復活したVWのディーゼル車の実力は?
高速道路走行で美点を発揮する「ゴルフ トゥーラン TDI」
ディーゼル不正事件後に、日本で20年ぶりに復活したフォルクスワーゲンのディーゼル乗用車の第3弾「ゴルフ トゥーラン TDI」
つい最近のことのように思ってしまうのだが、独フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル不正事件が発覚したのは、3年以上前の、2015年9月のことだ。VWのディーゼル不正事件については、このコラムの号外や第37回で詳しく取り上げているのでここでは繰り返さないが、排ガスの試験をクリアするために、違法なソフトウエアを搭載していたという前代未聞の事件だった。
事件の翌年に世界一
その事件の余波は現在も収まっていない。2018年の6月にはVWグループ傘下のアウディのルパート・シュタートラー会長がドイツ・ミュンヘン検察当局から逮捕された。またVW自身も同じ6月に、ドイツの検察当局から10億ユーロ(1ユーロ=130円換算で1300億円)の罰金を科す行政処分を受けている。
しかしながら、世界の自動車業界を震撼させる大事件だったにもかかわらず、業績という面から見るとVWの回復は予想以上に早かったと言わざるを得ない。事件が発覚した2015年こそ40億6900万ユーロ(同5728億9700億円)の赤字に陥ったが、翌2016年には早くも71億300万ユーロ(同9233億9000万円)の黒字を回復している(いずれもVWグループ全体の営業利益)。しかも2016年のVWグループ全体の販売台数は前年比3.8%増の1031万2400台となり、トヨタ自動車グループを上回って初めて世界一の自動車グループの座に就いたのである。
そしてまた同事件は、世界の自動車業界が電動化へと大きく舵を切る契機となった。2018年12月6日に、VWは電動化やデジタル化、自動運転、モビリティサービスなどに、2023年末までに約110億ユーロ(同約1兆4300億円)を投資すると発表した。110億ユーロのうち90億ユーロ(同1兆1700億円)は電動化に振り向ける。これによりVWのEVは、現在の2車種から 2025年には20車種に拡大し、生産台数は100万台を超える見込みだ。
日本市場でディーゼルを発売した理由
一方で、そうした動きに逆行するように、VWは2018年、日本市場で20年ぶりにディーゼルエンジンの搭載車を復活させた。まず2018年2月に中型セダンの「パサート」に排気量2.0L・直噴ディーゼルターボエンジンを搭載した「TDI」を設定。次いで8月にはコンパクトSUV(多目的スポーツ車)の「ティグアン」に、10月にはコンパクトミニバンの「ゴルフ トゥーラン」にも同じエンジンを搭載した「TDI」を設定した。今回のこのコラムでは、このトゥーランTDIを取り上げる。
VWがトゥーランなどにTDIを設定した背景にあるのは、日本市場におけるディーゼル車の根強い人気だ。例えば国内メーカーでディーゼルエンジン車に力を入れるマツダの場合、ティグアンと車格がほぼ等しいSUV「CX-5」のディーゼル比率は65%と、販売台数の約2/3を占める。ディーゼル車はガソリン車よりも15~20%程度燃費がいいうえ、ガソリンより軽油のほうが1L当たり30円程度安い。このため燃料コストはガソリン車の2/3程度で済む。しかも最近のディーゼルは低回転から力強いトルクを発生するうえアクセル操作に対する応答が速く、スポーティな走行を楽しむことができるようになった。今回VWのディーゼル車をこのコラムで取り上げようと思ったのは、不正なソフトウエアを搭載しないVWの最新ディーゼルの実力がどのようなものかを確かめてみようと思ったからだ。
トゥーランTDIが搭載する排気量2.0L・直噴ディーゼルターボエンジン(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)
今回試乗車に選んだのはトゥーランTDIの上級グレードである「ハイライン」である。1.4L・直噴ガソリンエンジンを搭載する「トゥーランTSI ハイライン」に比べると、エンジンの最高出力はどちらも110kWで同じだが、最大トルクはTSIの250N・mに対して340N・mと36%も上回る。価格はTSIの387万9000円とTDIの407万9000円でちょうど20万円の差があるが、例えばマツダのCX-5の排気量2.0Lのガソリンエンジン仕様と2.2Lのディーゼルエンジン仕様を比べると約31万円の価格差があることを考えれば、価格差は抑えられているといえるだろう。
