日産のバイオ燃料を使う燃料電池車「eバイオフューエルセル」はサトウキビから作ったエタノールを燃料に使うことでCO2フリーを実現する
日産自動車が環境車の分野で反撃に出てきたな――。6月14日の同社の発表を聞いて、そう感じた。バイオ燃料を使う燃料電池車(FCV)を開発するという、一見地味な発表なのだが、なかなかどうして、日産の考え方が表れていて面白い。それは、トヨタ自動車、ホンダという競合メーカーに対して、独自の道を行くという意思表示のようにも見えた。
日産のFCVのどこがユニークなのか。それを一言で表せば「水素を使わないFCV」ということに尽きる。筆者はこれまでこのコラムの第5回や第15回、第53回で、幾度となくFCVについて取り上げてきたが、一貫しているのは、FCVの普及に対して懐疑的であるということだ。
その理由は既に書いてきていることの繰り返しになってしまうが、FCVという車両そのものよりも、燃料に水素を使うということがもたらす問題である。水素は天然に単体で大量に存在するものではないので、必ず他のエネルギーから作らなければならない。通常は天然ガスから作るのが最も低コストだが、製造時のエネルギー損失が大きいため、燃料製造時まで考慮したエネルギーの総合的な効率で、FCVはEV(電気自動車)に劣り、HEV(ハイブリッド車)と同程度にとどまる。最大の目的であるはずの環境性能で、FCVは必ずしも最良の解ではないのだ。
太陽電池で発電した電力で水を電気分解することで、CO2の発生を伴わずに水素を作るという考え方もある。しかしそれだと設備にコストがかかりすぎ、天然ガスから作る水素と比べて、全くコストに競争力がないのが現状だ。そもそも、天然ガスから作る水素を使った場合でさえ、FCVの燃料代は、通常のハイブリッド車(HEV)のガソリン代と同程度にとどまる。しかもこの水素の値段は、コストベースではなくて、このくらいにしないとHEVと同等にならないよね、という水準から逆算して決めたもので、現状では採算が取れていない。
運搬も非効率的
加えて、水素は気体燃料なので、運ぶにも、車両に積み込むにも非常に効率が悪い。水素ステーションに水素を運ぶ際にも、車両に積み込む際にも、非常に高圧で圧縮する必要があるのでそのためのエネルギーが必要で、水素を運搬するトラックや、水素ステーションの貯蔵設備のコストも高い。
場所もとる。車両に搭載する際には、700気圧という高圧のタンクを使用して、なるべく容積を圧縮しているのだが、それでもガソリンタンクよりもずっと大きい。しかもタンクは円筒形状にする必要があるため、どうしてもかさばってしまう。従って、同じ車両サイズのクルマ同士で比較すれば、FCVはどうしてもエンジン車よりトランクルームを狭くせざるを得ない。つまり、クルマとしての魅力もエンジン車より低いわけだ。
このように、FCVは環境に必ずしもいいわけではなく、燃料インフラの整備にはコストがかかり、ユーザーにとっては燃料補給が不便で、車両価格が高く、トランクルームは狭く、しかも維持費の面でもメリットのないクルマということになる。これでは、消費者がわざわざFCVを買う理由が1つもない。これが、筆者がFCVの普及に懐疑的な理由である。これに比べると電気自動車(EV)は、燃料費(電気代)がガソリンエンジン車の1/3以下で済む、わざわざガソリンスタンドに行かなくても家で充電できる、などのユーザーメリットがある。
液体燃料を使うFCV
ところが、今回日産が発表したバイオ燃料を使うFCVは、こうした水素を使うがゆえの課題をかなり解決できる可能性がある。日産が発表したFCVは、サトウキビなどを原料とするバイオエタノール(エチルアルコール)を燃料に使うからだ。こうしたバイオエタノールは、すでにブラジルや北米などで生産されており、特に生産量の多いブラジルでは車両にエタノールを補給する燃料補給インフラが整備されていて、これから新たにインフラを整備する必要がない。
バイオエタノールは燃料コストの面でも有利だ。日産の試算によれば、濃度45%のエタノール混合水の使用を想定した場合、ガソリンエンジン車の燃料コストが9.0円/kmなのに対して、バイオ燃料を使うFCVの燃料コストは約1/3の3.1円/kmとなる見込みだ(ブラジルでのバイオエタノール価格を基に算出)。これは、EVのエネルギーコスト(2.9円/km)とほぼ同等の低い値である。
