「RIZAP」瀬戸社長には机も椅子もない
適切な糖質摂取で頭をフル回転。ユニークな時短術とは
社長は、忙しい。時間が足りないのは共通する悩みだ。雑務に追われ、一日が終わってしまうこともあるだろう。しかし、それでは本質的な社長業が後回しになってしまう。いかに時間に追われず、時間をつくりだすか。それができた社長は、会社を伸ばしている。働き手だけでなく、社長にとっての「俺の時短」も大きな課題だ。
中でもユニークな方法で時短を実践しているのが、パーソナルトレーニングジム「RIZAP(ライザップ)」を運営するRIZAPグループを率いる瀬戸健社長だ。
社長室はない。自分の椅子も机もパソコンもなく、社内の壁が嫌いと言う瀬戸社長に、時間の制し方について聞いた。
秘書が座る席の横にある共用ロッカー前でお菓子をつまむ瀬戸社長(写真:菊池一郎、以下同)
パーソナルトレーニングジム「RIZAP(ライザップ)」を運営するRIZAPグループ。タレントなど有名人のトレーニング前と後の全身像を使った印象的な広告、黒字に金色のグループ名をあしらったロゴ、「結果にコミットする」というキャッチコピーを一度は目にしたことがあるはずだ。
今年39歳の瀬戸健社長が2003年に創業した健康食品通販の健康コーポレーションが母体で、17年3月期の連結売上収益(国際会計基準)は952億円。営業利益は102億円。5期連続で増収、4期連続で増益を続ける。
ゴルフや英語、料理のパーソナルトレーニングにも進出するほか、自治体と連携し、シニア層などの健康増進事業にも取り組み始めた。
M&A(買収・合併)にも積極的だ。アパレルや出版、生活関連企業など数多くの企業を傘下に収め、業態を急拡大させている。
そんな企業を率いる瀬戸社長の独特な時短術を見ていこう。
自然体で情報を吸い上げる
東京の街並みを見晴るかす新宿の高層ビルの31階に本社を構えるRIZAPグループ。しかし、そこには社長室もなければ、社長の席もない。瀬戸社長は、スマートフォンを手にして、一日中社内を歩き回る。
社員が離席して空いている席があれば、そこが瀬戸社長の執務スペースだ。スマホでメールを見て決裁依頼などをチェック。決めるべきことがあれば、その場で担当者に電話して即決する。椅子に座っている時間は10分を超えない。
「社長室はないほうが効率がいい。あちこち歩いていると社員のほうから話しに来てくれるし、5分あれば話は済む」
会議終了後に社内の通路を歩くと、すかさず呼び止める社員がいた。空いている席でスマホでメールチェックをすることもあるが、一日のうち、椅子に座るのは会議か来客のときだけだ
部屋がないだけでなく、社長専用のパソコンもなければ、書類や資料を保管するロッカーや書棚もない。「自分の書類というものは存在しない。パソコンは以前買ったけど、初期設定すらせず、使わないままだった」。
一日の大半は立ち歩いており、お客との面会時間も、最長30分に設定している。
瀬戸社長に密着取材すると、立ち止まることなく、テンポ良くどんどん仕事が前に進んでいくのが分かる。
会議は20分で終了
会議の進行も速い。
この日は、ライザップで減量に成功した人を表彰する大がかりなイベントの内容について、担当者が社長に説明するための会議が行われた。
会議の進行に滞りがないよう、出席者は事前に動画の再生チェックを入念に行う。瀬戸社長が、機材の設定に時間がかかるのを嫌うからだ。
開始予定時間を15分ほど過ぎて瀬戸社長が会議室に入室。担当者はA4判の紙を3枚ほど閉じた資料を渡し、すぐに本題に入った。
「OK、OK、どんどん行って」
「分かった、いいんじゃないかな」
重厚な内装の部屋で行われた会議だが、議論に堅苦しさは感じられない
説明を受ける瀬戸社長は、合間に相づちを打つ程度。時折意見を挟むが、自身が話し続けることはない。
まだ詳細が決まっていない点については、担当者に「また後で教えて」と言い残して会議は20分ほどで終了した。
この日はほかに場所がなかったので、会議に来客用の部屋を使ったが、瀬戸社長が参加する会議は基本、オープンスペースで行う。
