2017年5月に発売された新型「ミライース」(X“SA III”)
2011年9月に発売されたダイハツ工業の初代「ミライース」は、同社のクルマづくりにおいてエポックメーキングなクルマだった。2011年といえば、この年の3月には東日本大震災が起こり、先行きの見えない不透明感から、社会の節約志向が顕著になっていた。また、当時は2009年に登場した3代目「プリウス」や、2010年に登場した初代「フィットハイブリッド」がヒットし、軽自動車よりも良好な燃費を実現していたこともあり、軽自動車の存在価値が問われている時期でもあった。
そうした中で、通常のガソリンエンジン車でありながらJC08モード燃費30km/Lという当時のハイブリッド車並みの燃費を達成し、同時に79万5000円からという低価格を実現した初代ミライースは、ハイブリッド車、電気自動車に次ぐ「第3のエコカー」を標榜し、ヒット商品となった。
これだけの低価格を実現するために、ダイハツは開発手法も見直し、デザインの段階から、軽量化とコスト削減のために部品はなるべく小さく、成形しやすくするなど、コスト削減の「源流対策」を徹底するとともに、「部品の買い方」も見直すことで、購入部品コストの30%削減を達成している。
もはや低燃費は当たり前
ところが、2017年5月に発売した新型ミライースの開発にあたり、ダイハツがユーザーに調査したところ、初代ミライースの武器だった「低価格」と「低燃費」だけでは、ユーザーの心は動かないことが明らかとなった。同社がミライースの購入者に調査したところ、2012年には燃費について83%、価格について77%が「とても重視する」と回答していたのに対し、2016年にはどちらも57%に低下しているのだ。
ミライース購入者が重視する点(「とても重視」と回答した上位5項目)
これは、「低燃費」や「低価格」がもはや当たり前のことになった一方で、社会の高齢化がますます進み、また自動ブレーキなどの先進安全装備の普及が広がってきたことで、「安全・安心」が新しい重要項目として浮かび上がってきたことがある。同時に、経済環境が回復傾向にあることから、節約志向はやや和らぎ、内装の質感や、走行性能など、クルマとしての基本性能・品質に目が向くようになった。
こうしたことからダイハツは、新型ミライースで、さらなる低価格化、低燃費化を推し進めるのではなく、安全性能の向上や、質感・走行性能の改善に力を入れる方向に転換した。具体的には、従来よりも最大80kg車両を軽量化したにもかかわらず、これを燃費向上に振り向けるのではなく、走行性能の向上に充てた。また最低価格は84万2000円と従来の76万6286円(部分改良で最低価格が引き下げられた)よりも上がったものの、先進安全装備「スマートアシストIII」を装備した最も安いグレード「L“SA III”」の価格は93万9600円と、従来モデルの「L“SA”」の96万6857円よりも引き下げ、安全装備の一層の普及を図っている。
スマートアシストIII(SA III)は、従来のレーザーレーダーと単眼カメラを組み合わせたスマートアシストII(SA II)に対して、センサーを小型のステレオカメラに切り替えたのが特徴だ。従来のSA IIにはない、歩行者も検知できる自動ブレーキや、ハイビーム時に対向車が来るとロービームに自動的に切り替える「オートハイビーム」などの機能を備えている。
スマートアシストIIIでは、センサーとして小型化したステレオカメラを使う
またSA IIIを搭載する車種では、超音波センサーを車両の四隅に配置した「コーナーセンサー」を軽自動車としては初めて装備した。障害物に接近するとメーター内表示とブザー音で警告してくれる機能で、ぎりぎりのスペースに縦列駐車するときなどに便利だ。このように、同社で最もベーシックな軽乗用車であるにもかかわらず「安全・安心」の水準を引き上げたのが大きな特徴だ。
「DNGAの原点」とは?
充実したのは安全装備だけではない。新型ミライースを見ると、上級グレードにはLEDヘッドランプが装備され、従来から採用しているデジタルメーターも質感が向上して、全体に先代よりも立派なクルマになったと感じる。このLEDランプは、1枚の基板の裏と表にLEDを配置することで低コスト化に成功し「100万円クラスのクルマにもLEDヘッドランプが搭載できるようになった」(開発担当者)。ダイハツの軽自動車の中でも最もベーシックな車種でLEDヘッドランプが採用できるようになったのだから、これから出てくる新型車は、ほとんどがヘッドランプにLEDを採用してくるのだろうと想像できる。
新型ミライースの上級車種が装備するLEDヘッドランプ。1枚の基板の裏表にLEDを配置することで低コスト化した。
さて、新型ミライースで非常に興味があったのが「DNGA」である。DNGAは、「ダイハツ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー」の略で、新しいダイハツのクルマづくりのコンセプトである。すでに親会社のトヨタ自動車では新しいクルマづくりのコンセプト「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」に基づく新型車が登場しており、TNGAのダイハツ版がDNGAということになるだろう。
すでにスズキは、ミライースの競合車である「アルト」に新世代プラットフォーム「ハーテクト」を採用しており、新型ミライースでもプラットフォームを刷新してくるのではないかという期待があった。フタを開けてみると、残念ながら新型ミライースのプラットフォームは先代からの流用ということだった。にもかかわらず、ダイハツは新型ミライースについて「DNGAの原点」だと言っている。これはどういうことなのだろうか?
