建設業界の人手不足は深刻だ。そんな中、静岡県の中堅住宅メーカーである平成建設は、有名大学出身者ばかり、ほぼ目標通りの新卒者を採用している。
同社の秋元久雄社長は、採用だけは「自分の仕事」と言い切り、自身が前面に出て全力で取り組む。
平成建設では1989年の創業以来、社内での職人育成に取り組む。今では各世代を網羅した200人を超える職人集団を形成する
東京五輪に向けた需要の高まりを背景に、建設業界の人手不足が一段と深刻化している。建設業の大卒求人倍率(2018年3月卒)は前年より3.16ポイント上昇して9.41倍。全業種平均の求人倍率1.78倍に比べ、ずば抜けて競争率が高い(リクルートワークス研究所調べ)。
そんな厳しい環境をものともせず、17年度も当初のほぼ目標通り40人の新卒者を採用したのが、住宅メーカーの平成建設(静岡県沼津市)だ。
獲得したのは有名大学卒業者ばかりで、ほとんどが本社のある静岡以外の出身。非上場で中堅規模の建設会社になぜ全国から人材が集まるのか。
一番の理由は「大工を育成する会社」という同社の明確なコンセプトにある。主要工程を内製化する住宅メーカーは珍しい。建築の道を志す学生の中には、現場で自ら手を動かしてものづくりをしたいという層が一定数いる。だが、大手ゼネコンに入社したら、その夢はなかなかかなえられない。
平成建設は、そうした現場志向の学生の受け皿になっており、このタイプの学生の間では名の知られたブランド企業になっている。
繰り返し面接をする
自社が必要とする人材を獲得できる背景には、数多くの学生が門をたたいてくることに加え、採用方法自体にも秘密がある。
まず、会社説明会を年間で15回程度、東京、大阪、静岡で実施。午前中は秋元久雄社長が会社のビジョンなどをたっぷり語り、午後は半日がかりで一次面接をする。驚くのは面接回数の多さだ。一次面接は学生6人に対し面接官1人の集団面接で1回50分。面接官を変えて、これを3セット実施する。
次の二次面接が最終になるが、これまた回数が多い。学生と面接官の1対1で30分。これも面接官を変えて3回実施する。
ここまで繰り返し面接をするのは、両者が素顔を見せ合い、ミスマッチをなくすためだ。
「これだけ話せば、学生の人となりや価値観は否が応にも見えてくる。それは学生側も同じこと。面接官を務める先輩社員を通して会社の実像が見えれば、納得ずくで当社を選んでくれる」(採用を担当する総務課の芹澤将幸課長)。
一次面接は個室ではなく、オープンスペースで実施する。個室では学生に圧迫感を与えてしまい、素の姿が出にくいからだ。企業の中には故意に厳しい質問をして学生の対応力を測る「圧迫面接」をするところもあるが、平成建設では「自然な普段通りの様子」から学生の資質を見抜くことに神経を使っている。
面接官を務めるのは、社歴10年以下の社員。面接官3人のうち1人は、大工や設計など、希望する職種の先輩社員が務める。学生が知りたい情報をもれなく提供したいと考えるからだ。
志望動機を聞かない
話す内容にも人事部や経営層は一切タッチせず、すべて面接官任せだ。かなりざっくばらんな雰囲気で、志望動機を聞かないこともあるほど。「お互いが自分の言葉でしゃべれる時間だった。時間は長いが全く疲れなかった」と入社2年目で工務部の大垣宏介さんは話す。同じく入社2年目で大工工事部の栗林熙樹(ひろき)さんは「都合の悪いことをごまかさない。正直に本音で話してくれていて好印象を持った」と振り返る。
「普通の会話で、面接という感じがしなかった」と話す入社2年目、工務部の大垣さん(写真/廣瀬貴礼)
ただし、これは学生にとっては必ずしも楽な面接ではない。面接マニュアルが役立たないからだ。今の学生は面接の受け答えがうまいが、合計240分の長丁場となると、おのずと地頭の良さやとっさの対応力が見えてくる。
