「日経トップリーダー」が、中小企業基盤整備機構と東京商工リサーチによる協力の下、2014年からスタートした「日経トップリーダー・人づくり大賞」。企業経営の根幹である人材育成に優れた中堅・中小企業にスポットを当て、表彰している。
ここでは、人づくり大賞受賞企業の1社、長野県飯山市に本社を置くフクザワコーポレーションの人づくりの取り組みを紹介する。最大の特徴は、社員目線で作り上げた独自の教材にある。
公共土木工事などを手掛ける、フクザワコーポレーション(以下フクザワ)の社員は20、30代が7割を占める。高齢化が進む土木業界では珍しい。しかも、13年連続で長野県の優良技術者表彰を受けており、技術に対する評価は県内トップクラス。この若い技術者集団は、緻密な社員教育プログラムによってつくられる。
フクザワコーポレーションの社員たち。20~30代の若手が多いのが特徴だ。周囲にスキー場が点在する長野県飯山市にある(写真:菊池一郎、以下同)
新入社員は2カ月かけて13の研修プログラムを受講する。使うのは、百科事典の厚さほどもある自作教材。内容は下に掲載したように極めて実践的だ。
新人研修用の教材には、仕事に即した具体性のある例題が多く盛り込まれている(上は、ある社員が実際に使った教材で、手書き部分は本人の回答)。先輩社員の講義のほか、新人同士の議論や自分の考えを発表する場も設けている
ある重機を会社から現場に運ぶ場合、何時に起床すれば間に合うか──。初歩的な時間計算問題だが、こうした計算を怠って訪問先に遅刻するミスは、どの業界の若手社員にも起こりがちだ。
教材に掲載している例題には過去、実際に社内で起きた問題がいくつも含まれている。現場で使用する道具の使い方から、土木業界の仕組みまで幅広くカバーしており、仕事にそのまま使えるリアルさがこの教材の特徴だ。
社長のノートを教材に
福澤直樹社長は「教材は、もともと私自身のメモをベースに作った」と言う。先代の父から、廃業するかもしれないと明かされた福澤社長は大学院を中退し、会社に飛び込む。ただ土木工事の知識はほとんどなかったため、先輩社員から聞いたことを全部、必死になってノートにメモした。
福澤社長は1965年生まれ。信州大学工学部卒業。同大学院を中退し、89年、父(現会長)が営むフクザワコーポレーションに入社。早くから経営に携わり、2015年社長に就任
福澤社長の入社は1989年。その数年後から新卒採用を始めたが、当初は育成のノウハウが確立されておらず、退職者が続出したという。しかし、この教材を使った教育や、後で紹介する社内検定制度の導入により、次第に若手社員が定着するようになる。
「日経トップリーダー大学」第6期が始まります
フクザワコーポーレーションの福澤直樹社長をはじめ、トップが月1回、計12人登壇し、自身の経験を通じて体得した経営の要諦を語る通年セミナー「日経トップリーダー大学」第6期が4月から始まります。
今回は「より深く学び、より広く体験する」をテーマに掲げ、プログラムをリニューアルしました。トップの講演・質疑応答はもちろん、受講生同士のディスカッションや年4回の現場視察(企業訪問)の内容を充実させています。特に現場視察は、ジャパネットたかた前社長で現在、J1に昇格したV・ファーレン長崎の髙田明社長の講演、試合観戦など盛りだくさんの内容です。
経営力を高め、景気の波などの外部環境に左右されない強い企業をつくりたいと真剣に考える中小企業経営者のための年間プログラムです。こちらの本講座の詳細をご覧の上、ぜひ参加をご検討ください。
入社7年目の金井聡史さんは施工管理を担当する。どのような工法で作業すれば、安全で工期が早いかを考え、現場を取り仕切る仕事だ。今では一つの現場を任されるまでになったが、入社当時は戸惑うことも多かったという。
「大学は建築学科だったが、建築と土木は別。分からないことだらけで、施工管理の仕事が務まるのか不安だった。しかし研修教材を手元に置き、常に振り返ることで、『今日の現場の技術は、教材のここに書いてあることか』とつながると、一気に理解が進んだ」
