ホンダが6年ぶりに国内市場で発売する「シビック」。ハッチバック(手前)とセダン(奥)のほかにスポーティグレードの「Type-R」がある。
ホンダの「シビック」には個人的な思い入れがある。というのも、我が家にやって来た初めてのマイカーが初代シビックの「CVCC(複合渦流調速燃焼)エンジン」を搭載したタイプだったからだ。CVCCといっても、若い読者はご存知ないだろうが、ホンダが世界の大手メーカーに先駆けて実用化した排ガス対策エンジンで、当時は画期的なクリーンエンジンとされていた。現在のようにCO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)の3種類の有害物質を同時に低減する三元触媒が実用化される以前のことで、希薄な混合気を燃焼させることでCO、HCを減らし、また燃焼温度も下がるのでNOxも減らすという、触媒を使わないシステムなのが特徴だった。
前回のこのコラムで紹介したように、希薄な混合気には火が付きにくく、また、たとえ火が付いても燃え広がりにくい。CVCCエンジンについてはホンダのホームページの記事に詳しいが、主燃焼室のほかに、小さな副燃焼室を備え、主燃焼室には薄い混合気を、副燃焼室には濃い混合気を供給し、点火プラグは副燃焼室内にあって、まず濃い混合気に火がつき、爆発的に燃焼しながら主燃焼室に広がっていって、薄い混合気を燃やすというものだった。CVCCエンジンは、米国で1975年から導入された排ガス規制「マスキー法」に合格した第1号エンジンとなり、またこの技術をトヨタ自動車にも供与するなど、当時は小規模なメーカーに過ぎなかったホンダの技術力を世界に知らしめるエポックメーキングな技術だった。
ただ、初期の排ガス対策エンジンということもあって、ユーザーの立場から見るといいことばかりではもちろんなかった。というのも希薄な混合気を燃やしているため、ノーマルエンジンに比べると出力の面では見劣りしたからだ。それに薄い混合気を燃やしている割に、燃費がそれほどいいという印象もなかった。それでも、教習車を除けば筆者が最初にハンドルを握ったクルマであり、あちこちに出かけた多くの思い出がある。
その後、結婚してすぐに知り合いから古い2代目シビックのワゴン車を譲ってもらったり、実家でも4代目シビックを購入するなどシビックとの縁は続いた。だから、2017年9月から、約6年ぶりにホンダが10代目となる新型シビックの国内販売を再開すると聞いて、個人的には感慨深いものがあった。それに国内で最後に販売されていた8代目シビックはセダンが中心で、5ドアハッチバック車は限定輸入された「Type-R」しかなく、通常の5ドアハッチバック仕様がカタログに載るのは、7代目シビックが販売を終えて以来12年ぶりのことになる。シビックといえばハッチバックという印象が強い筆者には、これもうれしいことだった。
ホンダのイメージを変えたい
ただ、冷静に考えればシビックを巡る国内市場の環境は厳しい。国内市場では排気量1.3~1.5L程度のコンパクトカーや軽自動車、それにミニバンが多くを占め、また市場の2割以上をハイブリッド車が占めるようになっている。新型シビックはそのどちらにも属さない「隙間商品」のような存在だ。同じCセグメントで最も売れているのはハイブリッド車のトヨタ自動車「プリウス」だが、シビックのハッチバック仕様は英国工場からの逆輸入車であるため、価格が約280万円と、ハイブリッド車でもないのに、プリウスとそれほど変わらない価格になってしまうのもマイナス材料だ。
それでもなぜホンダはシビックを国内で投入したのか。ホンダの執行役員で日本本部長の寺谷公良氏が強調したのは「ホンダのイメージを変えたい」ということだった。筆者のような50代の読者であれば、ホンダには戦後生まれの企業らしい若々しいスポーティなイメージを抱く人が多いのではないだろうか。ところが現在の若い世代はホンダのモータースポーツでの活躍も知らなければ、スポーティな車種を多く展開していた時代も知らない。「ミニバンと軽自動車のメーカー」というイメージが強まっているというのだ。
