この連載の第55回で、日産自動車と三菱自動車の電撃的な提携の発表に背筋が寒くなるような思いをしたと書いた。その後、旧知の日産社員と話す機会があったが、同社社員たちにとってもあの発表は寝耳に水だったらしい。「日本人では絶対できない発想ですよね」とその社員は語っていた。日産の社長にカルロス・ゴーン氏が就任してから15年余り。とっくに「ゴーン流」に慣れているはずの日産社員たちから見ても、今回の決断には度肝を抜かれたようだ。
ウーバーが提供する配車アプリの車両呼び出し画面(写真提供:ウーバーテクノロジーズ)
しかし、ゴーン社長の経営判断と同じくらい筆者が興味深いと思ったのが、5月24日に発表されたトヨタ自動車と、米ウーバーテクノロジーズの提携発表である。正確には、「ライドシェア領域における協業を検討する旨の覚書を締結した」ということであり、具体的な協業の内容はこれから詰めていくということなのだが、今回の合意を通じ、トヨタファイナンシャルサービス(TFS)および、トヨタや三井住友銀行が出資する未来創生ファンドから、ウーバーに戦略的出資をすることは決まっているようだ。
筆者が注目したのは、その具体的な取り組みの1つとして、「TFSがユーザーに車両をリースし、ユーザーがウーバーのドライバーとして得た収入からリース料を支払うサービスを構築する」としていることだ。このサービスは、ウーバーが既に現在ドライバー向けに提供している、車両導入を支援する「Vehicle Solutions」プログラムに基づくもので、リース期間は、ユーザーのニーズに応じて柔軟に設定可能とする予定だ。
ライドシェアを味方にする逆転の発想
この連載の第55回で、優れた戦略の1つの条件として「一見不合理に見える戦略を組み込んでいること」という一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏の言葉を紹介した。筆者が感心したのは、今回の提携発表が「一見して不合理に見える戦略」そのものだったことである。
従来、ライドシェア業者と完成車メーカーの利害は相反すると考えられてきた。ライドシェアサービスが普及すれば、クルマは買うものではなく、呼んで利用するものに変わってしまい、クルマを購入する消費者は減ると考えられてきたからだ。クルマ需要の減少を招く“敵”と手を組むという戦略そのものが不合理に見えたのである。
筆者は、この連載の第11回で触れたように、今後自動運転の技術が進化し、人間のドライバーを必要としない完全自動運転が実現した場合、少なくとも都市部では、クルマのかなりの部分が「無人タクシー」になると考えている。その理由は、そのほうが便利で、しかも安いからだ。
無人タクシーは、スマートフォンなどで呼び出せば自宅まで来てくれるので、自家用車と同様にドア・ツー・ドアの移動が可能だ。目的地に着いたら、そこで乗り捨ててしまえばいいから、出先で駐車場を探す手間がない。出先でアルコールを嗜むのも自由だ。ドライバーが自分で運転したいときは、そういうタイプのクルマを呼び出せばよい。その場合でも、渋滞でいらいらしたり、眠くなったりしたときは自動運転に切り替えることができる。要するに、気が向けば運転したい区間のみ運転すればよいのである。
しかも、自家用車と違って、高級なレストランに出かけるときにはフォーマルなセダンを、夫婦やカップルが2人でドライブに出かけるときには優雅な2ドアのクーペを、単に郊外のショッピングモールに出かけるときには気取らずに軽乗用車を、という具合に、使用するシーンに応じて、利用する車種を選ぶことができ、クルマ利用の幅も大きく広がる。
利用コストも自家用車に比べて大きく下がると予想される。現在のタクシーは料金収入の約3/4を人件費が占めており、この部分だけを考えても、無人タクシーの利用料金は有人タクシーの1/4にできる可能性がある。さらに無人タクシーをEV(電気自動車)にすれば、ガソリンエンジン車に比べて燃料費(電力料金)を1/4以下にできるので、もっと料金を低く設定できる。多くの場合、無人タクシーの利用料金は、クルマの購入費用や保険代、税金、駐車料金、車検代などを考慮した自家用車の利用コストよりも安くなると考えられる。
既に「無人タクシー」に近い利便性
既に無人タクシーの実現を待たずして、ウーバーが提供するライドシェアサービスは、無人タクシーに近い利便性を提供している。スマートフォンで近くにいる好みの車種や評判のいいドライバーを選んで呼び出し、タクシーよりも低い料金で利用できるからだ。無人タクシーが実現すれば、利用料金はもっと下がるだろうが、このライドシェアサービスを運用するアプリケーションやネットワークの技術や経験は、そのかなりの部分が、無人タクシーの時代にも生きるだろう。