重装備のクリーンディーゼル
VWが不正ソフトの搭載に手を染めた背景には、米国の厳しい排ガス規制があると考えられている。まともに対応しようとすると排ガス浄化装置にコストがかかり、しかも燃費や出力が低下してしまうという問題があったためだ。このためVWは、試験機で排ガスを計測しているときだけ規制値を満足し、実走行時は排ガス浄化性能を低下させて燃費や出力を向上させる違法ソフトを搭載していた。競合メーカーは、シンプルな構成の排ガス浄化装置を採用しながら良好な燃費と出力を実現するVWのディーゼル車を不思議に感じていたと言われる。
これに対し、今回日本に導入されたディーゼル車は、当然のことながらこうした不正なソフトを導入していないので、現代の乗用車用ディーゼルエンジンで考えられる排ガス浄化装置はすべて搭載したような「重装備」のエンジンとなっているのが特徴だ。筆者が重装備と感じた二つの装備が尿素SCR(選択還元触媒)装置であり、もう一つが高圧・低圧の2系統を備えたEGR(排ガス再循環装置)だ。どちらも排ガス中のNOx(窒素酸化物)を減らす装置である。
トゥーランTDIのエンジンの構成。排ガス規制を達成するために“重装備”の浄化装置を備える(資料:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)
なぜVWのエンジンはNOxを減らすための装置で重装備になっているのか。それはディーゼルエンジンでNOxを減らすのが難しいからだ。軽油を完全燃焼させるためには過剰な空気が存在する必要がある。このためディーゼルエンジンの排ガス中には多量の酸素が含まれている。排ガス中のNOxを減らすためには、NOxのNとOを引き離してそれぞれを無害なN2とO2にする必要がある。酸素を奪い取る反応は還元反応と呼ばれるので、NOxからOを引き離すこの反応も還元反応だ。
しかし、周囲に酸素がたくさんある状況でNOxからOを奪う反応を進めるのは、例えて言えば水に浸したままでタオルを乾かそうとするようなものだ。ここにNOx対策の難しさがある。そこで最近のディーゼルエンジンは2段階でNOxを減らしていた。まずEGRによって吸気に排ガスの一部を戻し、燃焼温度を下げることで、燃焼室内で発生するNOxそのものを減らす。そしてSCRは、それでも発生してしまったディーゼルエンジンの排ガス中のNOx(窒素酸化物)を選択的に取り除く触媒である。順に説明していこう。
EGRを2系統装備
新型エンジンで特徴的なのが高圧、低圧の2系統を備えたEGRだ。従来のディーゼルエンジンでは高圧EGRだけを採用する場合が多かった。高圧EGRというのはエンジンから出たばかりの高温・高圧の排ガスを吸気と混ぜて燃焼室に送り込むものだ。始動直後のエンジンは冷えているため燃焼温度が上がらず、触媒も活性化していないためCO(一酸化炭素)やHC(炭化水素)の排出が多くなる。高圧EGRは高温・高圧の排ガスを燃焼室に戻すため、燃焼温度が上昇し、始動直後のCOやHCの排出を削減する効果がある。
しかし高圧EGRは、エンジンのすぐ後で排ガスを吸気側に戻すため、排気管に搭載されたターボチャージャを通る排ガスが減り、ターボによる過給圧が下がってしまい、エンジンに送り込む空気の量が減ってしまう。このため出力の確保に不利だ。これに対して低圧EGRは、ターボチャージャを通ったあとの排ガスを吸気に戻すもの。ターボチャージャを通る排ガスを減らさずに済むので、過給圧が下がってしまう問題が生じない。2系統のEGRを搭載することで、始動直後は高圧EGRでCO、HCの低減を図り、触媒活性後は低圧EGRに切り替えて、出力の確保を図るという使い分けが可能になった。
