うだうだ考えていたら、撃ち込まれて終わり
業界の異端児、喜代村(すしざんまい)社長、木村清(前編)
後発の寿司チェーンながら、様々な話題を振りまき注目を集める「すしざんまい」。24時間営業、年中無休。業界の常識を覆す名物社長、木村清とはいかなる人物か。前編、後編の2回に分けてその人物像を追う。(文中敬称略)
東京・築地の中央卸売市場の周辺に広がる、通称「場外」と呼ばれるエリア。平日の昼過ぎや週末でも外国人観光客などで賑わう。
きむら・きよし
1952年千葉県生まれ。中学卒業後、パイロットに憧れ、68年に航空自衛隊に入隊。交通事故で目を負傷し、74年に退官。同年、司法試験合格を目指し、中央大学法学部通信教育課程に入学する一方、大洋漁業(現マルハニチロ)の子会社である新洋商事(現マルハニチロリテールサービス)に入社。79年、木村商店(現・喜代村)を創業。2001年、東京・築地場外に「すしざんまい本店」を開店。現在、都内を中心に全国に約50店を展開(写真:菊池 一郎)
その一角で、人だかりができた。
「うわー、本物だ! 社長、握手をしてください」「一緒に写真を撮ってください」――。輪の真ん中にいるのは、都内を中心に全国で寿司チェーン「すしざんまい」を展開する喜代村(きよむら)の社長、木村清だ。木村はテレビコマーシャルでおなじみになった両手を広げるポーズで気軽に写真に収まる。喜代村の社員によれば、最近はいつもこの人気ぶりだという。
木村は今、最も消費者に顔が売れている寿司店経営者だろう。マグロの初セリでは2013年の1億5540万円を最高額に6年連続で落札し、その度にニュースに登場。最近ではソマリア沿岸の漁民に船を提供し、海賊行為をやめさせようとしたことで話題になった。
すしざんまいは現在、全国に約50店。01年に1号店を築地場外に開いてから、わずか16年で売上高は259億円(16年9月期)と急成長を遂げている。
社長そっくりの人形を設置
主力業態は平均客単価が約3000円と、寿司店の中では中価格帯。圧倒的な低価格を売り物にしているのではない。木村が打ち出したコンセプトは値段の安さではなく、「入りやすさ」と「食べやすさ」だ。
築地場外にある「すしざんまい本店」。お客の半数が外国人観光客だ。24時間営業店のほか、夕方から翌朝までの営業、昼・夜の一般的な営業時間の店もある
高級寿司店にありがちな敷居の高さを排除するため、のれんは下げず入り口をガラス張りにした。これなら店内の様子がよく見える。メニューからは時価という表示をなくし、すべての商品の値段を明示。明朗会計にした。
本格的な寿司を、気軽に味わってもらう路線を歩みつつ、さらに他店ではまず見られない2つの攻め方をした。
1つ目は、話題づくりだ。マグロの初セリのニュースで、すしざんまいの存在を知ったという人は多いのではないだろうか。
店のイメージカラーは、落ち着いたデザインが主流の寿司チェーンの中では異色のピンク。一部の店の前には、木村そっくりの等身大の人形を設置する。社長が画面いっぱいに登場する、迫力満点のテレビコマーシャルも流した。
2つ目が、24時間営業だ。職人が握る寿司店としては、過去にはまず例がない。24時間営業なら坪効率は高くなるが、衛生管理がネックだった。木村は1日に4~6回、新鮮な魚を搬入する体制を整えた。またお客の目に触れないよう、比較的空いている時間帯にエリアを分けて掃除するなどの工夫を重ねて終日営業を実現した。
当初は「深夜にお客が来るのか」と先を危ぶまれたものの、35坪(115.5㎡)に50席を配する築地場外の「すしざんまい本店」は1日に最高23.5回転したこともあるという(現在はフロアを拡張)。
同時に、24時間営業することで、寿司職人の労働改善を目指した。8時間3交代制のローテーション、休みは月9日、残業は2時間以内というルールを敷く。このおかげか、寿司職人700~800人のうち、辞める人間は年間で30人程度だという。
自衛隊の苛烈な訓練
業界の非常識とも言えることを発想し、実現させた木村。それができたのは、いわゆる「寿司職人あがり」ではなかったことが大きい。
生まれは千葉県の農家で、兄1人、姉2人の4人兄弟の末っ子。4歳のときに父親を交通事故で亡くし、生活は苦しかった。
「母は施しを嫌がった。人にお金をもらって子供を育てるくらいなら死んだほうがましと思ったのだろう。母に手を引かれ、姉2人と近所の利根川まで水浴びに行った。姉たちは泣いていたけれど、まだ幼かった私は意味が分からず、ニコニコしていた。母は私の笑顔を見て、『今日死ななくても、明日でいいか』と思いとどまったらしい」
小学生の頃からウサギを育てて売ったり、新聞配達やゴルフ場でキャディーをしたりして家計を助けた。成績は優秀だったものの、高校に進学するお金がなく、中学卒業後は航空自衛隊に入る。
当時の訓練は苛烈だった。入隊するなり、それまで20回程度しかできなかった腕立て伏せを「1000回せよ」と命じられた。途中でお腹をついても、新人のうち1人が駄目でも、全員でやり直し。
軍歌も30曲くらい覚えさせられた。就寝時間の前に、先輩が1回だけ歌う。それを耳で覚える。歌詞を間違えると走らされる。1回ではまず歌えないから、最低でも5、6回はグラウンドを回らねばならない。消灯しても訓練の一環で1時間おきに起きて集合し、走ることを繰り返した。
そんな厳しい訓練の日々は3カ月続き、待望の夏休みでやっと里帰りが許される。「実家から宿舎に戻るとき、このまま逃げてしまおうかと悩んだ。仲間もみんなそう。でも家族の応援があったから歯を食いしばった。今となったらいい経験だけど、同じことはもうできないと思う」。木村はこの頃のつらさを思い出したのか、涙ぐんだ。
ともあれ十代の自衛隊での経験が、木村にとって現在の経営までつながる原点となったのは確かだ。「人間は極限状態になると、すごい力が湧いてくることが分かった」。
即断即決、一気呵成
他にも、自衛隊で学んだことは数多い。「自衛官は要領を本分とすべし」。何をするにも的を射よという意味だ。今でも、木村は電話で用件を話すのに30秒以上かかることはない。用件のみ、「5W1H」しか話さないからだ。当然、経営判断も早い。
「今の時代の経営は、即断即決で動かないと話にならない。最悪なのは、うだうだ同じことを考え続けること。私は5分くらい考えて、いい考えが思い浮かばなかったら明日にするか、人に意見を聞く。戦場なら、1時間も2時間もああだこうだと考えて実行しないでいたら、撃ち込まれて終わりだよ」(後編に続く)
(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年7月号を再編集しました。構成:荻島央江、編集:日経トップリーダー)
4月25日に「プラチナフォーラム2017 経営者懇談会」を開催
「日経トップリーダー」では木村清・喜代村(すしざんまい)社長のほか、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマン、川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問、津村佳宏・アデランス社長、鈴木貴子・エステー社長らを講師に招き「プラチナフォーラム2017 経営者懇談会」を開催します。日経トップリーダープラチナ会員の方は無料で参加いただけます。詳細はこちらをご覧ください。
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