慢性的な人手不足が続く建設業界。職人の高齢化は進み、新人は辞めていく中、若手社員の獲得・定着に成功しているのが、中屋敷左官工業(札幌市)だ。秘訣は、若手世代の価値観に合った育成法にある。
同社は、日経トップリーダーが中小企業基盤整備機構と東京商工リサーチの協力を得て、人材育成に優れた中小企業を表彰する「日経トップリーダー・人づくり大賞」で、最優秀賞を受賞した1社。中屋敷剛社長が考え抜いた今どきの若手社員を育てる仕組み。その神髄を徹底解剖する。
「人が入ってこない、たとえ入っても長続きしない。若手社員が1人、また1人と、抜けていくたびに心が沈んだ」。中屋敷左官工業の中屋敷剛社長はかつてを振り返り、こう話す。
厳しすぎる未来予想図
入っては辞める、の繰り返し。どうしてこうなんだと悩んでいた2011年頃、ふと思い立って、全従業員34人の年齢一覧表を作った。各人の現在と5年後、10年後の年齢を入れ、完成させたとき、驚いた。10年後の平均年齢が60歳を超えていたからだ。
中屋敷左官工業の職人が全員集合。高齢化が進む左官業界の企業とは思えないほど若手が多い(写真:吉田サトル)
「このままではうちの会社に未来はない。何とかしなければ」と覚悟を決めて、採用と育成の大改革を決意した。
まず、事務の女性社員に「うちの若いメンバーって、どういうふうに採用しているの?」と聞いた。当時、中屋敷社長は採用に関わっておらず、実情を把握していなかったからだ。
求人票が魅力的でない
そのとき見せられたのが求人票。仕事内容の欄に「壁、床などにモルタル及び補修材を塗る作業」と書いてある。これでは、素人にはどんな仕事か全く想像がつかない。「こんな求人票で、優秀な人材が応募してくるわけがない」。
そこで中屋敷社長は、企業理念や人材教育方法などを、写真入りで丁寧に説明した会社案内を作成。北海道内の工業高校に送ったところ、10人から応募があった。
入社試験では、「塗り壁トレーニング」をしてもらった。要は「職業体験」だ。先輩社員が作業している様子を撮影した動画を見せ、「これをまねして」と指示した。
採用試験は「塗り壁トレーニング」。実践的な作業を応募者に体験してもらう。採用する側もされる側もここで向き・不向きを判断する。いくら真面目でも、不向きな人は採用しない
「日経トップリーダー大学」第6期が始まります
中屋敷左官工業の中屋敷剛社長をはじめ、トップが月1回、計12人登壇し、自身の経験を通じて体得した経営の要諦を語る通年セミナー「日経トップリーダー大学」第6期が4月から始まります。
今回は「より深く学び、より広く体験する」をテーマに掲げ、プログラムをリニューアルしました。トップの講演・質疑応答はもちろん、受講生同士のディスカッションや年4回の現場視察(企業訪問)の内容を充実させています。特に現場視察は、ジャパネットたかた前社長で現在、J1に昇格したV・ファーレン長崎の髙田明社長の講演、試合観戦など盛りだくさんの内容です。
経営力を高め、景気の波などの外部環境に左右されない強い企業をつくりたいと真剣に考える中小企業経営者のための年間プログラムです。こちらの本講座の詳細をご覧の上、ぜひ参加をご検討ください。
実践に近い作業をしてもらうことで、応募者に「これなら自分にもできそうだ」と思ってもらうことが狙い。採用側にとっては、左官の仕事のセンスがあるかどうかを見極めることもできる。
足元の1年だけを見ない
2013年、こうして選りすぐった人材を、背水の陣の思いで6人採用した。こんな大人数を採用したのは創業以来初めて。もし失敗したら、会社が揺らぐかもしれない。「足元だけを見ていたらとてもできることではない。ただ、5年後、10年後を考えたら、絶対にやるしかなかった」。
従来、新人はいきなり現場に出し、教育は先輩社員任せ。最初は、現場に入っても何もできないから、雑用が中心だった。これでは仕事は面白くないし、成長も感じられないから、ほとんどのメンバーが数年のうちに辞めていく。
