年末年始の特別企画として、日経ビジネスオンラインの人気連載陣や記者に、それぞれの専門分野について2018年を予測してもらいました。はたして2018年はどんな年になるのでしょうか?
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2014年5月に始まったこの連載が、おかげさまで今回で98回目を迎えることができた。じつは間で1回「号外」を挟んでいるので、実質的には99回目である。ことし最後のコラムを99回目で終えて、来年から100回目で始められるというのは、偶然だけれど気持ちがいい。ここまで続けられたのも皆様のご愛読のおかげであり、改めて深謝申し上げたい。
さて、年内最後のコラムは来年の予測をせよというのが編集部の依頼である。水晶玉を持っているわけでもない筆者には荷の重い注文だが、1つ確実なことは2018年が「エンジン革新の年」になるということだ。最近の自動車技術のトレンドは「自動化」「電動化」「コネクテッド化」の3つと言われている。もちろんこれらの分野でも動きは活発だが、何と言っても来年は、自動車用エンジンで長年「夢の技術」と言われていた2つの技術が実用化するのだから、やはりそこから取り上げるべきだろう。
「SKYACTIV X」搭載の新型「アクセラ」が登場
マツダが2018年に次期「アクセラ」に積んで商品化すると見られる「SKYACTIV-X」エンジン
まず注目されるのが、このコラムでもすでに第89回と第96回で取り上げたマツダの「SKYACTIV-X」エンジンの実用化である。マツダが公式に発表しているわけではないが、2018年秋に全面改良すると予想されている次世代「アクセラ」に搭載されて実用化するとの観測がもっぱらだ。SKYACTIV-Xにエンジンは、これまでどの完成車メーカーも実用化できなかった「HCCI (Homogeneous-Charge Compression Ignition:予混合圧縮着火)」エンジンの商品化にこぎつけたということで、やはり画期的なエンジンだと思う。
すでに2回も紹介しているので詳細は割愛するが、SKYACTIV-Xは、通常のガソリンエンジンのように、ガソリンと空気が混ざった「混合気」に点火プラグで火をつけるのではなく、ピストンが上昇して混合気を圧縮し、圧縮に伴う温度上昇によって混合気に火をつける「圧縮着火エンジン」であるのが最大の特徴だ。ディーゼルエンジンでは一般的な着火方式だが、ガソリンエンジンで同じことをやろうとすると、着火のコントロールが非常に難しく、これまで実用化した例はなかった。
マツダによれば、ガソリンエンジンの場合、圧縮着火で適切なタイミングで着火しようとすると、燃焼室内の温度を数度単位で制御しなければならないという。これは事実上不可能で、そのことがHCCIエンジンの実用化を阻んできた。そこでマツダは、厳密な意味での圧縮着火を諦め、点火プラグによって点火のきっかけを作るという新たな発想の圧縮着火エンジン「SPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)」を開発した。これがSKYACTIV-Xだ。
点火プラグによって周囲に局部的な燃焼を生じさせ、それによって生じる「膨張火炎球」の圧力によって圧縮着火を誘発する。もちろん、点火プラグで点火しさえすれば着火するというものではなく、例えば点火プラグの周囲だけ濃い混合気を形成するなど、きめ細かい制御を組み合わせていることはいうまでもない。これによりSKYACTIV Xは、従来のSKYACTIV-Gに比べて燃費・トルクともに最大で30%向上させるとしている。
車体や足回りも新しい
このようにSKYACTIV-Xが画期的なエンジンであるのは間違いないのだが、併せて注目されるのが、新型アクセラから採用が始まる第2世代のSKYACTIVの車体・シャシー技術「SKYACTIV Vehicle Architecture」である。シート、車体、サスペンション、タイヤといった、いわばエンジン以外のほとんどの要素が含まれるこの技術が目指すのは、人とクルマが一体となり、人間の能力を最大限に生かすことである。
例えばシートはフレーム構造やクッションの改良によってクルマとの一体感を大幅に向上させているという。車体設計でも新しい考え方を導入した。これまで車体剛性は、ねじり剛性や曲げ剛性などで評価するのが一般的だったが、マツダが右前輪と左後輪、というように対角の位置にある車輪を結んだ対角線で見た剛性が、運転者の運転感覚に大きな影響を与えることを見出した。そこでこの斜め方向の剛性を向上させるように車体構造を見直している。
新しい考え方を導入した次世代「SKYACTIV」の車体
