マツダが出展した「魁Concept」(写真:マツダ)
いささか旧聞に属するようになってしまったが、11月5日に閉幕した「第45回東京モーターショー2017」で最も注目を集めたコンセプトカーの一つがマツダの「魁Concept」だろう。このコンセプトカーは、マツダの次世代デザインの方向性を示すモデルというだけでなく、マツダの次世代「SKYACTIV」技術を盛り込んだモデルでもあるからだ。
次世代SKYACTIV技術の中核を成す新型エンジン「SKYACTIV-X」についてはこのコラムの第89回で概要を紹介しているが、今回のモーターショーではSKYACIV-Xエンジンの実物が初めて一般に公開されるとともに、その詳細も明らかにされたので、前回の「謎解き」も含めて、その内容を紹介していこう。
燃費もトルクも向上
SKYACTIV-Xは、この第89回でも触れたように、いわゆる「HCCI (Homogeneous-Charge Compression Ignition:予混合圧縮着火)」エンジンの一種だ。通常のガソリンエンジンのように、ガソリンと空気が混ざった「混合気」に点火プラグで火をつけるのではなく、ピストンが上昇して混合気を圧縮し、圧縮に伴う温度上昇によって混合気に火をつけるのが特徴である。ディーゼルエンジンもこの圧縮着火によって混合気に火をつけているのだが、ガソリンエンジンで同じことをやろうとすると、着火のコントロールが非常に難しく、これまで実用化した例はなかった。
そこでマツダは着火のコントロールを確実にするために点火プラグを利用するという新たな発想の圧縮着火エンジン「SPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)」を開発した。これがSKYACTIV-Xだ。単にピストンが上昇するのに伴う温度上昇で混合気を着火させようとすると、着火の時期が不安定なので、点火プラグに点火することによって、周囲に局部的な燃焼を生じさせ、それによって生じる「膨張火炎球」の圧力によって圧縮着火を誘発するというものだ。
では圧縮着火エンジンの何がいいかというと、これも第89回で解説したのだが、一つは従来のガソリンエンジンでは着火できないような非常に希薄な混合気を燃焼させることが可能なため、燃費が向上すること。そしてもう一つが、燃焼エネルギーが有効に駆動力に変換されることだ。点火プラグで点火する場合のように燃焼室の一個所から火炎が広がっていくのではなく、燃焼室内のあちこちで自然発火するので、燃焼終了までの時間が短い。ピストンが上にいる間に燃焼が終了するので、燃焼エネルギーが駆動力に有効に変換されるのである。
希薄燃焼可能なことと、燃焼エネルギーが有効に駆動力に変換されること、という二つの特徴によってSKYACTIV-Xでは、燃費、最大トルクともに従来のSKYACTIVエンジンに対して、最大で30%向上するとしている。
ポンピング損失を抑制
ここまでは復習だが、今回の取材で明らかになったSKYACTIV-Xの特徴はまだある。一つは、アクセル操作に対するレスポンスが向上すること、そしてもう一つは、特に低速域で燃費向上効果が高いことである。これはどちらも、従来のガソリンエンジンに比べると「ポンピング損失」を大幅に抑えられることに起因する。
SKYACTIV-Xは、従来のSKYACTIV-Gに比べて特に低速域での燃費が大幅に向上する(資料:マツダ)
ポンピング損失についてはこの連載の第26回でも説明しているのだが、要はスロットルバルブを閉じ気味にしたときに生じる損失のことだ。ガソリンエンジンではアクセルを踏み込むとエンジン回転数が上がって加速し、アクセルを緩めればエンジン回転数は落ちる。これはアクセルを操作する動きにともなって、吸気管の中にある「スロットルバルブ」が開いたり閉まったりするからだ。
アクセルを踏めばスロットルバルブが開き、多くの空気がエンジンに送り込まれ、この空気の量に見合った燃料が噴射されて、高い出力を発揮する。逆にアクセルを緩めれば、エンジンに送り込まれる空気は少なくなり、噴射される燃料も減るのでエンジン出力は下がる。これがアクセルによる出力コントロールの原理だ。
