ホンダが2017年9月1日に発売した新型「N-BOX」
意外に思う読者もいるかもしれないが、軽自動車というのは、実は新技術が真っ先に導入されることが多い。新技術は始めは高価だから、まずは高級車に導入し、だんだん量産規模が拡大してコストがこなれてきたら、徐々に価格の低い車種へと波及していく――こんなイメージがあるかもしれない。実際、自動ブレーキのような先進運転支援システム(ADAS)のように、そういう技術もあるのだが、例えば車体骨格を構成する材料や工法などは、軽自動車が上級車種をさしおいて先に採用することが多いのだ。今回取り上げるホンダの2代目「N-BOX」もその一例である。
2011年12月に発売された初代N-BOXは、翌2012年通年の販売台数で、スズキの「ワゴンR」やダイハツ工業の「タント」といった名だたる競合車を押しのけて、ダイハツ「ミラ」に次ぐ軽自動車販売台数2位を獲得した。それ以降も2013年、2015年、そして販売から4年が経過した2016年にも軽自動車販売台数1位を記録するなど、ホンダの軽自動車史上最大のヒット商品になっている。ことしに入ってからもその勢いは衰えず、モデル末期の2017年前半(1月~6月)には軽自動車で1位になったのみならず、登録車を含めてもトヨタ自動車の「プリウス」を抑えて、自動車全体の販売でも1位を獲得している。つまり、日本で一番売れているクルマが、このN-BOXなのだ。
外観は全くのキープコンセプト
こういう大ヒット車を全面改良するうえでの定石というべきか、新型N-BOXの外観デザインは、クルマに詳しくない人がみたら、ちょっと先代と区別がつかないくらい似ている。こういう全面改良になった背景には、先代N-BOXのデザインが非常に好評だったということが挙げられるだろう。
実際、筆者の周囲でも「軽自動車は好きではないけれど、N-BOXのデザインは好き」とか「軽自動車に見えない」というような意見を聞く。軟らかい曲線で描いたような優しいデザインの軽自動車が主流だった時期に、角ばったデザインで登場したN-BOXが新鮮で、他のモデルと異なって見えたのは事実だ。
ただし、キープコンセプトの中でも「カスタム」のフロントデザインは、LED(発光ダイオード)を多用した切れ長のヘッドランプを採用し、従来モデルから大幅に変えてきた。基本モデルのデザインは受け継いでリスクを回避しつつ、派生モデルのカスタム(といっても初期受注ではカスタムの比率が56%と過半数を占めているのだが)で新鮮さを出すというのは巧みな戦略だと思う。
派生モデル「カスタム」のフロントグリル。ベースモデルに比べると、かなり「いかつい」デザインが特徴だ。
しかし、外観はキープコンセプトでも、新型N-BOXは、実はプラットフォームからエンジン、さらには変速機まで、ほとんどすべてを一新している。最近は軽自動車でも、プラットフォームは2世代続けて使うことが多いし、エンジンも改良しながら10年くらい使い続けるのが普通だ。これに対して、新型N-BOXではエンジンもプラットフォームも、1世代使っただけで一新したことになる。台数が多く売れているとクルマは、それだけ早く開発費を回収でき、次世代の開発に回せるということなのだろう。
レーザーブレージングを採用
筆者が新型N-BOXを目の当たりにしてまず驚いたのが、やたら地味な部分ではあるのだが「レーザーブレージング(ホンダはレーザーブレーズと呼ぶ)」を採用していたことだ。レーザーブレージングの採用はホンダ車では燃料電池車の「クラリティフューエルセル」に続いて2車種目なのだが、クラリティは少量生産車種なので、量産車としてはホンダ初といってもいいだろう。それを「レジェンド」のような高級車種ではなく、コストの厳しい軽自動車から採用したことに驚いたのだ。
レーザーブレージングとは何か? 噛み砕いて言うと「レーザーを使ったろう付け」である。これでもまだ分かりにくいのだが、要は、2枚の鋼板の間に「ろう材」と呼ぶ金属材料を当てて、それをレーザー光で溶かしながら、2枚の鋼板のつなぎ目のところに流し込んで接合する技術である。この技術をどこに使っているかというと、クルマのルーフの両側である。
車体の側面を構成する「サイドパネル」と、屋根を構成する「ルーフパネル」は、従来はパネル同士を重ねてスポット溶接していた。スポット溶接は点で溶接する手法のため、溶接個所には一定の間隔を置いて丸い溶接痕が残る。また、点溶接なのでつなぎ目の間には隙間があり、そのままでは水漏れがする。このため従来は、ルーフパネルとサイドパネルの間に水漏れ防止のためのシール材を充填し、またスポット溶接痕を隠すために接合部分を化粧モールでカバーしていた。
従来型(左)と新型(右)のルーフサイドの比較。従来モデルはサイドパネルとルーフパネルをスポット溶接し、溶接個所をモールでカバーしている。これに対して新型ではパネル同士をレーザーブレージングで接合しているため接合線が滑らかで、モールが必要ない。