サスペンションの考え方も従来とは大きく違う。従来のサスペンションは、路面の凹凸を乗り越えたときに、乗員に伝わる衝撃を和らげるために、入力のピークをなるべく小さくするという考え方で設計されていた。ところがマツダは、入力が遅れなく滑らかに入ってくるほうが、たとえ入力のピークが大きくなったとしても、むしろ乗員の快適性は高いことを見出した。そこで新世代SKYACTIVのサスペンションは、こうした考え方に基づいて設計されている。
具体的には、サスペンションの取り付け構造を見直し、アームがスムーズに動くようにして、衝撃が加わった初期から滑らかにサスペンションが動くようにした。このサスペンションの考え方と連動して、タイヤ設計の考え方も大きく変えた。燃費を向上させるためには、タイヤの分子構造を柔らかくし、分子同士の摩擦を減らすことが効果的だ。これは乗り心地の向上にも良い影響を及ぼす。一方で、分子構造を柔らかくすると、サイドウォールの剛性が低下して運動性能が悪化するほか、タイヤの摩耗も増えてしまう。
そこで新構造のサスペンションではタイヤの接地荷重が増やしているほか、マツダ独自の「Gベクタリングコントロール」によって各輪への荷重移動を制御することで、タイヤの分子構造を柔らかくしても運動性能を低下させない見通しをつけた。新しい考え方のサスペンションと相まって、新世代SKYACTIVは「これまでに経験したことのないような乗り心地」を実現しているという。
可変圧縮比エンジンを高級SUVに搭載
HCCIエンジンと並ぶエンジン革新が、可変圧縮比エンジンの実用化である。日産自動車は2017年秋のロサンゼルス・モーターショーで高級車ブランド「Infiniti」の新型SUV(多目的スポーツ車)の「QX50」を発表した。このQX50は新開発のプラットフォームや自動運転技術「プロパイロット」の搭載など見どころの多い新型車なのだが、その最大の目玉技術が、世界初の可変圧縮比エンジン「VC(Variable Compression)ターボ」の搭載である。日産は、まだQX50の発売時期を明らかにしていないのだが、2018年春の発売が有力視されている。
世界初の可変圧縮比エンジン「VCターボ」を搭載する日産自動車の新型「Infiniti QX50」
このVCターボエンジンについても、すでにこのコラムの第68回で取り上げているのだが、最初に公開したのは2016年秋のパリモーターショーだったので、公開されてから足掛け1年半で実用化されることになる。可変圧縮比エンジンの特徴は、通常は効率のよい高い圧縮比で運転し、ノッキング(異常燃焼)しやすい高負荷領域では圧縮比を下げるという具合に、最適の圧縮比を選ぶことで燃費を向上させることだ。
さらに日産の可変VCターボエンジンは、コンロッドとクランク軸をリンク機構で結合することで摩擦や振動を減らしているのも特徴の1つだ。今回商品化するVCターボエンジンは排気量2.0Lの直列4気筒エンジンだが、日産はこれをターボと組み合わせて、V6エンジンを置き換えるエンジンとして位置づけた。現行型のQX50は排気量3.7LのV型6気筒エンジンを搭載しており、このエンジンは最高出力243kW、最大トルク362N・mなのに対して、VCターボは200kWと最高出力は低いが、最大トルクは380N・mとむしろ大きい。
VCターボエンジンの仕組み。クランクとコンロッドをリンク機構でつなぎ、このリンク機構の支点をアクチュエータで動かすことでピストンの上死点をずらすことで圧縮比を変える。
また米国の混合モード燃費は27マイル/ガロン(11.48km/L)と、現行車より35%向上しているという(2輪駆動仕様同士の比較)。6気筒エンジンから4気筒エンジンに置き換えることで、エンジンの質量も約18kg軽くなっている。通常、6気筒エンジンを4気筒エンジンに置き換えると振動・騒音の悪化が問題になるが、VCターボは回転バランスがいいので、V6エンジンに近い振動・騒音特性を備えている。可変圧縮比化に伴うコストアップも、V6エンジンの代替ということであれば吸収しやすい。
ただ、今回の発表で気になる点もあった。というのは、現行型QX50が「スカイライン」(米国ではInfiniti Q50)などと同じ後輪駆動のプラットフォームをベースとしているのに対して、新型QX50は前輪駆動のプラットフォームに変更されていることだ。
このコラムの第68回でも触れたように筆者はこのVCターボエンジンで、現在スカイラインに搭載されているはドイツDaimler製の2.0Lターボエンジンを置き換えることを期待していた。しかし、実用化されるのが前輪駆動用エンジンということになると、後輪駆動用に仕立てるには排気系など大幅な変更が必要になる。それだけのコストをかけてまで、スカイラインにこのVCターボエンジンを搭載しようということになるのかどうか。その行方は先送りとなった。
自動車線変更と手放し運転の行方は?
