発売から約5年半を経て大幅な部分改良を受けた新型「アテンザセダン」(上)と「アテンザワゴン」
マツダのフラッグシップ・セダンである「アテンザ」の現行型が登場したのは2012年11月のことだから、もう5年半ほど前のことになる。現行型アテンザに関しては、いささか不名誉な思い出がある。筆者は、2013年の1月に神奈川県の葉山付近で開催された現行型アテンザの試乗会に参加したのだが、よりによってその日の湘南地域が珍しく大雪に見舞われてしまったのだ。会場のホテルを出発したときの降り方はそれほどでもなかったのだが、高速道路を走っている間に雪はどんどんひどくなり、降り積もった雪のため、小高い丘の上にあるホテルまで戻る途中で、とうとう登れなくなってしまった。
幸い、そのときの試乗では助手席にマツダのエンジニアが同乗していたので、事務局に電話してもらい、4輪駆動の「CX-5」にレスキューされて事なきを得た。その会場まではクルマで来ていたのだが、当然クルマで帰宅するのは無理で、その日はクルマを置いて帰り、翌日あらためてクルマを取りに来たほどだ。レスキューしていただき、その後逗子の駅まで送り届けてくださったマツダ関係者には感謝しかない。その日はそのホテルに宿泊したプレス関係者もかなりいたのではないかと記憶する。電車も運休したり間引いたりという状況で、駅はどこもごったがえしていたが、折悪しくその日は2013年の成人式の日で、融けた雪で足元の悪い中、せっかくの晴れ着で出かけてきたおおぜいの若者たちが気の毒だった。
初代CX-5に次いで、マツダの新世代技術「SKYACTIV」をフルに搭載した新型車ということでマツダの力の入り方は尋常ではなかったのだが、そのときの印象は「ドイツ車みたいなクルマだな」というものだ。そのころの国産車に比べると印象的なボディ剛性や操縦安定性を備えていたが、乗り心地はある程度犠牲になっていて、路面の凹凸を忠実に拾う。もう少し乗り心地がよくなれば、というのが率直な感想だった。また躍動的な外観デザインに比べると、内装のデザインに個性が感じられないのも残念なポイントだった。
なぜこの時期に大幅改良?
その現行型アテンザが、2018年5月に、発売以来最大の部分改良を受けた。今回の部分改良ではフロント周りやテールランプといった外観はもとより、内装も全面的に変更されたのが注目点だ。見た目だけでなく、エンジンや足回りにも手が入っているほか、車体も強化されている。基本的な外観デザインこそ変わらないが、かなり全面改良に近い変更内容といえる。なぜ、発売から5年半を経て、通常ならモデル末期となるこの時期にマツダはアテンザを大幅改良したのだろうか。
このコラムの第108回で、マツダの決算発表の内容から、マツダの次世代上級車種のプラットフォームはFR(フロントエンジン・リアドライブ)化され、そのエンジンルームには直列6気筒のディーゼルエンジンが搭載されるだろうと書いた。そして、その次世代上級車種第一弾は2020年ごろに全面改良される次期アテンザになるのではないかと予想した。この予想と考え合わせると、今回の“モデル末期の”大幅な商品改良の狙いが想像できる。
上記の予想の通りなら、次期アテンザの登場まではあと2年間、現行型アテンザはマツダの最上級車種としての商品性をキープしなければならず、そのためにはこれだけの大幅な商品改良が必要だったということだろう。つまり現行型アテンザは8年という長いモデルライフになると見られ、この長さは通常のモデルライフの約1.5倍、軽自動車なら約2倍にあたる。全面改良に近い商品改良を行っても投資に見合うという判断だろう。
面白いのは、マツダが今回の新型アテンザに対して「第6.5世代商品」という言い方をしていることだ。マツダはSKYACTIV技術をフルに搭載した2012年2月発売の初代「CX-5」以降の商品を、「第6世代商品」と呼んでいる。一方で、次の世代に当たる「第7世代商品」は2019年に全面改良されると見られる次期「アクセラ」以降の商品群だ。
この間の世代に当たる「第6.5世代」の商品は、2017年2月に発売された現行型「CX-5」以降に登場した商品群で、具体的には現行型CX-5のほか、その発展形である3列シートSUV(多目的スポーツ車)の「CX-8」、今回の新型アテンザ、そしてアテンザとほぼ同時期に大幅な部分改良を受けた「CX-3」などがそれに当たる。
第7世代商品を先取り
これらの商品群の“第6.5世代”たるゆえんは、第7世代のデザインや技術の一部を先行的に取り入れていることだ。分かりやすいのはデザインである。新型アテンザの外観ではグリルやヘッドランプの形状が大きく変更されており、マツダが「シグネチャーウイング」と呼ぶグリルを縁取るクロームメッキの部分が、部分改良前はヘッドランプの上に伸びていた。これが、今回の部分改良モデルではヘッドランプの下に伸びている。
大幅な変更を受けたフロント周り。グリルの奥行きが増した
