もう、いささか旧聞に属するようになってしまったが、フランクフルトモーターショー(IAA)2017レポートの第2弾をお届けする。前回は主にドイツメーカーの電動化への取り組みについて紹介したが、今回は主に自動運転の取り組みについて取り上げる。
今回のIAAで、自動運転に最も力を入れて発表したのは独アウディだ。アウディは、独フォルクスワーゲン(VW)グループの中で自動運転技術の開発を担っており、今秋に発売する新型「A8」に、世界で初めてレベル3の自動運転技術を搭載して発売することはすでにこのコラムの第87回で触れた。今回のIAAでは、レベル4、およびレベル5を想定したコンセプトカーを出展し、レベル3、レベル4、レベル5というレベルの違う3台の自動運転車をステージに並べた様は、かなり壮観だった。
IAA2017におけるアウディのブース。レベルの違う3台の自動運転車を並べた
レベル4、レベル5とは?
今回出展した2台のコンセプトカーのうち、レベル4の自動運転機能を備えるのが「Elaine」、もう1台のレベル5のコンセプトカーは「Aicon」というのだが、どちらも名称の中に、人工知能を意味する「AI」という綴りが入っている。
すでにこの連載でも何回か触れているのだが、ここでそもそも自動運転のレベルとは何か、ということについて改めて確認しておきたい。現在最も多く使われている自動運転のレベルの定義はSAE(自動車技術会)インターナショナルという国際的な自動車分野の学会が決めたもので、レベル0からレベル5までの6段階から成る。
レベル0:システムによる支援がまったくない状態
レベル1:運転支援システム
自動ブレーキやアダプティブクルーズコントロール(ACC、アクセルを踏まなくても設定速度を自動的に保ち、前方の車両に接近すると自動的に速度を落として一定の車間距離を保つ機能)、車線維持支援(車両が車線を逸脱しそうになると、車線内に保つようにステアリング操作を補助する機能)など、車両の前後方向、あるいは横方向の制御でドライバーを支援する機能が搭載されているもの。運転の責任はドライバーが負う。
レベル2:部分的な自動化
自動ブレーキ、ACC、車線維持支援などの機能を組み合わせ、アクセル、ブレーキ、ステアリングの操作をしなくても高速道路の単一車線を自動的に走りつづけるなど、ある特定の状況ではドライバーの運転操作をほとんど不要にするもの(多くの場合、ステアリングには手を添えている必要がある)。運転の責任はドライバーが負う。
レベル3:条件付き自動化
ある特定の条件下では、車両が運転の責任を負う状態。今回新型アウディA8で実用化されるのは、渋滞中の高速道路におけるレベル3の自動運転機能「Traffic Jam Pilot」である。速度は60km/h以下で、単一車線に限られている。しかも、ドライバーに周辺の安全やシステムの動作状況を監視する義務はないものの、「車両が要求した場合には、運転操縦を遅滞なく引き受けること」が求められている。このため、車載ディスプレイでテレビを見たり、メールをチェックしたりすることは可能だが、スマートフォンを見たり、コーヒーを飲んだり、新聞を読んだりといった作業は禁止されている。また、システムが要求した場合には、10秒以内に運転を代わることが求められている。
レベル4:高度な自動化
レベル4の機能を持つシステムでは、ある特定の条件下で車両が運転の責任を負うのはレベル3と同じだが、レベル3と違うのは、特定の条件下であれば、クルマから人間に運転の権限が移ることがない点だ。具体的には、ある特定の地域内や限定された道路で、ある特定の速度領域であれば、人間は完全に運転のことを忘れていい。ただし、こうした特定の地域を出たり、速度領域を逸脱する場合には人間のドライバーに運転の権限を移譲することになる。このレベル4の自動運転は、例えばある都市の限定された地域内で運行される無人タクシーや無人シャトルバスのような用途が想定されている。
レベル5:完全な自動化
レベル5のシステムは、どんな状況でも人間のドライバーの助けを必要としない。このためこうした車両ではステアリングやブレーキ、アクセルなどは不要になる。
レベル4の「Elaine」
今回のフランクフルトモーターショーで公開されたレベル4のコンセプトカー「EleAIne」は、車体のデザインはことし5月に開催された上海モーターショー(Auto Shanghai)2017にアウディが出展した電気自動車(EV)のコンセプトカー「e-tron Sportback」と共通だ。
Elaineはフロントに1基、リアに2基搭載されたモーターによって駆動される4輪駆動車で、「ブーストモード」における出力は320kW、0~100km/hの加速は4.5秒しかかからない。これは独ポルシェの「911 カレラS」に匹敵する加速力だ。バッテリーの容量は95kWhと日産の新型「リーフ」(40kWh)の2倍以上で、航続距離は欧州走行モードで500km以上という。150kWの高速充電が可能なほか、非接触充電も可能だ。
Elaineは、同社の車載コンピュータ「zFAS」の性能をアウディA8よりも向上させることで、アウディA8のTraffic Jam Pilotよりも、速度領域を拡大した自動運転機能「Highway Pilot」を搭載する。A8のTraffic Jam Pilotが60km/hまでしか動作しなかったのに対し、ElaineのHighway Pilotは60~130km/hでも動作し、高速道路における速度領域をほぼすべてカバーできる。
またHighway Pilotは、前方に遅いクルマが走行していると自動的に車線を変更して追い抜き、また元のレーンに戻る機能を備えている。現在も、例えば独ダイムラーや米テスラは、自動車線変更の機能を実用化しているが、これはドライバーがウインカーレバーを操作すると、クルマがステアリングを自動的に操作してくれるというもので、ドライバーが周囲の安全を確認することが前提になっている。これに対してElaineのHighway Pilotは車両が自律的に車線変更をするのが大きな違いだ。