リフトとの提携を発表するGMのDan Ammann社長(中央)、リフトの共同創業者のJohn Zimmer氏(右)、Logan Green氏(左)(写真提供:GM)
すでに、トヨタに先立って2016年1月にライドシェアサービス会社のリフトに5億ドルを出資すると表明した米ゼネラル・モーターズ(GM)は、自動運転時代を見通した戦略をはっきりと打ち出している。両社の提携の内容とは以下のようなものだ。
- 自動運転車のオン・デマンド・ネットワークの共同開発:GMの自動運転技術と、ユーザーに広範な選択肢を提供するリフトのライドシェアサービスの経験を生かした、自動運転車のオンデマンド・ネットワークの共同開発に取り組む。
- レンタカー拠点の提供:最初の取り組みとして、クルマを持たないドライバーが短期でリフトのドライバーとして働く場合に、GMは、全米に同社が構えるレンタカー拠点を通して、レンタカーを提供する。
- 「つながるクルマ」サービスの提供:リフトのドライバーおよび利用者は、GMが提供するテレマティクスサービス「オンスター」を利用できる。これにより、リフトのドライバーおよび利用者に、より豊かな「車内体験」を提供する。
- サービスの相互利用:GMのとリフトは、それぞれのユーザーをお互いのサービスに誘導する。
つまり、この提携の最大の目的は、自動運転時代にクルマが所有するものから、オンデマンドで利用する時代になるのに備えて、ライドシェアサービスに関する経験を蓄積することにあるようだ。2番めの、クルマを持たないドライバーをリフトのドライバーにするための仕組みは、リフトのドライバーを増やし、最大手であるウーバーを追い落とすための戦略の一環だろう。
VWも自動運転時代をにらむ
奇しくもトヨタがウーバーとの提携を発表したのと同じ5月24日、独フォルクスワーゲン(VW)も、イスラエルのライドシェアサービス会社であるゲットに3億ドルを出資すると発表した。VWの狙いもライドシェアサービスで経験を積むことであり、その先にある自動運転の領域でも協力していくことを明確にしている。また、GMと同様に、ゲットのドライバーを増やす目的で、ゲットのドライバーに対して、クルマの魅力的な購入プランや、リースのプランを提供する。
このように、GMやVWの提携は、ライドシェアサービス会社に対して巨額の出資をして、将来のライドシェアサービスへの本格的な進出に備えようとするものだといえるだろう。傘下のライドシェアサービス会社を支援して、ウーバーに対抗できる勢力に成長させ、あるタイミングでは丸ごと傘下に収めるところまで、視野に入っているに違いない。
グーグルでなくウーバーと組む意味
グーグルもウーバーも、IT技術を活用した新しいビジネスモデルを開拓した企業という点では共通するが、多くの完成車メーカーがグーグルとの提携には二の足を踏むのに対し、ウーバーのようなライドシェアサービス会社とはこぞって手を組むその理由は何なのか。それは、グーグルとウーバーのビジネスモデルの違いにあると筆者は考えている。
グーグルが自動運転車の開発に力を入れる狙いは、自動運転車を販売することではなく、自動運転車を利用するユーザーに、グーグルのサービスを利用してもらうことだろう。完全自動運転のクルマが実用化すれば、クルマは単体の商品から、無人タクシーを運用する巨大なネットワークの構成要素の一つに過ぎなくなる。そして最も大きな収益源は、車載情報端末向けの広告収入になるかもしれない。
広告主にとって無人タクシーは「ユーザーを連れてきてくれる情報端末」となり、商業施設などは、来店する顧客向けには無人タクシー料金を無料にするサービスを実施するだろう。これこそがまさに、グーグルが狙っているビジネスモデルだ。こういうビジネスモデルでは、完成車メーカーは無人タクシー運用会社に車両を納める「下請け」に甘んじることになりかねない。
グーグルのビジネスモデルでは、グーグルのサービスを利用してもらうことが目的だから、ライドシェアサービスを利用してくれる人は多いほどよく、そのためには車両のコストは低いほうがいい。理屈のうえでは、車両の価値はゼロであることが、このビジネスモデルでは理想だ。これでは、完成車メーカーがグーグルと手を組むのに躊躇するのも道理である。
クルマを購入する目的が変わる?