これに対してレーザーブレージングは連続的に鋼板を接合するので、接合部分が滑らかなためモールが必要なく、すっきりした外観を実現できる。連続接合なので、水漏れ防止のシール材も必要ない。既に独フォルクスワーゲンなど欧州車では広く採用されている技術だが、国産車ではトヨタの「レクサス IS」など一部の高級車種に使われているだけだ。そういう技術を、ホンダは軽自動車のN-BOXにいきなり採用した。
1.2GPa級の高張力鋼板を採用
個人的な興味で、思わずレーザーブレージングを先に紹介してしまったが、実は今回のN-BOXの技術的なハイライトは軽量化技術である。最近だと、このコラムの第18回で紹介したスズキの新型「アルト」や、第84回で紹介したダイハツ工業の新型「ミラ・イース」など、大幅な軽量化に成功している軽自動車は少なくないのだが、ホンダによればN-BOXは150kg相当という大幅な軽量化技術を盛り込んでいるという。
新型N-BOXは150kgの軽量化技術を盛り込んだ。ただし、性能や快適性、燃費向上で70kgの重量増があるため、差し引きの軽量化は80kgにとどまる。
100kgを超える軽量化は、例えば車両重量が2t近い最近の欧州の高級車種などではよく聞く。しかし、N-BOXは車両重量が900kg程度の車種である。150kgの軽量化はその15%以上に相当する。残念ながら新型N-BOXはこの150kgがまるまる軽くなっているわけではなく、燃費向上や装備の充実などで70kg重量が増加しているため、トータルでは80kgの軽量化にとどまっているのだが、それでも900kg程度の車種で80kgの軽量化は大きい。
軽量化の1つの有力な手段になっているのは高張力鋼板の採用拡大である。従来のN-BOXでは、車体骨格に占める強度が780MPa以上の高張力鋼板の比率が従来モデルでは15%程度だったが、新型では50%近くまで拡大した。また、高張力鋼板の強度も、従来は980MPaが最高だったが、新型では1180MPaへと、約2割向上した。1180MPaの高張力鋼板は、まだ国産車でも採用が少ない最新の高張力鋼板で、ホンダ車での採用は筆者の知る限り初めてだ。
このように工法や材料で、上級車種でもまだ採用が少ない新技術を採用できるのは、軽自動車が国内専用車種だからだ。「シビック」や「アコード」といったグローバル車種で新しい工法を採用しようとすれば、世界各地の工場にもそのための設備を用意しなければならないし、高強度の高張力鋼板は世界で調達できる地域が限られる。この点、国内工場だけで生産し、国内で材料を調達する軽自動車は、新技術を採用しやすい環境にある。
超ロングストロークのエンジンを採用
冒頭で説明したように、新型N-BOXはエンジンも基本設計から新開発した。このエンジンの特徴は「超ロングストローク」であることだ。ロングストロークとは、シリンダーのボア(内径)よりもストローク(ピストンが上下運動する長さ)が長いことをいう。ストロークが長いほうが、燃料を燃やしたエネルギーを有効に駆動力に変換でき、また燃焼室の面積が小さくなるので冷却損失(燃焼室の熱がエンジンの内壁を通って外に逃げてしまう損失)も小さくできる。
最近のエンジンでロングストロークと言われるものでも、ボアに対するストロークの長さの比率は1.15程度だ。ところが、N-BOXに搭載した新型エンジンは約1.3と、いきなり1.2の壁を乗り越えた。一方で、エンジンをロングストロークにすると、バルブ径を小さくしなければならないので、吸排気損失(空気を出し入れするときの抵抗により生じる損失)が大きくなるし、高出力化にも不利だ。またエンジンの高さが上がってしまうのでパッケージングの面でも制約が出てくる。
こうしたデメリットを承知のうえでロングストロークを採用した理由は、もちろん熱効率の向上による燃費の改善である。新型N-BOXは、自然吸気エンジン仕様のJC08モード燃費が27km/L、ターボエンジン仕様が25.6km/Lと、それぞれ25.6km/L、23.8km/Lから向上した。出力面で不利な点は、高回転域ではカムを切り替え、バルブリフト量やバルブタイミングを最適化する可変バルブタイミング・リフト機構「VTEC」を軽自動車用エンジンとしては初めて採用した。
お家芸のセンタータンクレイアウトも改良
ホンダの軽自動車の最大の特徴といえば、「フィット」から受け継いだ「センタータンクレイアウト」だろう。これは、通常後席の下に配置する燃料タンクを前席の下に配置することにより、後席下にスペースを生み出し、多様なレイアウトを可能にするホンダ独自の機構だ。ただ、この場合、前席下のフロアが盛り上がるため、前席のシートスライドの長さを伸ばせないなど、シートレイアウトの自由度に制約があった。