一方の尿素SCR装置は、尿素水(“尿”という語感が悪いためか、業界ではアドブルーという統一の呼び方がある)を排ガス中に噴射して排ガス中のNOxを選択的に除去するというものだ。尿素水は高温の排ガス中に噴射されるとアンモニアに変化する。このアンモニアが、酸素が大量に存在する中でも選択的にNOxをN2とH2O(水)に分解する。このNOx除去の原理は、すでに化学工業プラントでは使われていたが、ディーゼル排ガスの浄化への応用は、日産ディーゼル工業(当時)が2004年に世界で初めて成功したものだ。化学プラントをクルマに搭載するようなものなので、当時は装置が大がかりになり、大型トラックにしか採用できないと見られていたが、技術の進展によって、コンパクトなミニバンやSUVにも搭載することができるようになり、ディーゼル乗用車でも採用が拡大しつつある。排ガスを浄化するための尿素水を補給する必要はあるが、約1万5000km走行毎が補給の目安で、一般的なドライバーなら1年点検や車検のタイミングで補給すれば済む。
良好な実走行燃費
今回もさっそく走り出してみよう。現行型のトゥーラン自体は、すでにこのコラムの第48回で取り上げているが、そのときから2年10カ月ほど経っているけれども、当然のことながら基本的な乗り味は変わらない。ミニバンだと考えれば国産車と比べるとずっと乗用車的な乗り味だ。ただし同じプラットフォームを使う「ゴルフ」と比べると、乗り心地は硬めだし、ボディ剛性という観点でもゴルフには一歩譲る。
ただし、これはハッチバック車よりも背が高いというミニバンの物理的な宿命から考えれば仕方のないことで、これ以上足回りを柔らかくしてしまうと今度は操縦安定性が悪化してしまうだろう。現行のトゥーランはミニバンとしてはステアリングの操作に対する応答が早く、運転が楽しめるクルマであり、この足回りのセッティングは乗り心地と操縦安定性のバランスを相当煮詰めた結果なのだろうと想像する。付け加えれば、今回試乗したディーゼル仕様のTDIは、ガソリン仕様のTSIに比べると車両重量が70kgほど重いせいか、乗り心地はより落ち着いた印象を与える。
肝心のディーゼルエンジンだが、エンジンを始動すると、車両の外で聞こえる「カラカラ」というディーゼル騒音はけっこう大きい。ドアを閉めればうるさいということはないが、アイドリング音からディーゼルだということははっきり分かる。また加速するときのフィーリングも、当然のことながらガソリンほど軽快ではなく、ディーゼル特有のザラザラとしたやや荒い感触で回転数を上げていく。ただし、トルクが大きいぶん、アクセルを踏み込んだときの力強さは一枚上手で、アクセルをそれほど踏み込まなくても十分な加速力を発生する。
このディーゼルエンジンが美点を発揮するのは一般道よりも高速道路だ。ディーゼルの大きいトルクを受け止めるため、変速機はTSIの乾式クラッチを使った7速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)と違って、湿式クラッチを使う6速DCTに変更されているが、時速100kmで走行しているときのエンジン回転数は1600rpm程度に過ぎず、この速度域の走行は平和そのものだ。
走行中に追い越しなどで加速する必要が生じたときには、アクセルを少し踏み込んでやればどんな回転数からでも大きなトルクを取り出せるから、運転していて非常に楽だ。アクセルを踏み込んでから加速に入るまでの遅れ(いわゆるターボラグ)は、ゼロではないが軽微で、このあたりはスロットルバルブのないディーゼルのメリットが出ている。
そしてディーゼルで気になる燃費だが、試乗時の燃費は燃費計の読みで、渋滞の多い都内の道路でも13km/L程度、比較的流れの良い郊外の一般道路で15km/L程度、そして高速道路では19km/L程度という結果だった。車両重量が1600kgを超えるミニバンとしては良好な値と言えるのではないだろうか。
総合的な燃費は高速道路/一般道路の比率にもよるが、15~16km/Lは期待できそうだ。ガソリンエンジン仕様のTSIは12~13km/Lだから、実用燃費はTDIが2割程度上回ると見ていいだろう。結論をいえば、高速道路を走る機会が多く、年間走行距離の長いユーザーならTDIが向く。一方で、市街地を走行するときの軽快なフィーリングや、価格が20万円ほど低いことを重視するならTSIがお薦めということになる。
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