自動化されるのは人間のドライバーが乗っている間だけではない。ドライバーがElaineを指定された区域(同社はAudi AI Zoneと呼ぶ)に駐車して、クルマを離れたあと、車両は自律的に駐車施設内に移動し、そこで洗車や充電などを様々なサービスを受け、再び先程駐車したスペースに戻ってくることが可能だ。ドライバーはきれいになり、フル充電された車両に乗って、次の目的地に向かうことができる。
さらにアウディは、「Audi Fit Driver」と呼ぶプロジェクトにも取り組んでいる。これは、ドライバーが腕に着けた腕時計型のデバイスからドライバーの体温や脈拍数といった生体情報を入手し、もしこれらの情報からドライバーが高いストレス状態にあることを検知すると、メータのディスプレイを通じて、ストレス状態にあることをドライバーにフィードバックするとともに、呼吸を整えるようなエクササイズを促したり、シートマッサージを起動したり、空調を制御したりして、ドライバーがリラックスした状態になるように導く。
レベル5の「Aicon」
近い将来に実用化されそうなElaineに比べると、レベル5の完全自動運転を想定したAiconは、次世代のモビリティのあり方を提案するスタディ、という色彩が強いコンセプトカーだ。デザインの狙いは、ドア・ツー・ドアの移動の利便性と、航空機のファーストクラス席のような快適性を組み合わせることだという。完全自動運転だけあって、室内にはステアリングやアクセルペダル、ブレーキペダルはない。
レベル5(完全自動運転)を想定したコンセプトカー「Aicon」。室内(右)にはステアリングもペダルもない
完全自動運転のクルマというと、世の中では必要なときに呼び出して移動に使う「無人タクシー」のようなクルマを想像する場合が多い。かくいう筆者もそうだ。しかしプレミアムブランドであるアウディは、初めからそういう用途のクルマは想定せず、完全自動運転の高級車とはどうあるべきか、という観点から今回のAiconをデザインしているのが興味深い。
Aiconの車体サイズは全長5444×全幅2100×全高1506mmとかなり大きい。ホイールベースに至っては3470mmもあり、これはA8のロングホイールベース版に比べても240mm長いという。このクルマが実用化されるような時代には交通事故は過去のものとなると考えられるので、シートベルトやエアバッグのような乗員拘束装置を備えていないのも大きな特徴になっている。運転の必要がないので、乗員は移動中に映画などのエンタテインメントを楽しむことができる。
四つの車輪は、それぞれ四つの独立したモーターで駆動する。4輪を合計した出力は260kWだが、クルマの性格上、加速性能よりも省エネルギー性を重視しており、巡航速度は130km/h程度を想定している。四つのモーターはそれぞれ独立に制御することができ、現在のクルマよりも車両制御の自由度は高い。また、現在はホイールの内側に搭載しているディスクブレーキを、モーターの近くに移動することでホイール内からブレーキをなくし、空気抵抗の減少と、ばね下重量の軽減を図っている。
バッテリーは現在のリチウムイオン電池のような電解液を必要とせず、エネルギー密度も高い「全固体電池」を床下に搭載する。航続距離は700~800kmを想定する。また、すべての車輪に操舵システムを設けることで、3.47mという長いホイールベースにもかかわらず、小型車よりも小回りが効くという。
次の段階はレベル3の拡張
今回のフランクフルトモーターショーでは、アウディの開発担当取締役であるピーター・メルテンス氏にグループインタビューをすることができた。筆者が聞きたかったのは、今回A8で実現したレベル3の自動運転は、今後どのような方向に発展するのかということだ。より速度域を高めるなど、今の機能を拡張していくのか、それともレベル4の、より高度な自動化を目指していくのかについて尋ねてみた。これに対して、メルテンス氏の回答は以下のようなものだった。
「自動運転システムの開発は、決して突然に飛躍するものではありません。まずは、今回実現したシステムをベースに拡張していくことになります。現在は、高速道路での渋滞時(60km/h以下)という限定された条件ですが、それでも、考えうるあらゆる状況に対応し、いざというときには自動でクルマを停止させるというのは大変なことです。また、東京の道路にそのまま持って行っても、すぐに使えるわけではありません。今後は、速度を80km/h、100km/h、という具合に上げていきます。たぶん、130km/h以上の速度は必要ないでしょう」
「レベル4というのは、ドライバーが完全に運転操作から解放されるシステムです。ある限られたエリア内であれば、座って眠っていてもよくて、外を見る必要もありません。コンセプトカーのElaineは、そうしたシステムを搭載しています。さらに、レベル5の Aicon では、ハンドルもアクセルもブレーキもありません。しかし、そのようなクルマの実現は、まだ 10年以上先のことになるでしょう」
今回アウディが出展したコンセプトカーを見て感じたことが二つある。一つはアウディが、単に完全自動運転のクルマというだけでなく、未来の高級車がどうあるべきかについて、かなり細かいところまでじっくりと考えているということ、もう一つが、技術は一足飛びに進化するのではなく、一歩一歩踏み固めながら徐々に進化していくということだ。自動運転というと、つい無人タクシーのようなものをイメージしてしまうが、そうではない未来の可能性についてイメージが広がった今回の取材だった。
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