名経営者たちが共通して抱えるもの
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