バイオエタノールは、お酒を製造するプロセスと同様に、糖分を発酵させて製造する。ブラジルのバイオエタノール製造では、サトウキビを原料としているが、サトウキビの絞り汁をそのまま発酵させるのではなく、絞り汁から精糖を分離した後の廃糖蜜を原料としている点に特徴がある。つまり、通常なら廃棄物となるものから製造しているのだ。しかも、絞り滓の植物繊維を燃やして熱源として利用しており、この面でも廃棄物を有効活用している。
バイオエタノールを燃料とするFCVは、水素を燃料とするFCVと異なり、走行時にCO2を発生する。これは、バイオエタノールから水素を取り出す装置(改質器)を搭載しているためで、この改質過程でCO2が発生する。だから、バイオエタノールを燃料とするFCVはいわゆるZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)ではない。
しかしバイオエタノールは、原料となるサトウキビが成長の過程でCO2を吸収するので、バイオエタノールの製造・消費のプロセスをトータルで考えればCO2の発生量はゼロと見なすことができる。広い視野で見れば、ブラジルではバイオエタノールの生産が奨励された結果、CO2を大量に吸収してくれる熱帯雨林が伐採され、サトウキビ畑が作られた例もあるようだ。だから一概に環境にいいとは言い切れないのだが、それは技術とはまた別の話なので、ここでは置いておく。
液体燃料を使えるメリットは大きい。ガソリンや軽油と同様な燃料タンクに収納できるので、タンクの容積自体も小さくなるし、タンクの形状の自由度も高い。燃料の補給インフラに運ぶ際にも、ガソリンや軽油と同様のタンクローリーで運ぶことができる。運搬にも、保管にも、高圧のタンクは不要で、設備コストが低くできる。
エタノールを改質して水素を取り出す
今回、日産が発表したバイオ燃料を使うFCVは、従来のFCVと大きく違う点が2つある。1つは、先ほども触れたように、エタノールから水素を取り出すための改質器を備えていること、そしてもう1つが、燃料電池自体に従来のPEFC(固体高分子型燃料電池)とは異なるSOFC(固体酸化物型燃料電池)というタイプの燃料電池を使っていることだ。
日産が開発したFCVの構成。まず改質器でエタノールから水素を取り出し、その水素で発電してバッテリーを充電し、モーターを駆動する。
改質器は、エタノ―ルと水を反応させることで、水素とCO2を作り出す役割を果たす装置である。ここで発生した水素がSOFCに送り込まれるのだが、SOFCは、電解質に酸化物セラミックスを使っているのが従来のPEFCとの大きな違いだ。
SOFCの大きなメリットは、水素だけでなく、一酸化炭素(CO)も燃料として使えることである。なぜこれが大きなメリットなのかというと、改質器で生成する水素には通常、どうしてもCOが混ざってしまうからだ。従来のPEFCの場合、燃料の中にCOが混ざると、燃料電池に使われている白金触媒の性能が低下するため、改質器の後にCOを取り除く装置を取り付ける必要があり、システムの複雑化を招く。
これに対してSOFCは、燃料中にCOが混ざっていても問題ない。これはSOFCの動作温度が700~800℃と、PEFCの80~100℃に比べて大幅に高いため、反応を促進するための白金触媒が必要ないからだ。白金触媒が必要ないことは、燃料電池の低コスト化にもつながる。
かつても検討されたオンボード改質
車両に改質器を搭載し、液体燃料から水素を取り出して走行するタイプのFCVは、「オンボード改質型」と呼ばれるもので、今回初めて開発されたわけではない。かつて、ホンダも開発に取り組んだことがあるし、ドイツ・ダイムラーも初代「Aクラス」の車体を使い、床下にすべてシステムを収めた実験車両「NECAR5」を開発したことがある。
ドイツ・ダイムラーが2000年12月に発表したFCV「NECAR5」
しかし、これらの車両の開発はその後立ち消えになり、純水素を燃料に使うタイプのFCVに収れんしていった。液体燃料を使うタイプのFCVにはここまで説明してきたような数々のメリットがあるにもかかわらず、どうしてFCVの主流にならなかったのか?