さらにそうした部分をじっくり観察するため、一次面談では、面接官とは別にもう1人、面接には参加せずそれぞれのグループのそばで参加者の様子を観察する採用担当者がいる。
同社の場合、この時点で早くも、どの学生がどの学生とウマが合いそうかまで見ている。次の選考などで、その学生同士を同じグループにするためだ。「今の学生は、面接などで居合わせたほかの学生をとてもよく見ている。内定者に価値観が合う仲間がいるというだけで志望度はぐっと上がる」(芹澤課長)。
「先輩社員の本音が聞けてよかった」と話す入社2年目、大工工事部の栗林さん(写真/廣瀬貴礼)
一方で、二次面接は希望職種の管理職が担当する。選考全体について学生から意見を聞くと、「面接されている」というよりは自分の人生観や職業観を確認できたという感想が多いという。
秋元社長自身は直接、学生を面接しない。面接後に選考の対象者全員に1時間程度話をしたり、質疑応答をしたりする。自分の価値観を示して、学生の反応をうかがう。そこで自社に適した人材かどうか、採用担当者と擦り合わせる。
手加減なしのガチンコインターンシップ
平成建設では学生に自分たちの会社をよく知ってもらう機会として、インターンシップにも力を注いでいる。
インターンシップで体験できる職種は大工、営業、設計、デザインなど5つ。日程は1日、2日、1週間の3コースがある。
毎年、150人ほどの応募があるものの、参加できるのは25~30人。採用担当者が応募者全員に電話で話を聞き、本気度の高い学生に優先して参加してもらう。最終的に内定者の2、3割をインターンシップ経験者が占める。
最大のポイントは、インターンシップ用の特別なプログラムを用意していないこと。いきなり実際の建築現場に入れるのだ。大工であれば、朝早く会社に来て準備するところから始まる。現場で作業をして夕方に戻ったら会社の風呂に入り、社員食堂でご飯を食べ、宿舎に帰る。入社後の日常を味わってもらうわけだ。
インターンシップ用のプログラムは用意しない。実際の建築現場で作業をする
学生に取り組んでもらうのは練習ではない。れっきとした仕事だから、現場で指示を出す先輩職人にしてみたら少しも気を抜けないうえ、作業時の安全も確保しなければならない。それでも「いずれ自分の後輩になるかもしれない人材のため」と気持ちよく引き受けてくれるという。
さらに「臨機応変であること」も平成建設の採用活動の大きな特徴だ。芹澤課長が「これは」と思う人材を見つけると、すぐに秋元社長に連絡を取る。ぐずぐずしている間に他社に取られてしまう可能性があるからだ。
是が非でも欲しいと見込んだ候補者は通常の選考ルートとは別に、秋元社長が直接会って話をしたり、本人のニーズに応じた情報を提供したりするなど、あえて“特別待遇”をして囲い込む。
採用は社長の仕事
「採用だけは社員に全部を委譲しない」と話す秋元社長(写真/廣瀬貴礼)
ほとんどの仕事を社員に委譲している秋元社長だが、今なお採用だけは「自分の仕事」という姿勢を崩さない。数年前、「採用は軌道に乗ったし、担当者に任せたほうがより良い結果になるのではないか」と考え、手を離したことがあった。しかし、結果として辞退率が高まったという。
以来、会社説明会では1、2時間かけて語り、インターンシップの参加者全員と飲み会に行く。会社の目指すビジョンを、自分の言葉で直接学生に伝えることを大切に考えているからだ。
「会社の夢を語れるのは社長だけ。社員が話すと薄まってしまう。だから自分が前に出るしかない」。そう秋元社長は強調する。
業界全体で人手不足の嵐が吹き荒れるなか、順調に優れた人材を確保し続ける平成建設。その裏には入念な仕組みと、採用に懸ける並々ならぬトップのエネルギーがある。
(この記事は、「日経トップリーダー」2018年1月号に掲載した記事を再編集したものです)
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