会議室に集まって議論をすると、どうしても〝よそ行き〟の意見しか出ない。社員から本音が出ず、そのために仕事が間違った方向に進んでしまう可能性もある。それは時間の無駄にほかならない。そんな事態を避けたいのだ。
社長に用事がある社員は、社内を歩いている社長に直接、声をかける。事前に社長のスケジュールを押さえたり、会議室を予約したりする手間も時間も必要ない。
瀬戸社長が社内を立ち歩くのも、会議を打ち合わせスペースで開くのも、社員から率直な意見をリアルタイムで聞いて正しく会社を導き、最短の時間で目標を達成したいとの考えがあるからだ。
「正しく会社を認識することがとても大事。そのために、正しい情報を吸い上げる。そして、素早く意思決定する」
会議が終わって通路を歩く瀬戸社長は、すぐに呼び止められた。3分ほど立ち話をする。話しかけたのは、取締役だという。
「社員が社長に話しかけやすいような環境づくりにはとても気を遣っている」という瀬戸社長。この日は来客があるためスーツだったが、普段は、なるべくカジュアルな服を着てくることを心がけているほどだ。
社内に壁はつくらない
生の情報を常に吸い上げ、社長として正しい判断を下す。この経営哲学は、オフィスの設計にも表れている。社員の執務スペースに、ほとんど壁がないのだ。
社員の執務スペースには壁がなく、フロア中を見渡すことができる。新しく入った社員のケアのため、席には目印の風船がある
管理部門とそれ以外を隔てる、ついたてのような壁はあるものの、フロア全体はほぼ、見渡せる。窓際には、ファミリーレストランのベンチシートのようなソファとテーブルがある。社員が打ち合わせをするスペースだ。
瀬戸社長は、自然にこの中に割り込んで、話に加わる。突然、社長がやってきても、社員が緊張して口を閉ざしてしまうことはない。「会議室で話すよりいい話になる。普段働いている場所は、みんなのフィールドですから」。
自身もいつも機嫌良く振る舞い、職場のいい雰囲気づくりに時間を割くことをいとわない。
報告書は毎日必ず読む
このように社員との会話を通した情報収集を大事にする一方で、部下から定期的に送られる報告書を読む時間も重視している。
各部門の責任者(室長・部長クラス)は、週3回ほど、事業の進捗などについて社長に報告書を提出する。これを読むために、1日2時間を確保する。
出勤時など移動中にスマホで読む場合もあるが、帰宅後、深夜になってから目を通すことも多い。
報告書を読んで気づいた点があれば、スマホの機能を使ってメモを取る。深夜に社員にメールを送るのは避け、いったん、自分宛てにメール送信しておき、翌朝、出社後に担当者宛てに送信する。勤務時間外に仕事の指示をメールで送るのは「悪いから」というのが理由だ。
「現場のリーダーには『僕にお伺いを立てずに、絶対にその場で決めてくれ』と言っている。僕が途中でノーを出すのは、会社の方向性と大きくずれているときだけ。何も言わなければどんどん進めていい。ただ、報告はタイムリーにしてほしいと指示している」
現場の状況をリアルタイムで細かくチェックすることを怠らないのは、物事が進んでしまってから社長の一言で〝ちゃぶ台返し〟となることを避け、時間のロスをなくすためだ。これを瀬戸社長はコスト削減と捉えている。
「1カ月でやるべきものに2カ月かかると、人件費や家賃などの固定費が倍になる。一方、半月で終えれば半分になる。限られた時間の中でいかにパフォーマンスを上げ、早く設定したゴールに到達するか。これが、僕たち流の前向きなコスト削減です」
だが、社員にスピードアップしろとは命令しない。「スピードアップというのは、目的が曖昧で最も良くない指示。『いつまでに仕上げて』と期限を決めれば自然に生産性は上がる」。
適時に決断を下し、ゴールに向かう
目指すゴールを決めて、最短の時間で到達する。これは、主力事業であるライザップのパーソナルトレーニングにも通じる、瀬戸社長の時短術であり、経営方針だ。ゴールをビジュアル化し、具体的にイメージする点も共通する。
実際、瀬戸社長は現場のリーダーに、比喩的に「ライザップのトレーナーになってくれ」と言っているという。
パーソナルトレーニングのトレーナーは、落とす体重を数字で示すだけでなく、痩せた後に顧客を待ち受ける新たな世界をビジュアル化し、繰り返し顧客と共有する。
