皆様、あけましておめでとうございます。昨年は本コラムをご愛読くださり、誠にありがとうございました。おかげさまで、本コラムも5回目の新年を迎えることができました。本年もよろしくお願いいたします。

 さて、恒例の年初コラムだが、二つのテーマを取り上げたい。一つめは、日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン氏が有価証券報告書の虚偽記載で逮捕された事件の今後である。筆者はこれまでゴーン氏を稀有の名経営者だと思ってきたから、受けた衝撃は大きかった。最近の出来事で印象に残っているのは、2016年5月に燃費不正で企業としての信用が地に堕ちた三菱自動車への電撃的な出資を決めた一手だ。

アーティストは清廉とは限らない

 このコラムの第55回でも触れたが、転落していく巨大企業の巻き添えになるのを誰もが恐れるなか、両社のシナジーを見出し、しかも底値で三菱自動車の株を手に入れたやり方は、まさにカリスマ経営者の真骨頂だった。一橋大学大学院経営管理研究科教授の楠木建氏はベストセラーとなった経営書「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」の中で「戦略はサイエンスというよりもアートに近い」「優れた経営者は『アーティスト』です」と述べているが、まさにそれを地で行く経営者だったと思う。

 ただ、アーティストが清廉であるとは限らないのが世の常であるように、ゴーン氏自身も一個人として見れば、問題の多い人物だったことが、今回の一件で明らかになりつつある。世間の興味は東京地検特捜部とゴーン氏の闘いの帰趨(きすう)にあるようだが、筆者の興味はそこにはない。筆者の興味は、ゴーン氏なき後の日産がどうなるかということだ。

 たまたま2018年11月末から12月始めにかけて、日産の関係者と話す機会が多かったのだが、彼らの口から異口同音に出るのは、いまの経営体制への不満だった。その不満が高じて退職に至る例も少なくない。最近の報道の関心は、ゴーン氏が会社を利用して私腹をいかに肥やしたか、ということにあるようだが、筆者が聞いた社員の不満の原因はそこにはなかった。もっと真摯(しんし)に、会社自体の将来について憂える声のほうが圧倒的に多かったのである。

「見栄えのいい技術」を重視

 その一つは技術開発に対する姿勢だ。筆者からは、他の日本メーカーが逡巡するなかで、EV(電気自動車)の世界初の量産化を決断したり、いち早く自動運転技術の実用化を表明したりといった日産の動きに、先見の明があるように見えていたのだが、内部からの眺めは違うようだ。彼らに言わせると、ゴーン氏が重視したのは「株価の上がる見栄えのいい技術」だったという。

 その陰で、パワートレーンやプラットフォームといった「地味な技術」の刷新が日産は遅れた。トヨタ自動車、ホンダ、マツダ、スバル、スズキといった他の完成車メーカーがここ数年でプラットフォームやパワートレーンを全面的に刷新、あるいは刷新しつつあるのに対し、日産のプラットフォームやパワートレーンは旧態化している。

 日産の新世代プラットフォームとされる「CMF(コモン・モジュール・ファミリー)」も、実際には古い世代のプラットフォームからエンジンルームなどを引き継いでおり、まったく新しいプラットフォームとは言い難い。また現在の主力エンジンである「HRエンジン」(1.2~1.6L)が登場したのはもう14年前、「QRエンジン」(2.0~2.5L)に至っては18年前に遡る。研究開発投資がEVや自動運転に集中し、そのほかの研究開発投資を抑制した副作用と見られても仕方がないだろう。

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