お正月限定企画として、日経ビジネスの人気連載陣に、専門分野について2017年の吉凶を占ってもらいました。
今年はどんな年になるでしょう。
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まさかと思われたトランプ米大統領の登場で、一時は暗雲が垂れこめた日本の自動車産業だが、思わぬ円安で、2017年は追い風の年になりそうだ。ただし、その影で、産業構造の根幹を揺るがしかねない変化が近づいている。この順風の期間を生かせるかどうかで、日本の自動車産業の将来が大きく左右されそうだ。
円安基調はしばらく続く
2017年の日本の自動車産業の業績を大きく左右しそうなのは、販売台数に占める比率が高い米国市場の動向である。2016年10月に発表されたIMF(世界通貨基金)の予測によれば、2016年の米国の経済成長率は1.6%となる見通しだ、これに対し、2017年は2.2%に上昇すると見ているが、トランプ政権が掲げる減税を中心とした経済のテコ入れ政策によって、これが3%近くまで上昇するとの見方も出ている。いずれにせよ、トランプ政権の誕生によって経済成長率は上振れするとの見方が多く、まずこのこと自体が米国の自動車市場の追い風になる。
そしてもう一つ特筆すべきは、こうした経済成長が、円安を持続させる可能性が高いことだ。すでに米連邦準備理事会(FRB)は、こうした景気の拡大を前提として、2016年12月14日に、同年初の利上げに踏み切り、2017年中も3回の利上げを予定している。これは、これまで超緩和状態にあった金融政策を徐々に平常時に戻していくプロセスといえるが、こうした金利の上昇はドル高基調を維持する方向に働くだろう。これらの点から見て、2017年は2016年よりも全体として円安基調で推移する公算が高い。
トヨタが商品力向上を加速
加えて、2017年は日本の完成車メーカーの商品力の強化が進む。その代表格がトヨタ自動車だ。2017年1月8日に開催するデトロイトモーターショーで、トヨタは米国市場における主力商品である「カムリ」の全面改良モデルを発表する。今回のカムリの最大の注目点は、プラットフォーム、パワートレーンのすべてに「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」を採用した最初のモデルであるということだ。
TNGAは、トヨタのクルマ作りを刷新する活動の総称で、すでにTNGAに基づく新世代のプラットフォームは2015年12月に発売された新型「プリウス」から採用されている。2017年に発売するカムリが注目されるのは、プラットフォームだけでなく、TNGAに基いて新たに骨格から新設計されたエンジンや変速機、ハイブリッドシステムが初めて採用されることだ。
トヨタが2017年発売の新型「カムリ」などから導入すると見られる新世代パワートレーン群(資料提供:トヨタ自動車)
トヨタの横置きFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車用エンジンは、これまで排気量クラスによって設計思想がばらばらで、採用する要素技術も異なっていたが、TNGAでは異なる排気量のエンジンも同じ思想で設計されているのが大きな特徴だ。まず「理想的な燃焼とは何か」を追求し、それを実現するための設計方針を排気量の異なるエンジンにも共通な「コモンアーキテクチャー」として展開する。これによって、すべてのエンジンの性能や効率を底上げするとともに、個々のエンジンをばらばらに設計するよりも開発の効率を上げるのが狙いだ。トヨタは、TNGAの思想に基づくエンジン群を「Dynamic Force Engine」と名付けている。
例えば、従来カムリに搭載していた排気量2.5Lの「AR型」エンジンは、エンジンの後方から空気を吸い込んで、前方から排出する「後方吸気・前方排気」のエンジンだった。これをTNGAでは、すべてのエンジンを前方から空気を吸い込んで後方に排出する「前方吸気・後方排気」に統一した。
従来のエンジン群ではエンジンの吸気・排気の方向がばらばらだったが、TNGAでは「前方吸気・後方排気」で統一した(資料提供:トヨタ自動車)
新型プリウスに搭載している排気量1.8Lの「ZR型」エンジンも、TNGAの思想を取り入れて改良し、40%という世界最高水準の熱効率を達成しているのだが、カムリに搭載予定の排気量2.5Lの新型エンジンでは、ハイブリッド車(HEV)用の最高熱効率がプリウスを上回る41%、ハイブリッドでない通常のエンジン車向けのエンジンも40%と、いずれも世界最高水準を実現した。HEV用は、なるべくエンジンの効率の高い領域を使えるようにモーターが助けてくれるので、効率を高めやすいのだが、モーターのない通常のエンジン車用でも40%を達成しているのはなかなかすごい。
トヨタは同時に、伝達効率や加速のスムーズさを向上させた新開発の前輪駆動車用8速自動変速機(8速AT)を開発しており、これと組み合わせることで、エンジン車は従来よりも加速性能を10%以上高めつつ、燃費も20%向上させることが可能になる見通しだ。HEVも同程度の動力性能・燃費性能の向上が図られるようだ。国内向けのカムリはハイブリッド仕様しかないのだが、これのJC08モード燃費は23.4km/Lなので、新型カムリは28km/L程度に向上することが期待できる。トヨタは2021年頃までにTNGAの思想に基づく新世代エンジンの搭載率を世界生産台数の60%程度に高める計画で、トヨタ車の競争力は向こう5年でかなり底上げされることになる。