エンジン関連の話題以外では、自動運転関連の技術が2018年にどう進化するかが注目点だ。筆者が興味を持っているのは、国内で「自動車線変更」と「手放し運転」が実用化されるかどうかである。まず自動車線変更の技術では、2018年に実用化するという方針を日産自動車が以前から発表している。
現在各社が実用化している自動運転機能としては、国内メーカーでいえば、日産自動車の「プロパイロット」、スバルの「アイサイトver.3」などがある。ただしこれらの機能はいずれも単一車線を走行する際のハンドル、アクセル、ブレーキの操作を自動化したもので、自動車線変更の機能は備えていない。従って、自車両の前方に遅い先行車両がいても、現在は自動的に追い越すことはできない。また、システムの動作中はハンドルに手を添えていることが求められており「手放し運転」は許されていない。
海外メーカーでは独ダイムラーや米テスラなどが「自動車線変更」の機能を既に実用化している。ただし、こうした自動車線変更の機能は、人間がウインカーを操作すると、車線変更をするためのハンドル操作をクルマがやってくれるというものだ。移ろうとする車線に後方から近づいてくるクルマがないかどうか、車載センサーによってシステムが安全を確認してはくれるものの、基本的には人間が安全を確認したうえでウインカーを操作することが前提になっている。つまり車線変更の「操作」は自動化されていても、車線変更するかどうかの「判断」は自動化されていないのが現状である。
また、テスラの自動運転機能「オートパイロット」の場合、以前のバージョンではかなりの長時間手放し運転が許容されていたが、それでは危険だということで、最近のバージョンアップでは手放し運転が許容されなくなった。
じつは国連では、まさにこの自動車線変更と手放し運転(連続自動操舵)をどういう条件なら認めるか、その基準について議論しているところだ。ややこしいのだが、自動車線変更でも2種類が議論されており、1つ目は「遅い先行車両がいるとクルマが人間に車線変更の許可を求め、人間がスイッチ操作などで許可の意思表示をするとクルマが車線変更を実行する」というもの。もう1つが「遅い先行車両がいるとクルマ自身の判断によって自動的に車線変更する」というものだ。
このうち、クルマが人間に車線変更の許可を求めるタイプの自動車線変更は2018年の早い時期にも認可されそうだが、クルマ自身が判断する方は検討にまだ時間がかかりそうだ。日産が2018年に実用化する自動車線変更は前者の、人間に許可を求めるタイプになる公算が強い。
すでにGMは手放し運転を実用化
一方の手放し運転も、国連での議論はまだ時間がかかりそうなのだが、じつはすでに、国連での議論を待たず手放し運転は実用化している。米ゼネラルモーターズ(GM)が2017年夏から発売しているキャディラックブランドの最高級車種「CT6」に搭載が始まった自動運転機能「スーパークルーズ」がそれだ。
米GMのキャディラック「CT6」に搭載された自動運転技術「スーパークルーズ」
スーパークルーズでは、ステアリングコラム上部に積んだ小型赤外線カメラでドライバーの頭の位置を検知して、ドライバーが正面を向いているかどうかを常にモニターしている。正面を向いている場合には、ステアリングから手を離していても自動運転モードは解除されない。一方で、もしドライバーが前方から目を離していると判断した場合には、警告を発する。それでもドライバーが正面に視線を戻さない場合には、ドライバーに異常が発生したと判断し、自動運転機能を利用して車両を停止させ、センターに通報する。
もう1つの特徴は、3Dデジタル地図データを備えていることだ。この高度な地図データによって、スーパークルーズの使用を高速道路に限定し、一般道路では使用できないようにする目的にも使われる。米国では国連の議論の行方に左右されず、NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)が独自にこれらの装備の認可を判断しており、GMは独自の安全対策によって手放し運転を実現したわけだが、日本では国連の議論を待つ公算が強い。実際、国土交通省はこの10月に保安基準を改正し、高速道路などを自動走行する際、ドライバーがハンドルから65秒以上手を離すと手動運転に切り替える仕組みを搭載することを義務付けた。2019年10月以降の自動運転機能を備えた新型車が対象で、自動操舵機能などに関する国際基準が、国連欧州経済委員会自動車基準調和世界フォーラム(WP29)において策定されたことを踏まえた措置だとしている。
ちなみに、ここまで説明してきた「自動車線変更」についての制限や、「手放し運転の禁止」などはいずれもレベル2の自動運転(車両の操舵、加減速の制御は自動化されているが、運転の責任はドライバーにある段階)での話なのだが、国連の議論を見ていると、車線変更はともかく、手放し運転についてはレベル3の自動運転(車両の操舵、加減速の制御は自動化されており、運転の責任も車両にあるが、自動運転モードの継続が困難になった場合には人間が運転を引き継ぐ義務を負う段階)まで待たなければならないかもしれない。
このように2018年も、パワートレーンや自動運転、さらに今回は触れなかったが「つながるクルマ」の分野で、いろいろと進展がありそうだ。読者諸兄におかれましては素敵なクリスマス、佳い新年をお迎えください。来年も当コラムをよろしくお願い致します。
自動運転で自動車産業は、周辺産業はどう変わるのか?
連載コラム「クルマのうんテク」の著者が予測する将来像
自動運転は、単にクルマの運転をラクする、安全にするためのものではありません。それは自動車産業のあり方を根本から変え、さらには周辺産業の姿を大きく変えるインパクトを秘めています。
「自動運転で伸びる業界 消える業界」(マイナビ出版)は、当コラムの著者である技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏が、自動運転がもたらす変化の「本質」や、それがもたらす自動車産業の構造変化や、周辺産業への影響、主要プレーヤーの最新動向、そして自動運転を成立させている技術について分かりやすく解説しています。ぜひ書店でご確認ください。
この記事はシリーズ「クルマのうんテク」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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