それと同時にシグネチャーウイング自体の形状も奥行きのあるデザインになっている。これは現行型CX-5のデザインと共通する。2017年秋の第45回東京モーターショーで公開した今後のマツダのデザインの方向性を示すコンセプト車「Vision Coupe」でも同様のグリルやヘッドランプのデザインが採用されており、新型アテンザのデザイン変更は第6世代と第7世代の間をつなぐ位置づけといえる。
第45回東京モーターショーで公開したコンセプト車「Vision Coupe」の外観(上)と内装(出典:マツダ)
Vision Coupeとの共通性がより強いのはインテリアデザインだ。驚いたことに今回のアテンザの部分改良モデルではインストルメントパネルのみならず、ドアトリムまで全面的に刷新されている。じつはアテンザは、発売から約2年後の2015年1月にインストルメントパネルのデザインを全面的に変更しており、今回は2度めの大幅変更となる。2度の全面変更というだけでも異例なのだが、前回の変更ではドアトリムは変更しておらず、今回のほうが変更の規模は大きい。
今回の部分改良ではVision Coupeのインストルメントパネルの特徴の一つだったスエード調のソフトパッドをインパネ全幅にわたってあしらったデザインを、部分改良したアテンザの最高級グレードである「L Package」に採用するなど、質感を大幅に向上させたのが特徴だ。このスエード調の表皮には、東レの合成皮革である「ウルトラスエード ヌー」を世界で初めて採用している。この素材の特徴は、光沢調の合成皮革と、スエードのようなつや消しの合成皮革の風合いを併せ持つことで、確かに通常のスエードに比べると光沢感のある華やかな質感を備えている。
新型アテンザのインストルメントパネル。最上級車種にはVision Coupeと共通するスエード調のソフトパッドを採用した(出典:マツダ)
2気筒で運転する領域も
第7世代商品を先取りしているのはデザインだけではない。エンジンや車体、足回りといったクルマの動的な性能を左右する部分には、ほぼすべてに手が入っている。ガソリンエンジンには従来どおり排気量2.0Lと2.5Lの直列4気筒を用意するが、変更の大きいのは2.5Lのほうだ。すでに部分改良したCX-5には採用されている技術であるが、負荷の小さい領域では二つの気筒を休ませて2気筒運転とする気筒休止システムを採用したのだ。いわば、力のいらない領域では排気量1.25Lのエンジンとして燃費を向上させる技術で、一定速度で巡航しているときなど、エンジンの負荷が小さい領域で効果が大きい。運転の状況などにもよるが、2気筒運転時は4気筒運転時よりも10%程度燃費が向上するという。
気筒休止システムの機能。クルージング時などエンジン負荷の低い領域では2気筒運転として燃費を向上させる(出典:マツダ)
一方の排気量2.2L・直列4気筒のディーゼルエンジンは燃焼の改善によって静粛性と出力を向上させている。エンジンの上死点付近で燃料を短時間に燃やしたほうが、爆発圧力が有効に駆動力に変換される。すなわち燃費の面では有利だ。しかし燃料が短時間で燃えると急速に爆発圧力が高まるためエンジン騒音は大きくなる。この相反する課題を解決するため、今回のエンジンでは、少量の燃料を最大6回に分けて上死点付近で噴射することにより、一度に大量の燃料が燃えるのを抑えつつ、連続した燃焼を発生させて燃焼期間を短縮する「急速多段燃焼」というコンセプトを採用することで燃費と静粛性の両立を図った。
同時に、ターボチャージャも改良した。従来から、マツダの2.2Lディーゼルエンジンでは負荷に応じて大きさの異なる二つのターボを使い分ける「2ステージターボ」を採用している。今回は大きい方のターボに「可変ジオメトリーターボ」を採用したのが変更点だ。可変ジオメトリーターボは、排ガスをタービンの羽根に当てるノズルの角度を変えて、排ガスの量に応じて「排ガスの当て方」が最適になるように制御するもの。従来よりも幅広い領域で効率よく羽根を回せるようになり、エンジンの最高出力を従来の129kWから140kWへ、最大トルクも420N・mから450N・mへと高めることができた。
乗り心地も向上
足回りにも、通常の部分改良の域を超えた変更が加えられている。さすがにサスペンションアームそのものや、車体側の取り付け位置などに変化はないが、前輪のナックルや後輪のハブの形状に手を入れて、ステアリングを切ったときの挙動をより自然なものにした。ナックルやハブは、いずれもタイヤとサスペンションアームをつなぐ部品で、部分改良で変更するのは異例だ。また乗り心地向上のために前輪のダンパー径を太くしたほか、リア・サスペンションのばねを車体に取り付ける部分のブッシュを従来のゴム製から、より振動減衰特性の高いウレタンに変更するなどきめ細かい改良を加えている。