ホンダやスバルも新世代プラットフォーム
トヨタのように声高に宣伝していないので目立たないのだが、ホンダも粛々と次世代技術への置き換えを進めている。2015年10月に全面改良した米国向け「シビック」から新世代のプラットフォームを採用しており、今後「アコード」などの他の主力車種にも横展開していく計画だ。従来シビッククラスとアコードクラスでは別のプラットフォームを使っていたが、この新世代のプラットフォームから両者のプラットフォームを統一して開発効率や生産効率を向上させる。
セダンに続き、ホンダが2016年11月から米国市場で発売した新型「シビック ハッチバック」
2016年12月に発売され、2016-2017 日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した富士重工業の新型「インプレッサ」も、このコラムの第51回で紹介したように、同社の新世代プラットフォーム「スバル・グローバル・プラットフォーム(SGP)」を初めて採用したモデルだ。同社はこのSGPを、今後次世代「レガシィ」など上級車種にも展開する計画である。
他社よりもひと足先に新世代技術「SKYACTIV」の導入を進めたマツダは、最初にSKYACTIVを導入した「CX-5」を、2017年2月に全面改良する予定で、商品の世代交代が二巡目に入っている。新型CX-5はまだステアリングを握る機会に恵まれていないが、従来車で弱点とされた内装の質感が大幅に向上しており、この分野では定評のあるドイツのプレミアムメーカーの同クラス車に比べても遜色のないものになっている。
マツダが2017年2月に発売を予定する新型「CX-5」。外観デザイン(左)はキープコンセプトだが、内装(右)の質感向上が著しい
先に挙げた富士重工業のインプレッサも、このコラムの第65回で紹介したように、欧州の同クラス車にひけを取らない走りを実現しており、新世代技術の導入によって日本メーカーのクルマの底上げは着実に進んでいる。これに、冒頭に挙げたような円安基調が加わり、2017年は日本の自動車業界にとって「中吉」といえる状況が続く公算が強い。
ビジネスモデル転換に備えよ
ただし、2020年、さらにその先を見通すと日本の自動車業界にとって「暗雲」とも考えられるようなことが近づいている。一つはこのコラムの第67回で取り上げたように、欧州を中心に電動化の動きが急展開し始めたことである。世界最初の量産電気自動車(EV)の「リーフ」を商品化した日産自動車を除くと、国内のメーカーはHEVに力を入れており、EVの量産化には積極的ではなかった。
しかし、欧州では2025年以降に、世界で最も厳しいCO2の排出量規制の導入が予想されており、エンジン車の改良だけでは達成が難しい見通しだ。HEVを飛び越し、走行中はCO2を排出しないEVの販売比率を増やすことでCO2排出量規制を乗り切ろうという戦略である。実際、ドイツ・フォルクスワーゲン(VW)やドイツ・ダイムラーは2025年までにEVの比率を25%程度にまで高めるという目標を掲げる。
これに対しトヨタやホンダといった日本メーカーは、同じCO2を排出しない環境車両でも、EVより航続距離が長く、エネルギーの補給も短時間でできる燃料電池車(FCV)に力を入れてきた。しかしその販売台数の目標は、2025年でもせいぜい数万台程度と、VWやダイムラーが進めるEVの導入に比べてはるかに遅い。
エンジンのないEVの大量導入は、エンジン部品を手がける部品メーカーを傘下に多く持つ自動車業界のビジネスモデルを根底から覆す可能性があるだけに、日本メーカーはこれまで慎重だった。しかし、欧州メーカーが先鞭を付けたトレンドが世界に広がっていくというのがこれまでの自動車業界の歴史であり、この動きに乗り遅れれば、日本メーカーは存在感を失いかねない。
そして2030年以降にはさらに大きな変化が待ち受けている。それが、このコラムでも再三触れている「自動運転革命」である。このコラムの第11回でも詳しく解説しているように、完全自動運転が実現し、「無人カー」が街を走り回るようになれば、クルマは所有するものから、「呼び出して使うもの」への移行が進み、自動車というビジネスモデルは一変する可能性が高いと筆者は考えている。
2016年12月22日に伝えられたホンダがグーグルと提携に向けて検討を始めたというニュースは、いよいよ日本の自動車業界が、米国の巨大なIT企業との協力関係を模索し始めた動きとして極めて興味深い。その帰趨(きすう)はまだ分からない。しかし、巨大な変化に向けて、従来の常識にとらわれない経営判断が求められていることは確かだ。
目下の順風に乗りつつ、次の荒波や、遠くに見える暗雲へ粛々と準備を進める。そんな周到な目配りが求められる年になるだろう。
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