これはちょっと筆者にとっても驚きだったので、本当かと思って社会人1年目の息子に聞いてみたが、ホンダのクルマについて尋ねても「N-BOXだったら知ってるけど」という返事だった。なるほど、確かにホンダのスポーティなイメージは、若い世代では失われているのかもしれない。だから、今回の国内市場への新型シビックの導入はそろばんづくというよりも「ホンダらしいクルマができたので、ぜひ国内にも導入したい」という「意気込み」が先行してのことのようだ。
確かに今回のシビックはホンダの「意気込み」を感じられるモデルといえる。外観デザインは、保守的だった先代、先々代に比べてかなりアグレッシブなものになった。切れ長のヘッドランプや、複雑な立体形状をしたフロントグリル、うねるような曲線を描くウエストラインなどは、ちょっとデコラティブ過ぎるとは思うけれど、このくらいの存在感が、主戦場の米国のように大きなクルマがひしめく中では必要なのかもしれない。
先代シビックは発売直後に、米国の消費者団体が発行する専門誌「コンシューマー・レポート」の小型セダンの評価で全12車種のうち11位に沈み、韓国Hyundai Motors社の「Elantra」が首位になったことも相まって、業界内で大きな話題となった。その後、シビックは外観の変更のみならず、インストルメントパネルを全面的にデザインし直すなど、通常の部分改良の枠を超えた大幅な改良を迫られた。先代シビックは2011年の発売で、開発中にリーマン・ショックに見舞われたこともあり「コスト削減の影響が出てしまった」(新型シビックの開発責任者である本田技術研究所・主任研究員の松本英樹氏)という。この反省からか、外観においても内装においても、先代シビックに比べると一クラス上級になったという印象を受ける。
新型シビックのインストルメントパネル。質感が大幅に向上した(写真:ホンダ)
新世代プラットフォームを採用
一方、メカニズム的に興味を引いたのは、このシビックからプラットフォームを一新するとともに、先代ではハッチバック系とセダン系の車種で異なっていたプラットフォームを、今回のモデルでは統一したことだ。先代モデルまでハッチバック系の車種の生産は、欧州向け「Jazz(日本名フィット)」の生産も担当する英国工場が担っていた。このため先代シビックのハッチバックモデルは燃料タンクを前席の下に配置した、フィットと同じセンタータンクレイアウトのプラットフォームを用いていた。
ホンダは今回の新型シビックの投入を機会に英国の生産体制を見直しており、英国ホンダはシビックのハッチバックを世界に供給する拠点として再編成された。欧州向けJazzの生産は、現在は日本の寄居工場に移管されている。なので生産上フィットに近い構造を採用する必然性はなくなった。それに新型シビックでは走行性能を高めるため、重心を下げ、ドライバーの着座位置も低くしている。ドライバーシートの下に燃料タンクを置くセンタータンクレイアウトではドライバーのシート位置を下げるのに限界があった。実際、新型シビックでは、ハッチバック同士の比較で25mm(先代と新型のType-R同士の比較)、先代からセンタータンクレイアウトではなかったセダン系でもドライバーのヒップポイントを新型では20mm下げている。
セダンでは全長が95mm伸び、ドライバーのヒップポイントは20mm下げられた(写真:ホンダ)
セダン系とハッチバック系で統一したことに加え、このプラットフォームのもう一つの注目点は、新型アコードと共通化すると言われてきたことだ。新型アコードもすでに米国では発表されているのだが、シビックのようなCセグメント車と、アコードの属するDセグメント車のプラットフォームを統一するのはすでに自動車業界の流れになっている。例えば独フォルクスワーゲン(VW)の「MQB」や、スバルの「スバル・グローバル・プラットフォーム(SGP)」、マツダの「SKYACTIV-Body」などではCセグメント車とDセグメント車のプラットフォームの基本構造を統一している。
ホンダはこれまで、他社に比較してプラットフォームの統合にあまり熱心ではなかったが、今回の新型プラットフォームは、シビック、アコードのほかに、国内では未発売の新型「CR-V」にも使われており、今後採用車種はもっと増える可能性がある。ただ、新型シビックの開発責任者である松本英樹氏によれば、新型アコードのプラットフォームと基本的な構造の考え方は同じだが、共通部品そのものはそれほど多くないという。このあたりは、設計思想の共通化を重視して、部品の共通化はあまり重視しないマツダの考え方に近いのかもしれない。
