ケーキを買いに飛行機でファンが来る店の秘密
パティシエ エス コヤマ「心配性」社長の丁寧な人づくり(前編)
大阪から電車で1時間の田園地帯、兵庫県三田市。決して立地がいいとは言えないこの場所に、1日約4000人が押し寄せる人気洋菓子店がある。強さの秘密は、社員の真摯な手仕事と心配りによって生み出される、ライバルを圧倒するような商品力と接客力にある。世界的パティシエ(菓子職人)でもある小山進社長が、愚直に取り組む人づくりの極意を2回に分けて明かす。
大阪から電車で1時間、里山や田園が広がる兵庫県三田市に、絶大な人気を誇る洋菓子店「パティシエ エス コヤマ」(以下、エス コヤマ)がある。約5000㎡の敷地に本店、チョコレート専門店、カフェ、ギフトショップなど6つの店舗が点在する。
1日およそ4000人が来店し、北海道や九州から飛行機に乗って訪れるファンもいる。
神戸の洋菓子店チェーンで修行した小山進社長は2000年に独立し、エス コヤマを設立した。03年に最初の店をオープン。3年越しで開発した「小山ロール」がヒットし、ロールケーキブームの火付け役となった。
12年にはフランスの最も権威あるチョコレート愛好者団体「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ」の最高評価を2年連続で獲得し、国内外で大きな話題を呼んだ。12年8月期の売上高は18億円超える。
商業施設からの出店要請はすべて拒否
エス コヤマには、全国の商業施設から出店要請が絶えない。しかし小山社長は全て断っている。「緑豊かな場所で自然や季節を感じてもらえるお菓子を作り、お客様にもそうした空間に足を運んで楽しんでもらいたい」と考えるからだ。
郊外の住宅地にもかかわらず、朝から数十人の客が列をなし、10時の開店とともに一斉に店内へとなだれ込む(撮影:直江 竜也、以下同)
小山社長が店舗網を拡大しない理由は、もう1つある。「目の届くところで丁寧に社員を育てたい」と考えるからだ。業界のカリスマ的存在である小山社長。しかし個人技でファンを増やしてきたわけではない。社員全員を手間と時間を惜しまずに育て、チーム力で顧客の心をつかんできた。
店を訪れて感じるのは、店頭に立つ接客係の社員はもちろん、裏方である製造担当の社員も生き生きと顧客と接していることだ。
積極的に来店客に笑顔で挨拶し、質問や要望を受ければてきぱきと応える。エス コヤマでは職人でも新人は必ず店頭で接客を担当する。「お客様を見ながら仕事をする姿勢を養うため」(小山社長)だ。
製造の現場を顧客と最も近い場所に設けるのがこの会社のポリシーだ。厨房を文字通り“ガラス張り”にしてあり、店の外から作業の一部始終が見えるようになっている。
来店客の中には、スタッフが真剣な面持ちで作業する様子を、足を止めて見入る姿も多い。商品を安心して買ってもらうためでもあるものの、そうした顧客との近さが、「商品づくりの面でも細やかな心配りを育む」(小山社長)。
来店客が感動するのは、商品だけではない。ゆったりくつろげるように、建物の周囲には季節を感じさせる草木を植え、木陰にはベンチを用意。さらに遊び心に満ちたオブジェや子供が遊べる築山などが、ところ狭しと配置されている。
こうした快適な空間も、ゴミや雑草があればさっと手を動かす一人ひとりの社員によって維持されている。記者が取材に訪れた日、東京から来たあるお客は、「ディズニーランドみたいに居心地がいいね」と感想を漏らした。
社長と社員を結ぶ毎日1回の往復書簡
プロフィール こやま・すすむ 1964年、京都生まれ。83年に「スイス菓子ハイジ」に入社。本店シェフパティシエ、商品開発部長などを歴任。2000年に独立し、パティシエ エス コヤマを設立。コンサルティング業務を経て、03年に兵庫県三田市に洋菓子店を出した。
真摯に仕事と向き合い、顧客や仲間への心配りができる社員を育むために、小山社長が毎日続けてきたことがある。
それは、約70人の社員全員の日報のチェックだ。日報はA4のコピー用紙に罫線を引いたシンプルなもので、細かな項目は設けていない。社員は1日を振り返り、自分はその日に何を考えながらどう行動したのか、自分の目指す目標に対してまだ何が足りないのか、などの仕事に対する思いを自由に書き綴る。狙いは、「自分と向き合い、課題を見つけてもらうこと」(小山社長)にある。
小山社長は翌朝、すべてに目を通し、社員へのメッセージを赤字で書き添えて返す。ときには厳しい指摘、ときには手放しの感謝の言葉。社長と社員とが1対1で向き合う、大切な機会だ。
小山社長は語る。「独立する前の会社で、16年間1日も休まずに日報を書いた。初めは面倒で仕方なかったが、続けているうちに弱点や、やる気になる〝ツボ”など、自分という人間が分かるようになった。それが私の強みになった」。
日報の文面で社員の心の内に目配り
日報は、文字面だけでなく、社員の心の内を見るように細心の注意を払って読む。「少しずつ書く量が減っていたり、同じような記述が続くようになったりしたら要注意」。悩みを抱えていないか、職場で問題が起きていないか、すぐに本人を呼んで確かめる。
小山社長は全社員の日報を読み、メッセージを書く。自分の内面を見つめ直し、思いを言葉にして伝える力を養う
心配性――。小山社長はこう自己分析する。店や社員を観察しながら、常に問題の芽となる「違和感」(小山社長)を探している。日報を読むのも、敷地の中心に位置するカフェの窓際の席と決めている。「ここからが開店準備で行き交う社員の姿が一番よく見える。とぼとぼ歩いていたり、表情が冴えなかったりする社員がいたら、『大丈夫か?どうした?』とすぐに声を掛ける」という。
(後編に続く。この記事は「日経トップリーダー」2013年9月号の内容を再編集しました)
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