アクセルペダルの踏み方が小さく、スロットルバルブの開き方が少ない場合、エンジンは少ない隙間から空気を吸わなくてはならない。ちょうど、細いストローから思い切り息を吸い込もうとするようなもので、エンジンは空気を吸うために、余計な仕事をしなければならない。この余計な仕事が「ポンピング損失」である。
じつはディーゼルエンジンはこの「ポンピング損失」が小さい。というのはスロットルバルブによる空気量のコントロールが必要ないからだ。ディーゼルエンジンでは、スロットルバルブによる制限なしに、エンジンは自由に空気を吸い込む。ではどうやって出力を制御するかというと、燃焼室内に噴射する燃料の量を、アクセルの踏み込み具合に応じて増やしたり減らしたりして調節するのだ。
スロットルバルブによる抵抗がないため、ディーゼルエンジンではアクセルを踏み込むと高い応答性で加速が始まる。いわゆる「アクセルレスポンスがいい」ということだ。また、ポンピング損失はスロットルバルブが閉じ気味のときに大きい。すなわち低回転・低負荷の日常走行でよく使う領域で、ポンピング損失は大きいということだ。ディーゼルエンジンはポンピング損失が小さいので、低速域から高い燃費特性を発揮できる。
ディーゼルのような燃焼を可能に
ではガソリンエンジンもそうすればいいではないかということになるが、そうはいかない。ディーゼルエンジンの場合は、先に説明したように圧縮着火なので、かなり希薄な混合気でも着火が可能だ。このため、空気の量を一定にして、燃料の量でエンジン出力を調節することができる。ところが、ガソリンエンジンは点火プラグで着火するので、あまり薄い混合気だと火がつかない。
そして、より大きい問題は排ガス対策が難しいことだ。ガソリンエンジンで排ガスの浄化に使われている三元触媒は、排ガス中に酸素が残っているとうまく働かない。薄い混合気を燃やすと排ガス中に燃焼に使われなかった酸素が残るので、三元触媒が使えなくなってしまうのだ。じつは同じ問題はディーゼルの排ガスにもあり、だからこそディーゼルエンジンでは、複雑で高コストな排ガスの後処理装置が必要になっている。
ではSKYACTIV-Xはどうなっているのか。まずSKYACTIV-Xは先に説明したようにディーゼルのような圧縮着火だから、薄い混合気に火がつかないという問題はない。また排ガス対策の面でも、SKYACTIV-Xでは希薄燃焼のため燃焼温度を低く抑えることができ、高温で燃焼したときに発生しやすい窒素酸化物(NOx)の発生が抑えられる。また、燃料の燃え残りのない燃焼ができるので、CO(一酸化炭素)やHC(炭化水素)の発生も少ない。つまり、後処理装置ではなく、エンジンの燃焼の段階から有害な物質の発生を抑えられる。
低速域での燃費が向上するということは、現在の電動化のあり方にも一石を投じる。現在のハイブリッド車は、組み合わせる電池やモーターがどんどん大きくなり、コストも上昇する傾向にある。これは、エンジンをなるべく効率のいい条件で運転するために、ほとんど発電専用に使って、駆動力はモーターから得るという方式のほうが燃費の面で有利だからだ。日産自動車がノートなどに搭載している「e-POWER」や、ホンダがアコードなどに搭載している「i-MMD」などのハイブリッドシステムがそれに当たる。
しかし、広い運転領域でエンジンの効率が向上すれば、モーターで駆動力をアシストするのはごく低速・低トルクの領域だけでよく、モーターも電池も小さいもので済むようになる。すなわち、低コストのハイブリッドシステムとの組み合わせで十分な燃費性能が得られることになる。実際、SKYACTIV-Xは、小型のモーター、電池と組み合わせた「マイルドハイブリッド」にすることも視野に入れているようだ。
燃焼圧センサーや高圧噴射を採用