トヨタのTNGAでは、それぞれの車種を設計するルールを従来よりも厳格化することによって、部品の共通化率を高め、開発コストや部品コストの低減を図り、それによって浮いた開発リソースをそれぞれの車種の商品性向上に回すという狙いがあった。これに対して、ダイハツでは既に、軽自動車のプラットフォームはすべての車種で統合されており、プラットフォームの統合によるコスト削減はすでに達成されている。それでは、DNGAは何を目指すのだろうか。
ラインアップ全体で最適化
ミライースの開発担当者によれば、DNGAの狙いは二つあるようだ。一つは、これまで個別の車種で進めていた部品の共通化の手法を見直し、軽自動車だけでなく、AセグメントやBセグメントの小型車まで、さらには日本向けだけでなく新興国向けの車種まで含めたラインアップ全体で、プラットフォームやコンポーネントを最適化することだ。
このコラムの第57回でも触れたように、現在でもダイハツの小型車は軽自動車との部品の共通化を進めている。しかし現在は「軽自動車で使っている部品の中から使えそうなものを小型車にも使う」という段階にとどまっている。また、新興国向け車種「アギア」は、ミライースをベースとして開発されているが、もともとミライースは新興国向けの車種を考慮して開発されたわけではない。DNGAではこうした場当たり的な対応をやめ、開発の当初からラインアップ全体での共通化を考慮して、プラットフォームや個々のコンポーネントを開発するという方向に変えていくようだ。
こうした部品の共通化は、ともすればそれぞれの車種の性能や品質が似通ってしまい、個性が薄まってしまう危険をはらむ。これを防ぐためには、それぞれの車種が達成するべき性能や品質をまず定めておき、部品を共通化しても、そうした要求性能や品質を達成できるかどうかを検証する必要がある。逆にいえば、部品の共通化を一層進めるためには、個々の商品の達成すべき性能や品質をきっちりと定めておく必要があるわけだ。そこで、DNGAの二つ目のテーマとしては、個々の車種の達成すべき品質や性能を「再定義する」ことを掲げている。
実際スズキの新世代商品は、軽よりもAセグメント、AセグメントよりはBセグメントの車種のほうが、車体の剛性感や乗り心地、操縦安定性の確保などの点で上回るように、性能・品質がコントロールされていると感じる。これに対して、現在のダイハツの商品ラインアップでは、軽自動車の「ムーヴ」のほうが、Aセグメントの「ブーン」を、車体の剛性感や乗り心地などの面で上回っているというのが筆者個人の感想だ。DNGAの導入がすすめば、こうした「下克上」はなくなるだろう。
DNGAの要求を先取り
ミライースはDNGAの思想に基づく新世代プラットフォームの採用には時期的に間に合わなかった。しかし、軽自動車でも一番ベーシックな車種として満たすべき性能や品質の基準では、DNGAの要求を達成するように開発したという。つまり、ミライースはベース車種としてDNGAの要求を先取りした車種といえる。これが、ダイハツがミライースを「DNGAの原点」と呼ぶゆえんだ。
実際、今回のミライースは、プラットフォームは従来からの流用とはいえ、構成部品のほとんどは新設計されている。フロアパネルやエンジンルーム内のフレームには、厚みの異なる鋼板をレーザー溶接した「差厚鋼板」を採用し、強度の必要な部分だけ厚みを増すことで軽量化しているし、サスペンション周りの部品も新設計になっている。
プラットフォームではないが、車体側面の鋼板も「ハイテン」と呼ばれる高張力鋼板を使うことで、従来必要だった内部の補強材を減らして軽量化につなげているほか、バックドア、フロントフェンダーなどを新たに樹脂化して軽くした。この結果、新型ミライースの車両重量は従来型に比べて最大80kgも軽くなっている。これはプラットフォームを一新したスズキ「アルト」の60kgを上回る軽量化幅だ。
燃費の数値は据え置き
これだけ車体を軽量化しているのだから、さぞかし燃費も良くなっているだろうというのが普通の見方だと思うが、実は新型ミライースのJC08モード燃費は、最も良好な車種で35.2km/Lと、従来型と同じである。その理由を開発担当者に尋ねると、意外にもユーザーからの要望は、燃費の向上よりも、走りの性能向上のほうがずっと強いのだという。
