スズキが初めて商品化したハイブリッド車「ソリオ ハイブリッド」
小型背高ワゴンの市場がにわかに騒がしくなってきた。スズキが同社としては初めての本格的なハイブリッドシステムを搭載した背高ワゴン車「ソリオ ハイブリッド」を11月29日に発売したからだ。これに先立つ11月9日に、トヨタ自動車とダイハツ工業は、ソリオと真っ向から競合する背高ワゴン車「タンク/ルーミー」「トール」を発売した。加えて富士重工業もトールのOEM供給を受けて「ジャスティ」を発売した。それまでソリオが独占していた排気量1.0~1.2Lクラスの背高ワゴン市場に、トヨタグループが4車種で殴り込みをかけてきたわけだ。ソリオ ハイブリッドは、4車種を迎撃する重要な役割を担うことになる。
ソリオが独占していた市場に参入したトヨタ自動車/ダイハツ工業の「タンク/ルーミー」「トール」
スズキが満を持して投入した新型ハイブリッドシステムは、同社ならではの強みを考え抜いたユニークなものだった。最も特徴的なのが、同社のAGS(オートギアシフト)と組み合わせたことである。AGSについてはこの連載コラムの第18回で、新型「アルト」に搭載されたときの印象を書いているのだが、簡単に言えば、基本構造は手動変速機(マニュアルトランスミッション)のまま、変速操作だけを機械化した自動変速機である。欧州ではAMT(オートメーテッド・マニュアル・トランスミッション)と呼ばれるタイプだ。
●システム構成
スズキが開発したハイブリッドシステムの構成。AGSと組み合わせていることや、駆動用モーターとアイドリングストップからの再始動用モーターを分けているのが特徴
モーターとAMTを組み合わせたハイブリッドシステムは世界でも珍しい。トヨタのハイブリッドシステムでは、遊星歯車機構を使ってエンジンの駆動力とモーターの駆動力を合成し、両者の比率を変えることで変速比を変える方式を採用している。ホンダは、一つ前の世代のハイブリッドシステム「IMA(インテグレーテッド・モーター・アシスト)」ではモーターと金属ベルト式CVT(無段変速機)を組み合わせているし、最新の「i-DCD(インテリジェント・デュアル・クラッチ・ドライブ)」ではモーターとDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を組み合わせている。日産の「1モーター・2クラッチ式」ハイブリッドシステムは、モーターと7速自動変速機(AT)の組み合わせだ。
なぜAGSとの組み合わせか?
通常のソリオは変速機としてCVTを搭載しているので、ハイブリッド化するためにはエンジンとCVTの間に薄型のモーターを挟み込む、というのが一番素直な発想だと思う。ところがスズキはあえてそれをしなかった。その理由はいくつかある。1つは、スペースの問題だ。ソリオのような横置きエンジンの前輪駆動車では、エンジンと変速機をエンジンルーム内に横置きにしている。したがって、エンジンと変速機の間にモーターを挟み込もうとすると、横方向の長さが伸びてしまう。それだけのスペースの余裕が、ソリオのエンジンルームにはなかった。
もう1つは伝達効率の問題だ。CVTは、2枚のプーリーでベルトを挟みこむことで動力を伝えているのだが、ベルトを挟み込むための油圧を作り出すポンプを駆動するのに、エネルギーが使われてしまう。また、ベルトとプーリーの間には滑りが生じるので、ここでも損失がある。
そして3つめの理由が、きびきびした走りを重視したことである。先に挙げたこのコラムの第18回でも書いたことだが、筆者はあまりCVTが好きではない。CVTは変速が滑らかで、エンジンの運転状況に応じた最適の変速比を選べるという特徴があり、伝達効率が低い点を考慮しても燃費向上には効果がある。しかし、ベルトとプーリーの間に滑りがあることや、燃費のよい変速比を自動的に選択することなどのため、アクセル操作に対する車両挙動のダイレクト感は、ATやDCTに劣る。
この点、AGSはCVTよりもコンパクトなため、搭載性の面でCVTよりも優れていた。また伝達効率の面でも、AGSは動力伝達に歯車を使っており、効率が高い。さらに、CVTのような滑りがないので、アクセル操作に対するダイレクト感でも勝る。
変速ショックも減らす
AGSとモーターの組み合わせで巧妙だと思ったのは、モーターをAGSの弱点を解消することにも活用している点だ。このコラムの第18回でも触れたのだが、AGSの搭載車を普通のAT車と同じように運転すると、かなりの違和感がある。AGSは、MTの変速を自動化したものだから、変速するときにはMTと同様に、まずアクセルを戻し、クラッチを切り、変速し、クラッチを再びつなぐという操作をする。
しかし、アクセルを踏んでいるドライバーは、アクセルを踏んでいれば加速が続くと思っているので、変速のために機械がアクセルを勝手に戻し、加速が途切れると、大げさにいえば、前につんのめるような感じを受けてしまうのだ。これに対して、スズキのハイブリッドシステムでは、AGSがクラッチを切って駆動力が途切れる間、モーターが駆動力をアシストする。このため、通常のAGSのようなつんのめる感じがかなり解消されているのだ。
部品の共通化を重視
システム構成では、疑問に思う点もあった。アイドリングストップのためにISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を搭載していることだ。ISGは、このコラムの第9回でも解説したスズキの燃費向上技術「S-エネチャージ」で使われているもので、改良型のオルタネーター(発電機)を指す。
