諏訪:経営者には、予測できない外部のどんな環境にも適応力が不可欠だということですね。

 森さんは森精機入社前、伊藤忠商事で働かれていました。なぜ商社で働こうと思ったのですか?

:当時の商社マンは、トレーディングといって、ものの流れ、お金の流れ、文書の流れすべてに携わることができました。いわば経営者に一番近い仕事だったんです。

幼い頃から社長を意識

諏訪:社長になることを既に意識されていたのですね。

:幼稚園の頃から、社長候補の従兄弟たちと「俺が社長だ!」なんて遊んでいましたからね(笑)。

諏訪:プレッシャーはありませんでしたか?

森雅彦(もり・まさひこ)氏
1961年、奈良県大和郡山市生まれ。85年、京都大学工学部精密工学科を卒業後、伊藤忠商事に入社。繊維機械の営業に携わった後、93年に森精機製作所に入社。94年に取締役に就任し、常務、専務を経て、99年から現職

:なかったですね。父は、景気が悪いと機械はもうあかん、お前にチャンスはないから医者になれ、と言っていたんです。でも、景気が良くなるとやっぱり機械工になれと。そんな感じでしたから。

諏訪:反抗心はなかったですか?

:ありましたよ。家出して、1年間祖父の家から学校に通っていました。

諏訪:なぜ家出を?

:高校に入って勉強を休んだら成績が下がって怒られたんです。自分で理由も対策も分かっているから、焦らんでよろしいと口答えしたら、生意気や、出て行けと言われまして。

諏訪:強いですね(笑)。ご自身と先代とで違うところや、意識して変えた部分はありますか?

:あまりないです。違うのは多少英語ができることと、精密工学の基礎を勉強したことでしょうか。

諏訪:経営はどこで学ばれたんですか?

:今も勉強中ですが、経営の基本は伊藤忠商事で叩き込まれました。経営者として、約束を守ることや、実印の管理の仕方などは、子供時代に親から教わりました。

諏訪:実は、私が社長になって初めて機械の見本市に行った時、最初に声を掛けてくださったのが森精機の営業担当者だったんです。女性にも、偏見なく説明してくださる社員さんの姿勢が素晴らしいなと思いました。