これまでと同じやり方では結果は変わらないと考え、「即戦力プログラム」を作成し、入社後1カ月は現場に出さずに、みっちり教育研修を受けさせることにした。
即戦力プログラムとは何か。職長(現場を預かっているリーダー)に、「もし若手を預かるなら、何ができてほしいか」「何を知っていてほしいか」をヒアリング。その内容を、1カ月間のプログラムに落とし込んだものだ。
必要とされる最低限のことを知っている、そして多少はできる状態で現場に送り出す。これなら若手を預かる側も助かるし、新人も仕事が面白い。
主役は、若手社員
「二回り歳が違えば宇宙人。価値観が違って当たり前。そう思えば、腹が立たない。若手を辞めさせないためには、彼らの価値観に合わせた教育をしつつ、学生から社会人へソフトランディングさせることが大切だ」
即戦力プログラムの柱は、「塗り壁トレーニング」だ。先輩職人が壁を塗る動画を見て、動きをまね、縦2m×横1mほどの壁をひたすら塗り続ける。1カ月の訓練期間中に、1時間以内で20回塗れるようになるのが目標だ。
即戦力育成プログラム。1カ月は研修期間。先輩社員の動きを映像で見てまねをする「モデリング」のほか、現場で必要とされる最低限の知識などを教え、送り出す
今の若者はマニュアル世代。例えば、ゲームにしても攻略本を手に楽しむ。先輩の背中ではなく、動画を見て学ぶこのトレーニング方法は、彼らに合わせたものだ。
とはいえ、1時間に20回塗るのは、非常に難しい。実際に他社で同様のトレーニングを導入したが、最初はなかなかうまくいかなかったという。何が違うのか。中屋敷社長は「最初の動機付けが何よりも重要だ」と話す。
「やらされている」という受け身では絶対に達成できない。これを1カ月以内にできるようになるには、「できるようになりたい」という積極的な姿勢や強い思いが必要だ。
どうしたら、そう思ってもらえるのか。
選ばれる職人になりたい
中屋敷社長は1967年生まれ。千葉工業大学卒業後、東急建設に入社。横浜、東京で現場監督などを担当。95年、父の急逝に伴い、28歳で中屋敷左官工業の3代目社長に就任(写真:吉田サトル)
中屋敷社長が、即戦力プログラムの冒頭、必ずする講義が「働くということ」。仕事とは何か、なぜ技術を磨く必要があるのかを気付かせる講義だ。こちらが答えを言ってしまうのではなく、新人たちに質問を繰り返し、自分で答えを探させる。
例えば、こんなメッセージを送る。働くとは、世の中に役立つ価値を提供し、相応する対価を得ること。給料は、自分がつくり出す価値に相応する結果だ。高い給料が欲しかったら、自分の価値を高めればいい。
中屋敷社長の特徴は、そんな理屈を極めて分かりやすく説明することだ。例えば、「壁塗りをしたら12万円かかった。お金は10万円しかもらえなかった。どうしたらプラスにできるか」と問う。
答えは簡単で、コストを10万円以下に抑えるしかない。壁塗りの場合、コストを抑える最も確実な方法は、1人当たりの生産性を上げることだ。当然、早くきれいに塗れる職人に声がかかり、そうでない場合は、仕事が減る。
中屋敷社長はここで「君はどっちになりたい? 選ばれる職人か、そうでない職人か」と問い、そして最後に付け加える。
「選ばれるためには、自分の価値を高めればいい。ではどうやって価値を高める? この世界ではそれはとても簡単だ。人より早くきれいに塗れる技術を磨けばいい。それができれば、多くの価値を提供できて、給料も増える」。こう伝えると、若者は俄然、技術習得に前向きになると言う。
「今の子たちは素直。これに取り組むことが、自分の人生にプラスになると理解すると、必ず動き出す」。中屋敷社長はこう話す。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年7月号に掲載した記事を再編集したものです)
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