飲食業などのイベントプロデュースを手掛けるギリー(東京・文京)代表の渡辺幸裕は、10年近く前から桜井と親交がある。本社完成後に見学に行った際、製造現場で働く若い社員が、「蔵が新しくなって獺祭がますますおいしくなりました」と誇らしげに語ったという。「社員のモチベーションは高い。〝桜井イズム〟が浸透しているなと感じた」と渡辺は見る。

「良い酒、おいしい酒を造る」のが桜井イズム

 桜井イズムとは、一言で言えば、「良い酒、おいしい酒」を造るということ。「子供の頃、日本酒業界は活気にあふれていて、自分の家の酒蔵では職人たちがいきいきと働いていた。それを見てから、ずっと酒蔵に愛着を持ち続けてきた」(桜井)からこそ、この考え方から大きくブレないのだ。

 そのため、現在の技術水準では機械化しにくい洗米などの作業は、まだ人手に頼っている。標準化を重視しつつも、それが多少でも品質に影響する場合には、品質を優先しているわけだ。

本社を山口県から都心部に移すことは微塵も考えていない
本社を山口県から都心部に移すことは微塵も考えていない

 東京都心で飲食店をプロデュースしている丸の内ハウス事務局の玉田泉は、「工場見学に行ったとき、小さなタンクがズラリと並び、多くの社員が働いている光景に感動した。造る量が増えても、『品質重視』の初志を貫徹しているのだなと思った」と話す。

 IPOに関心がないのも、やはりおいしい酒造りを重視しているからだ。桜井は、「他人の資本が入るとその意向にも耳を貸す必要が生じ、経営がブレる。酒蔵は長期的な視野で経営していかなければならず、短期的な利益の追求とは相容れない。バブル期には、大企業が酒蔵を買収するケースもあったが、やはりうまくいかなかった」と話し、中小企業ならではの妙味があるという。

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