ISGとはスターターとジェネレーター(発電機の別名)の機能を統合(インテグレート)したという意味の名称で、従来のオルタネーターが発電しかしないのに対して、ISGは、その名のとおり発電だけでなく、アイドリングストップ時のエンジンの再始動、さらには加速時の駆動力のアシストまでこなす。加速時はエンジンの効率が低いので、ここでISGが駆動力を補助してくれれば、そのぶんエンジンの仕事が少なくて済み、燃費が向上する仕組みだ。
スズキはS-エネチャージという名称を軽自動車向けに使っているのだが、ややこしいことに、同じ技術を、軽以外の車種では「マイルドハイブリッド」と呼んでいる。従来からソリオに設定されているマイルドハイブリッド仕様車は、このISGを搭載したタイプだ。
今回開発したハイブリッドシステムでは、駆動力は駆動モーターがアシストするのだから、ISGで駆動力をアシストする必要はない。だからISGではなく、通常のオルタネーターを使ったほうが部品コストという点では安く済んだはずだ。アイドリングストップに関しては、スターターをアイドリングストップ対応のものにすれば済む。筆者が疑問に思ったのはそこだ。
コスト高を承知で、あえてISGを採用したのはなぜか。そうスズキの技術者に尋ねてみると「マイルドハイブリッドとの部品の共通化を重視したため」だという。たしかに同じ部品を多くの車種に展開すれば、購買コストの引き下げには貢献するはずだ。それに、新しい部品を採用すれば開発や実験などの手間も増える。アイドリングストップ機能についてはすでにS-エネチャージで実績のある部品に任せて開発の手間を省き、今回は駆動力のアシスト機能の開発に専念したということのようだ。
常にモーターが働いている
さて、そろそろソリオ ハイブリッドで走り出してみよう。多くのハイブリッド車では、システムを作動させてもエンジンはまだかからないことが多い。しかしソリオ ハイブリッドは、まずスターターでエンジンを始動させる。その後、バッテリーの容量が十分であるなど、一定の条件がそろえば、エンジンは自動停止する。エンジンの自動停止状態からアクセルを踏み込むと、駆動モーターの働きでそろそろと走り出す。
駆動モーターの出力は10kWしかないから、それほど鋭い加速力は得られないのだが、ゆるやかにアクセルを踏んでいるぶんにはエンジンはかからず、モーターでしばらく走行できる。最大2km程度は走行できるようだ。その後、ISGでエンジンが始動するが、加速時にはモーターがアシストするし、減速時にはモーターで運動エネルギーを回生する。
ソリオハイブリッドのモーター(左)とバッテリーパック。モーターの出力は10kWと小さい。
さらに、加速時や減速時以外でも、走行中にバッテリーの容量が下がると、エンジンの駆動力の一部を使って駆動モーターで発電するし、バッテリーの容量がいっぱいになると、エンジンを止めてEV走行に切り替わる。だから、絶えずモーターの作動音は聞こえており、10kWという小さなモーターの割に「ハイブリッド車に乗っている」という実感がある。もちろん、騒音レベルそのものは抑えられており、うるさいということはない。
走り味は基本的に気持ちの良いものだった。ソリオ ハイブリッドは、このコラムの第48回で取り上げた「イグニス」とプラットフォームやエンジンを共有しており、走った印象も似ている。けっしてボディ剛性が目を見張るほど高いわけでもなければ、驚くほど静粛性が高いわけでもなく、乗り心地が傑出して良いわけでもない。しかし、そのすべてがバランスよくセッティングされているので、走っていて無理がなく、自然な感じで運転できる。これは、日常的に使うクルマとしては大事なポイントだと思う。
今回の試乗では東名高速道路の裾野付近から一部高速道路を使って山中湖まで上り、また下ってくる50km程度のコースを走行したのだが、平均燃費は燃費計の読みで25km/L程度と非常に良好な値が得られた。ソリオ ハイブリッドには「標準モード」と「エコモード」の2つの走行モードがあり、今回は主にエコモードで走った。エコモードはなるべくEV走行しようとしたり、加速をゆるやかにしたりして燃費を稼ぐセッティングになっているのだが、走っていてそれほどもどかしい思いをすることもなく、十分に実用になる。1.2Lクラスの小型車とはいえ、背の高い、空力特性の面では不利な車種でこの燃費性能は高いといえるだろう。
ただし、先に挙げたイグニスは、マイルドハイブリッド仕様であるにもかかわらず、試乗では約20km/Lという良好な燃費を示した。今回のソリオ ハイブリッドは、これよりもさらに約20%上回る燃費を達成したわけで、そのこと自体は立派だと思うのだが、一方でソリオのマイルドハイブリッド仕様とハイブリッド仕様では約22万円の価格差がある。
この価格差を、燃料代の節約分でまかなおうとすれば、年間の走行距離が1万km、ガソリンの価格が120円/Lとして18年以上かかる計算で、事実上不可能だ。ソリオ ハイブリッドに限らず、世の中のハイブリッド車のほとんどは、燃料代の節約分で、ハイブリッド化に伴うコストアップを賄うことはできない。それでもハイブリッド車が売れる日本は、世界的に見ればかなり特異な自動車市場である。1.2Lクラスという、一般的にはかなりクルマの価格にシビアな車格のクルマでも、「ハイブリッド」という記号が神通力を発揮することがソリオ ハイブリッドで確認されれば、このクラスでもハイブリッド化は一気に進みそうだ。
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