この記事の冒頭で、最近のユーザーの要望として、「安心・安全」が浮上しているということを紹介したが、安全・安心というのは、自動ブレーキなどの先進安全装備を搭載しているということばかりではない。高速道路で合流するときに十分な加速性能が得られず、怖い思いをしたなら、そのクルマは安心とはいえないからだ。
新型ミライースでは、軽量化した車体に加え、アクセルを踏んだ時の変速プログラムを見直し、加速性能を向上させた。例えば発進から5秒で走行できる距離は従来の33mから36mへと3m伸び、時速40kmから80kmへの追い越し加速に要する時間は従来の10.4秒から9.8秒に短縮している。
気持ちの良い乗り味
今回も前置きが長くなったが、ミライースに乗り込んでみよう。試乗したのは、上から2番めのグレードの、X“SA III”だった。まず感じるのは、内装の質感が従来型よりも大幅に向上していることだ。新型ミライースの上級車種は、上半分が黒色で、下半分がクリーム系の2色の樹脂を一体成形しているのが特徴で、この2色一体成形は従来のミライースから引き継いでいる。ただし、従来型はお世辞にも質感が高いとはいえなかった。
インパネの質感を向上させる手段としては、ソフトパッドをかぶせる、樹脂の表面に塗装する、などの手法があるのだが、ミライースのような車種にはコスト的に使えない。そこで新型ミライースでは、シボ(表面の細かな凹凸)の形状を工夫して、表面のテカテカした光沢を抑え、安っぽく見えないように工夫している。造形も、従来型の曲面的な形状から、新型ではより直線的な形状に変更して、男性が乗っても恥ずかしくないテイストの内装に仕上がっていると感じた。
シートの出来もいい。新型ミライースのシートは軽量化された新しいシートフレームを使っているのだが、軽量化の悪影響は感じなかったし、ヘッドレストをシートバックと一体化したシンプルな形状なのだが、ヘッドレストの位置も筆者にはフィットしていた。
走り出してまず感じるのは良好な乗り心地だ。ムーヴと同じプラットフォームを使っているのだが、ムーヴほどのボディ剛性は感じられない。ただし、サスペンションのセッティングもムーヴよりもソフトで、それがボディ剛性とマッチしている。ソフトな乗り心地といっても、ダンパーが効いていて、ふわふわし過ぎることもない。
もちろん、こういうサスペンションセッティングだと、速度領域が時速100km以上の高速域では、やや不安を感じるようになるのかもしれないが、そういう領域はある程度見切って、街中での乗り心地や使い勝手を重視した結果だ。この割り切りは、このクルマのキャラクターには合っているし、成功していると思う。
その代わりと言ってはなんだが、向上したという加速性能は、期待ほどではなかった。車体が大幅に軽量化されていることもあり、かなり鋭い加速度をイメージしていたのだが、実際にはアクセルを強めに踏み込んでも、期待値ほどには速度が上がっていかない。少なくとも、目覚ましい加速力、という感じはしなかった。
ただこれは、筆者の期待値が大きすぎたのだろう。交通の流れに沿って走る分には何の支障もないし、不足も感じない。ただ、高速道路の合流などでは、アクセルペダルをべた踏みしても、加速はややじれったいだろうと思う。これは自然吸気エンジンを積んだ軽乗用車のほとんどで感じることで、排気量0.66Lしかないエンジンの限界ともいえる。ただし、改良された結果としての加速力がこの程度だと、確かに従来型車では加速力に対する要望が多かったというのも頷ける。
最後に、燃費についても触れておこう。今回の試乗コースは千葉・幕張周辺だったのだが、一般道を30km程度走った結果は、燃費計の読みで23km/L程度だった。かなり順調に流れていたとはいえ、エアコンをかけっ放しでこの値はかなり良好といっていいのではないかと思う。競合するアルトを試乗したときには、エアコンなしで20km/Lを少し超える程度だった。
JC08モード燃費では、最も良好な値のモデル同士の比較で、アルトの37km/Lに対して、35.2km/Lと分が悪いミライースだが、実用燃費はアルトと同等以上に確保していると見ていいだろう。筆者はアルトのデザインを高く評価しているのだが、ミライースは、LEDを採用したヘッドランプが醸し出す先進感や、質感でアルトに勝る内装を備えており、アルトにとっては強力なライバルの出現といえる。
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