例えばおなかが引き締まり、胸板が厚くなった格好いい自分、なりたい自分の姿だ。それをトレーニングのたびに示し、顧客を後押しする。そうすることで、顧客はつらいトレーニングを乗り越えることができる。
現場のリーダーに求められるのも同じだ。どんな部署にしたいのかを考えてビジョンを描き、メンバーと定期的に共有する。このとき大事なのは、ビジョンを具体的なイメージで示すことだ。
「売り上げ目標などの数字を言っても誰も心が動かない。10キロ痩せることだけを目標にするのではなく、10キロ痩せたらどんな世界が待っているかを、ありありとビジュアライズする力が重要」
現場リーダーや社長に求められるのは、会社全体のゴールを設定し、それを社員に分かりやすいイメージで伝えることだと瀬戸社長は強調する。
「ゴールをビジュアル化して明確にすればするほど、取るべきアクションは明確になる。ゴールを決めることは非常に効率的。だからこそ、社長はゴールについて考える時間がすごく大事なんです」
糖質摂取で頭をフル回転
瀬戸健(せと・たけし)氏
1978年福岡県北九州市生まれ。2003年、健康コーポレーション設立。06年、札幌証券取引所アンビシャス上場。16年、純粋持株会社「RIZAPグループ」に
ゴールを設定し、一瞬も無駄にせず最短距離で突き進む。常に頭をクリアな状態に保ち、フル回転させておくことが求められる。このために瀬戸社長が大事にしているのが、お菓子をつまむ時間。秘書が座る席の横の共用ロッカーには、お菓子が常備してある。
ささいなことにも思えるが、瞬間、瞬間を自身にとっての「奇跡の時間」と捉える瀬戸社長には、欠かせないひとときだ。
「1、2時間に1個くらいのペースでつまんでいる。そうしないと頭が働かない。よく誤解されますが、適切な糖質摂取は重要なんです」
まさに“走りながら”一日を終える瀬戸社長だが、毎日必ず、立ち止まって考える時間を確保している。自分のゴールとは何かを考えるときだ。それは、未来の会社と自分の姿を頭の中に描いてビジュアル化する、最も大事な時間だ。
未来を見つめ心から望む
自分が年老いて死ぬ瞬間を想像することもある。そのとき、自分の人生に納得しているだろうか。「人は変われる。」という自社のスローガンを本当に証明し、世界に貢献した自分がそこにいるだろうか。そのために自分は今、全力を出し切っているだろうか。もっと本気でやれば、もっと成し遂げられることがあるかもしれない。こう自問自答を繰り返し、己のゴールを何度も確認する。
帰宅後も、子どもたちが宿題をしている横で、ヘッドホンをして好きな音楽を聴きながら、音楽のイメージに合わせて自分の未来を思い描くという瀬戸社長。
「未来を見つめ直すと、戦略は自然に出てくる。心から望まないと自分の軸がぶれる。それは社員にも分かってしまうものです」
(この記事は「日経トップリーダー」2017年12月号に掲載した記事を再構成したものです。数字などは掲載当時のものです)
日経トップリーダーのプラチナ会員の皆様限定で開催する恒例のイベント「日経トップリーダープラチナフォーラム」を4月24日(火)午後1時から、東京・品川の品川プリンスホテルにて開催します。
テーマは、「いい会社とは何か」。働き方改革が進み始め、働くことに対する従業員の価値観が変わってきました。経営者は、従業員と共に発展させていける「いい会社」にするにはどうすべきかを今まで以上に深く考えることが求められています。
今回は、このテーマに沿い、次のような方々に登壇いただきます。
まず、この記事でご紹介したRIZAPグループの瀬戸健社長。演題は「RIZAP流 組織のつくり方」です。
次は、野球解説者の山本昌氏。「継続する心」をテーマに登壇いただきます。
続く、鎌倉投信の新井和宏取締役の演題は「社員満足度から社員幸福度へ」。
そして、フォーラムの締めくくりに登場いただくのは、カルビーの松本晃会長兼CEO(最高経営責任者)。「『稼げる社員』をどう育てるか」を明かしていただきます。
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