新人研修の講師を務めるのは入社2~5年目の若手社員。自身の経験から、どんな場面で新人が悩むかがよく分かっているので、教え方も具体的だ。フクザワでは同世代の若い社員が多く、交流する機会も多いため、新人が仕事上の疑問点を周囲に聞きやすい。
配属先によって、どの研修を受けるかは、下の表のように細かく定められている。注目は、事務スタッフにもCAD(コンピューターによる設計)の操作を学んでもらうこと。他社では施工管理スタッフがする仕事を、フクザワでは事務スタッフが担うためだ。
カリキュラムを作成すると、誰にどんなことを学んでほしいかを整理して考えることができる。それぞれの研修時間も細かく定め、教育の漏れを防いでいる。こうした手厚い研修が新入社員の不安を解消する。「PASSION」は稲盛和夫氏の著書を読んで、仕事に対する考え方を学ぶ研修
施工管理の社員は、日中は現場で作業内容の確認などに追われる。発注者に提出する書類作成は、残業や休日出勤で対応しがちだ。そこでフクザワでは、施工管理、現場社員の全員に一人一台タブレット端末を持たせ、随時現場から作業内容を本社に送信する。
本社では事務スタッフが複数の現場の書類をまとめて作成するため、効率がいい。施工管理の社員も現場に専念でき、定時で帰宅できる。人件費を削減しようと間接部門の人員を減らす企業もあるが、逆にフクザワは間接部門を増員し、業務を効率化させている。
ヒントはスキーの検定
この新人研修に象徴されるように、フクザワの社員教育はきめ細かい。社員の資格取得も全面的にバックアップ。施工管理の社員には土木施工管理技士や建築士などの取得のため、定期的に社内で勉強会や模擬試験を実施する。一方、現場の土木工事については、独自の社内検定をつくった。
種類は、バックホウ(ショベル)の操作検定(1~6級)と型枠組み立ての検定(1~4級)の2つ。いずれも土木工事では欠かせない技術だ。検定は筆記試験と実技試験から成り、例えば「バックホウ1級」の課題、L字型の畦畔(けいはん=盛土)仕上げでは、5ミリの誤差で減点という高い難易度を求める。
「地元飯山市はスキーが盛ん。スキーの検定をヒントに、土木でも検定制度をつくれば、社員が上級を目指して技術を磨いてくれると考えた」と福澤社長。最初はバックホウと型枠の技術が最も高い社員に相談し、「6級ならこうした技術」と決めていったという。
教材テキストも作成し、2000年から検定制度をスタート。「事務系を除く社員全員に一番下の級から受けてもらった。継続するには皆で上級を目指そうという雰囲気が大事。だから役員も受ける。現場作業をしていない社長に抜かれてなるものかと、社員が発奮する」と福澤社長は笑う。
検定試験は年1回。試験前の2、3週間前からは、勤務時間中に講習会・練習会を開催する。「水曜の午前は4級検定を受ける3人の講習」というように、級ごとに集まり、上級の資格を持つ社員が教える。今では、この社内検定制度が長野県に認められ、県知事の認証も付与されるまでになった。
新人研修や検定制度は、先輩が後輩に教えることで運営している。この仕組みが社内のコミュニケーションを良くし、互いに教え合う文化も醸成する。そこには「会社の主役は社員」という福澤社長の考えも反映されている。
毎週褒めて、伸ばす
またフクザワでは毎週、建設部門の係長以上が部下の良かった点、改善したほうがいい点を福澤社長にメールで報告する。その内容はトップだけにとどめず、良かった点は実名入りで、改善したほうがいい点は匿名で、建設部門の社員全員にメールで共有する。
「誰だって、褒められるとうれしい。あのときのちょっとした行動を見てくれていた人がいて、それを皆の前で褒めてくれる。これを続けていると、どんどん仕事に前向きになってくれる」
こうした丁寧な人づくりが技術者集団をつくり、収益性の高い工事の受注につながっている。直近10年間で売上高は2・7倍、経常利益は6・9倍に大きく伸び、利益率は20%を超える。堂々たる好業績はまさに人づくりの産物だ。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年4月号に掲載した記事を再編集したものです)
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