この限界を乗り越え、シートレイアウトの自由度を高めるために、N-BOXの新開発プラットフォームでは大胆な変更をしている。すなわち、燃料タンクを収めるためのフロアの出っ張りを助手席側で70mmも小さくし、ほぼフラットにしたのだ。この結果可能になったのは、570mmという、通常仕様(240mm)の2倍以上のスライド量を実現した「助手席スーパースライド仕様」の設定である。
助手席に座っていながら、シートを後ろにずらして後席のチャイルドシートに座った子供の世話をしたり、さらには後席へ移動したりできる。後席もスライド可能なので、四つの座席をジグザグに配置すれば、乗員同士の距離が近づき、ドライブ中の会話もしやすくなるという。ただしこのために、燃料タンクの容量は、従来モデルの35Lに対し、27Lと2割少なくなった(2輪駆動仕様同士の比較)。燃費の向上分を考慮に入れても、航続距離は短くなる計算だ。軽自動車は街乗りが中心なので、普段の使い勝手を、頻度の少ない長距離ドライブよりも優先させたということだろう。
540mmという長いシートスライドを実現した「助手席スーパースライド仕様」。四つの座席をジグザグに配置して乗員同士の距離を近づけることができる。
軽量化の悪影響なし
最後に、試乗した感想もレポートしておこう。試乗したのはカスタムではない標準仕様で、ターボではない自然吸気エンジンを搭載した「G・L」という売れ筋のグレードだ。まず「あれ」と思ったのが、フロントドアを開けたときだ。最近の軽自動車はとても軽く開くものが多い中で、意外と手応えがある。このドアを開くときに必要な力は、欧州車では大きめのものが多く、重厚な感じを演出する効果がある。N-BOXはもちろんそこまで重くないのだが、「しっかりしたクルマだな」と感じさせる効果がある。
走り出してみると、ボディを軽量化した悪影響は感じない。金庫のような車体剛性、というわけではないが、必要にして十分、という感じだ。スズキやダイハツ工業の最新の車種と比べてもほぼ同等だろう。N-BOXは背が高いぶん、剛性確保では不利なのだが、そういうハンディキャップは感じさせない。騒音やロードノイズも、軽自動車としては、という断り書きなしでも、十分に許容範囲にある。
乗り心地は、スズキやダイハツの最近乗った新型車に比べてもやや硬めで、部分改良したフィットなどに近いセッティングだ。コーナリングなどの姿勢は背が高いにもかかわらず安定しているが、路面からの衝撃の伝え方は、カテゴリーは違うが、スズキの「ワゴンR」などに比べると、もう少しダイレクトだ。
新設計エンジンも、街なかを走っていて力不足を感じることはない。高速では、時速90kmで2500~3000rpm、時速100kmでは3500rpmに達するが、苦しげな感じはなく騒音のレベルも低いので、高速巡航は十分に実用になる。フロントウインドーが立っているので風切音が心配だったが、これも特にレベルが大きいということはなかった。
燃費は良好だ。都内の混雑した道路でも17km/L程度だし、すいていれば24km/L程度まで改善する。高速を90km/h程度で流した場合も、23~24km/Lだった。自宅の近所を走り回るような使い方なら、20km/L程度は期待できそうだ。なお、燃費の値はいずれも燃費計の読みである。
思惑とは裏腹に…
このほかにも、質感が大幅に向上した内装や、上級車種と同様の先進運転支援システム「HONDA SENSING」の装備など、セールスポイントは枚挙に暇がない。国内で最も売れているクルマだけに、相当気合の入ったモデルチェンジだと感じる。新型N-BOXは、発売から1カ月で月間販売計画の1万5000台を大きく上回る2万5000台の受注を得たというが、それもうなずける。このコラムの第90回で、ホンダが「シビック」を国内で復活させた狙いについて、「ミニバンと軽自動車のメーカーというイメージを変えるため」だと書いたが、新型N-BOXはそうした思惑とは裏腹に、「ミニバンと軽自動車のメーカー」としてのホンダのポジションをますます盤石なものにしそうだ。
自動運転で自動車産業は、周辺産業はどう変わるのか?
連載コラム「クルマのうんテク」の著者が予測する将来像
自動運転は、単にクルマの運転をラクする、安全にするためのものではありません。それは自動車産業のあり方を根本から変え、さらには周辺産業の姿を大きく変えるインパクトを秘めています。
「自動運転で伸びる業界 消える業界」(マイナビ出版)は、当コラムの著者である技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏が、自動運転がもたらす変化の「本質」や、それがもたらす自動車産業の構造変化や、周辺産業への影響、主要プレーヤーの最新動向、そして自動運転を成立させている技術について分かりやすく解説しています。ぜひ書店でご確認ください。
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