1つはシステムが複雑化することだ。燃料電池本体だけでも高コストで複雑な制御が必要なシステムであるにもかかわらず、さらに液体燃料を水素に改質するシステムまで搭載すると、システム構成も制御もさらに複雑になり、コストがかさむ。
もう1つの理由は、車両に搭載することに伴う難しさである。燃料電池を車両に搭載する場合、例えばドライバーがアクセルを踏んだら、燃料電池はそれに対応してすばやく出力を上げなければならない。すると、燃料電池に水素を供給する改質器も、それに合わせて供給する水素の量を急に増やさなければならないことになる。ところが、液体燃料を水素に変換する改質プロセスは、化学的なプロセスなので、ドライバーのアクセル操作に応じて機敏に反応速度を変えるのは難しい。
さらに、日産が今回採用するSOFCは、水素の純度が低くても使える、白金触媒が不要、というメリットがある反面、動作温度が700~800℃と高いため、起動に時間がかかるというデメリットもある。日常的な使い方の場合、1時間も乗らないというのはよくあることだ。こうした使い方に、SOFCは向かない。FCVの主流が水素を燃料に使い、燃料電池の方式としてPEFCを使うタイプだったのにはこうした理由がある。
まずは商用車に展開
日産はこれらの点をどう考えているのか。結論からいうと日産は、今回開発したバイオエタノールを使うタイプのFCVを、乗用車ではなく、商用車に展開する考えのようだ。商用車と今回のシステムは相性が良い。まず商用車は、宅配のトラックであれ、長距離トラックであれ、1日の走行距離が乗用車よりも長く、燃料電池の起動時間が確保しやすい。長い走行距離が要求されるため、容積がかさばる水素よりも、容積を小さくできる液体燃料のほうが燃料をたくさん積み込むのに有利だ。さらに商用車は、乗用車に比べると荷台の下などに改質器を搭載するスペースを確保しやすい。また加速時などの応答性に関しては、バッテリーを多めに積むことで対応しようという考えのようだ。
EVとeバイオフューエルセルのすみ分け。乗用車はEV、商用車はeバイオフューエルセルにする考えのようだ。
日産は乗用車向けには、FCVよりもEVの普及に力を入れている。EVであれば家で充電できるのでFCVのような燃料補給インフラの整備が不要だし、単位走行距離あたりのコストもFCVより安い。航続距離が短いのがEVの難点だが、日産は500km以上走行可能な大容量電池を開発中で、これが実用化されれば日常的な使い方での不便はほとんどなくなるだろう。
しかし、商用車をEVにするのは難しい。特に大型の商用車をEV化しようとすれば非常に大量の電池を搭載する必要があり、この分のコストが非常にかさむ。だから、長距離を移動するトラックなどで必要な航続距離を確保するのは難しい。かといって、ひんぱんに充電していたのでは稼働率が下がってしまう。
このように、実用性の面でかなりメリットのある今回の開発ではあるのだが、では普及するかと言われると、まだ現時点では判断できない。というのは、エンジンの効率もどんどん向上しているからだ。燃料を製造する段階まで考慮したエネルギーの総合効率を考えると、まず天然ガスから製造した水素でFCVを走らせる場合、燃料製造の段階での効率が70%程度、車両のエネルギー効率は60%くらいなので、0.7×0.6=0.42で、総合的なエネルギー効率は4割程度である。
一方で、バイオエタノールを使う場合は、改質器で水素を製造する場合の効率が70%程度で、SOFCの効率が60%程度なので、やはり総合的な効率は4割程度になる。これに対して、ガソリンエンジンを使うHEVの場合を考えると、ガソリンを精製する段階の効率が85%程度とされており、車両効率も35%程度まで向上しているから、総合効率は3割程度ある。
しかもエンジンの効率は向こう10年で、現在の最大効率40%程度から50%程度まで向上する可能性がある。そうなると、総合的なエネルギー効率は4割に近づき、水素を使うタイプだろうが、エタノールを使うタイプだろうが、エネルギー効率という面で燃料電池の優位性はなくなる。
燃料電池の性能向上・コスト低減とエンジン効率の向上のどちらが早いかが勝負を決するわけだが、水素は言うに及ばず、たとえエタノールでも国内では供給インフラは整っていない。つまりエンジンと燃料電池の勝負は最初からかなりハンディキャップがあるわけで、燃料電池とエンジンの効率の差が相当ないと、代替しようというモチベーションは出てこない。最近のエンジンの効率の向上を考えるとこの勝負、かなり燃料電池の分が悪いというのが筆者の正直な感想である。
■訂正履歴
本文中、「エタノール」とするところを、複数個所で「メタノール」としていました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/6/21 14:30]
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