1つ目は、話題づくりだ。マグロの初セリのニュースで、すしざんまいの存在を知ったという人は多いのではないだろうか。

 店のイメージカラーは、落ち着いたデザインが主流の寿司チェーンの中では異色のピンク。一部の店の前には、木村そっくりの等身大の人形を設置する。社長が画面いっぱいに登場する、迫力満点のテレビコマーシャルも流した。

木村自らマグロの解体ショーをすることも

 2つ目が、24時間営業だ。職人が握る寿司店としては、過去にはまず例がない。24時間営業なら坪効率は高くなるが、衛生管理がネックだった。木村は1日に4~6回、新鮮な魚を搬入する体制を整えた。またお客の目に触れないよう、比較的空いている時間帯にエリアを分けて掃除するなどの工夫を重ねて終日営業を実現した。

 当初は「深夜にお客が来るのか」と先を危ぶまれたものの、35坪(115.5㎡)に50席を配する築地場外の「すしざんまい本店」は1日に最高23.5回転したこともあるという(現在はフロアを拡張)。

 同時に、24時間営業することで、寿司職人の労働改善を目指した。8時間3交代制のローテーション、休みは月9日、残業は2時間以内というルールを敷く。このおかげか、寿司職人700~800人のうち、辞める人間は年間で30人程度だという。

自衛隊の苛烈な訓練

 業界の非常識とも言えることを発想し、実現させた木村。それができたのは、いわゆる「寿司職人あがり」ではなかったことが大きい。

 生まれは千葉県の農家で、兄1人、姉2人の4人兄弟の末っ子。4歳のときに父親を交通事故で亡くし、生活は苦しかった。

「母は施しを嫌がった。人にお金をもらって子供を育てるくらいなら死んだほうがましと思ったのだろう。母に手を引かれ、姉2人と近所の利根川まで水浴びに行った。姉たちは泣いていたけれど、まだ幼かった私は意味が分からず、ニコニコしていた。母は私の笑顔を見て、『今日死ななくても、明日でいいか』と思いとどまったらしい」

 小学生の頃からウサギを育てて売ったり、新聞配達やゴルフ場でキャディーをしたりして家計を助けた。成績は優秀だったものの、高校に進学するお金がなく、中学卒業後は航空自衛隊に入る。