235mmも長くなったハッチバック
車体は大きくなった。セダンは全長が先代よりも95mmも長い4650mmと、5ナンバー枠の4700mmに近づいている。全幅に至っては先代より45mm広い1800mmもあり、昔のシビックのイメージだと車庫に入らない、という往年のユーザーもいそうだ。全体のサイズ感としては、筆者のような古い人間から見ると、シビックというよりアコードに近い。
ハッチバックはもっとその傾向が強く、全長は4520mmと、先代ハッチバックより235mmも長くなっている。最近は欧州でもCセグメント車の車体が大型化しているが、欧州メーカーの競合車種に比べてもこの全長は長めだ。例えば欧州Cセグメントの代表的な車種であるフォルクスワーゲン「ゴルフ」の全長は4265mmである。松本氏も「開発中は大きくなりすぎたのではないかと少し心配した」というが、一足先に発売されている欧州でも特に大きすぎるという声は聞かれないという。今回のシビックからは、米国でもハッチバックを販売するようになり、この点でも車体の大型化は必要だったのだろう。
ただし車体は大型化しても、車体重量はむしろ軽くなっている。先代のセダンとの比較で新型シビックの車体骨格は、ねじり剛性を25%高めたうえで、22kg軽量化したという。車体後部にセダン、ハッチバックとも環状の骨格構造を採用したほか、フロア構造を強化したのが奏功しているようだ。フロア構造の強化によって、質量のかさむ制振材料を使わなくても振動が抑えられるようになり、軽量化にも貢献している。
新型シビック(セダン)の車体骨格。22kg軽量化しながらねじり剛性を25%高めた(写真:ホンダ)
国内はターボエンジンのみ
国内仕様のシビックは、セダン、ハッチバックとも既にミニバンの「ステップワゴン」などに搭載している排気量1.5Lの直噴ターボエンジンにCVT(無段変速)を組み合わせている(Type-Rは2.0Lターボに6速手動変速機の組み合わせ)。ホンダによれば、この1.5Lターボエンジンは自然吸気の2.4Lエンジン並みの動力性能を発揮するということで、1.3Lエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせていた先々代の国内仕様に比べると、走りという面では大幅に向上しているはずだ。
ただし海外では、例えば北米市場向けには廉価グレード向けに、2.0Lの自然吸気エンジンがあるし、欧州には排気量1.0L・直列3気筒の直噴ターボエンジンや、排気量1.6Lのターボディーゼルエンジンが用意されている。ディーゼルはともかく、1.0L・3気筒のターボエンジン搭載車には乗ってみたい気がした。残念ながら新型シビックは限られた時間に、Type-Rを短いコースで乗ってみただけなのでまだ評価は下せないが、普段使いにもぜんぜん問題ないほどの良好な乗り心地と高いボディ剛性が印象的だった。
国内のCセグメント車は長らく欧州の競合車種に比べて乗り心地や車体剛性、操縦安定性、室内の質感などの面で見劣りする状況が続いてきた。それがこのところ、マツダ「アクセラ」、スバル「インプレッサ」など欧州車と比肩しうるクルマが増えてきている。新型シビックは公道上でどんな走りを見せるのか。期待して試乗の機会を待ちたい。
■訂正履歴
本文中、〔韓国Hyundai Motors社の「Elentra」〕としていましたが〔韓国Hyundai Motors社の「Elantra」〕の誤りでした。また、「1.8Lエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせていた」としていましたが「1.3Lエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせていた」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2017/8/29 21:00]
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