タイヤにも第7世代商品の考え方を取り入れている。具体的にはタイヤのサイドウォールを柔らかくして、乗り心地を向上させた。単にサイドウォールの剛性を下げるとタイヤを路面に押し付ける力が減って運動性能が悪化してしまう。これに対してマツダは旋回時や車線変更時に4輪のタイヤの荷重を最適化する独自の「Gベクタリングコントロール」によって荷重移動を制御することで、運動性能を低下させずにタイヤのサイドウォールを柔らかくできたとしている。第7世代商品ではサスペンションの考え方も根本から見直すことで、さらにサイドウォールを柔らかくすることが可能になるとみられる。
このほか第7世代商品でも重要な位置を占めるのがシートだ。第7世代商品の基本的な考え方は、人間が歩いているときに意識せずに行っている効率的な身体の使い方を、クルマを運転しているときにも発揮できるようにすることだ。そのためには、シートに座ったときに、脊柱がS字カーブを保つよう骨盤を立てて着座できるようにすることが必要である。このためにフロントシートをフレーム構造から見直し、シートの座面形状を変更して、骨盤をしっかりと立てつつその状態を維持しやすい構造とした。併せて車体構造も各部分を強化することで、車体に路面から車体に伝わった力がシートを通してすばやくドライバーに伝わるように配慮している。
印象的なディーゼルの改良
いつにもまして前置きが長くなったが、今回試乗できたのは、部分改良前のアテンザセダン(2.2Lディーゼル、4輪駆動仕様)、部分改良後のアテンザワゴン(2.2Lディーゼル、4輪駆動仕様)、部分改良後のアテンザセダン(2.5Lガソリン、前輪駆動仕様)の3台だ。
冒頭で触れたように、筆者は2012年に現行型アテンザが登場したときに乗り心地や内装デザインをやや残念に感じたのだが、その後何回か実施された部分改良でかなり改善が進み、今回最初に試乗した部分改良前の従来モデルも、大きさを感じさせない軽快な走りや発売当初よりも大幅に改良された乗り心地、それに質感の向上したインストルメントパネルなどによって、素直に「いいクルマだなあ」と感じた。
ところが、今回部分改良された最新モデル(ディーゼル)に乗り換えてまず感じたのは、明らかにエンジン騒音が低下していることだ。従来型は特に低速域でディーゼル特有の「カラカラ」という騒音が室内に侵入してくるが、新型はそれが大幅に抑えられている。またエンジンの吹け上がりも出力向上の成果か、軽快さを増していた。
筆者は現行型アテンザ発売当初のガソリン仕様とディーゼル仕様を乗り比べて、ディーゼルの太いトルクに魅力を感じながらも、ガソリン仕様の軽快な吹け上がりのほうに、より好感を抱いたのだが、今回の改良されたディーゼルに乗ると、もうディーゼルを選ばない理由はなくなったな、と感じた。乗り心地の向上も明らかで、高速道路走行時に路面の継ぎ目を乗り越えたときのショックは新型のほうが明らかに丸められている。
新型のガソリン仕様のほうは新旧比較はできなかったものの、感心したのは気筒休止システムの動作が自然だったことだ。注意深く運転していたつもりだが、2気筒と4気筒の切り替わるショックを感じ取ることはできなかった。恐らく一般のドライバーが通常の運転の中で切り替わりを意識させられることはないだろうという仕上がりだ。
気筒休止の燃費面での効果はどうか。短い試乗の中での燃費計での計測なのであくまでも参考値ということだが、市街地走行で10km/L、高速走行で14km/L程度と、2.5Lガソリンエンジン車としては良好な値が得られた。ちなみにディーゼル仕様は市街地走行で12km/L、高速走行で16km/L程度と、こちらは高速でもうちょっと伸びても…という気はしないでもなかった。高速で意外と伸びないのは、以前試乗したCX-5のディーゼル仕様でも同様だったから、これがマツダディーゼルの特性かもしれない。
今回の試乗の一番の驚きはディーゼル仕様が良くなっていることだったのだが、一方で、2.5Lガソリンエンジン仕様と比べると、価格差は約40万円もある。これはほとんどハイブリッド車とガソリエンジン車の価格差と同程度だ。例えばドイツBMWの3シリーズで、排気量2.0L・直列4気筒のターボエンジン車同士(国内仕様)で価格を比べると、ガソリンエンジン車の「320i」とディーゼルエンジン車の「320d」の同じグレードの価格差は約25万円程度だ。しかも、同じ2.0Lのガソリン・ターボでも高出力仕様の「330i」では、ディーゼルよりもむしろ価格は80万円程度高くなる。
ディーゼルエンジンはコストがかかるので値段が高いのはしかたないにしても、マツダの値付けはちょっと強気すぎるように見えてしまう。これが次世代のアテンザになって、ディーゼルが直列6気筒になったら、もっと高級なエンジンになってしまうのだろう。まさにそこがマツダの狙うところなのだろうが、一般の消費者の手に届きにくくなるのは残念だ。
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