今回の取材では、技術の細かいところもかなり明らかになった。筆者が一番驚いたのが、各気筒に燃焼圧センサーが付いていることだ。いささかマニアックな興味なのだが、燃焼圧センサーというのは文字通り燃焼室内の圧力を逐一測定するセンサーだ。これまでのエンジン制御では、燃焼室内の燃焼の様子がどうなっているのかを直接測定することはできなかったので、例えばエンジンのノッキング(異常燃焼)を検知するノックセンサーや、排ガス中の酸素濃度を測るセンサーなどを使って間接的にエンジン内の燃焼の様子を検知してきた。
SKYACTIV-Xでは、各気筒に燃焼圧センサー(マツダは筒内圧センサーと呼んでいる)を備えるのも特徴の一つだ(資料:マツダ)
これに対して、燃焼圧センサーは燃焼室内の燃焼の様子を直接知ることができ、エンジン制御の精度を大幅に高めることができる。ただコストがかかるので、これまでのエンジンではなかなか搭載できなかったし、搭載しても1気筒だけという場合が多かった。これに対してSKYACTIV-Xは、点火プラグによって圧縮着火の時期を精密に制御するという、世界でも初めての方式を採用しているため、燃焼室内の状況をきめ細かく知る必要があり、全気筒への燃焼圧センサーの採用に踏み切ったわけだ。
また、燃料噴射には、分割噴射という特殊な方式を用いている。これは、吸気行程(ピストンが下がってシリンダー内に空気を取り込む行程)と圧縮行程(ピストンが上昇して空気を圧縮する行程)の、二つの行程に分けて燃料を噴射するものだ。吸気行程中にあらかじめ燃料をシリンダー内に噴くことで、シリンダー内に燃料が分散するための時間を確保し、薄く均一な混合気をシリンダー内に形成する。そして、圧縮行程では、スパークプラグの周りに、火種になる濃い混合気を形成するために燃料を噴射する。これによって、点火プラグの周囲の混合気に着実に点火するようにしている。
燃料の噴射圧力も高い。通常の直噴ガソリンエンジンでは10~30MPaと言われる燃料の噴射圧を、SKYACTIV-Xでは50~80MPaと2倍以上に高めている。これは圧縮行程中に短時間で燃料の噴射を終え、燃料の気化を促すためだ。
圧縮比は16:1
SKYACTIV-Xエンジンの圧縮比は、この連載の第89回で予想した18:1よりも低い16:1だった。これは、会場の説明員によれば、より広い範囲で圧縮着火を可能にするためだという。これ以上圧縮比を上げてしまうと、高回転・高負荷の領域では圧縮着火の時期が早まり、コントロール不能になってしまうためだ。実際、SKYACTIV-Xではアクセルを全開にした領域付近まで圧縮着火領域を拡大しているというから、通常のドライバーが運転していて火花着火のモードになることはほとんどないのではないかと思う。
逆にいえば、圧縮比16:1だと、低回転・軽負荷領域では圧縮着火が成立しにくくなると思われるのだが、点火プラグを使うことで、低い圧縮比でも圧縮着火を可能にしたのだと考えられる。
ただ、HCCIエンジンで、着火時期をコントロールするために点火プラグを利用するというアイデアは、ホンダなど他の完成車メーカーでも検討している。そういう中で、なぜマツダが先行できたのか。それはやはり、ガソリンエンジンで始めての高い圧縮比である14:1を実現したSKYACTIV-Gエンジンでの開発経験が大きいという。
SKYACTIV-Gでは、SKYACTIV-Xとは逆に、圧縮比を上げても異常着火しないぎりぎりの条件を探った。そうした経験が「限界の条件を見極める目を養ったのではないか」(会場の説明員)という。そしてまた、そうした条件を満たすためには、燃料の噴射量や噴射条件、点火のタイミングなどの制御が、従来エンジンより格段に難しくなった。世界初の燃焼をモノにするために、非常に粘り強い開発が要求されたのである。電動化技術に傾斜する完成車メーカーが多い中で、あえて内燃機関の究極に挑み続ける執念こそが、世界初のガソリン圧縮着火エンジンの開発に成功した原動力だった。口には出さなかったが、説明員の表情がそう語っていた。
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