これに対して、ウーバーやリフトのビジネスモデルでは、個人が所有するクルマをネットワークでつないでサービスを提供する。例えば新興国でこういうサービスを展開すれば、クルマを所有するほどの所得がない人でも、ライドシェアサービスのドライバーとして働くことで、クルマが持てるようになる。ライドシェアサービスは完成車メーカーの敵にならず、むしろクルマの所有を促進する方向に作用するかもしれないのだ。
こういう動きは、既に別の分野で見ることができる。民泊サービスで有名な米Airbnb(エアビーアンドビー)はもともと、個人が使っていない部屋や空き家を有効活用するために生まれた。しかし最近では、こうした従来の目的を超えて、Airbnbで部屋を貸すことを前提に、不動産を購入する動きが出ている。貸家にすれば1カ月15万円の家賃にしかならない不動産でも、一晩1万5000円で貸せれば、たとえ稼働率が1カ月に15日しかなくても、22万5000円の売上になり、貸家にするよりも投資効率が高くなる。Airbnbというプラットフォームの登場によって、個人にとっての新しいビジネスモデルが出現したわけだ。
ウーバーやリフトの登場も、個人が自分のクルマを使って稼ぐという新しいビジネスモデルを出現させた。これが完全自動運転の時代になれば、例えば自分でクルマを使わないウイークデーは、自分が所有する自動運転車をライドシェアサービスに貸し出して、「クルマに稼いでもらう」というビジネスモデルが出現するだろう。リタイアした高齢者が、退職金を自動運転車に投資し、何台も所有して生活費を稼いでもらうようになるかもしれない。この場合、「大家さん」ならぬ「大車さん」ということにでもなるのだろうか。自分の所得では手の届かないような高級なスポーツカーでも、ライドシェアサービスに貸し出すことを前提に購入する消費者が出てくる可能性もある。
Airbnbを利用したことのある人なら分かるだろうが、どの部屋を借りるかを判断する基準は安さだけではない。部屋のロケーションや広さ、内装の趣味、設備、そして既に利用した人の評価など、さまざまな観点から検討して決めるはずだ。だとすれば、たとえ貸出用に所有するクルマでも安さ一辺倒ということにはならないだろう。
必要なときに、目的に応じたクルマを自由にライドシェアできるということになれば、家族のことを配慮してミニバンを購入するのではなく、本当に欲しい2人乗りスポーツカーを購入するなどといったことが可能になる。こうなれば、クルマを利用したり所有したりする場合の自由度は、現在よりも大きく高まるだろう。
完成車メーカー各社がこんな未来まで想像してライドシェアサービス会社と提携しているのかどうかは不明だが、個人所有を維持し、クルマの付加価値も維持できるという点で、グーグルが描く未来像に比べると、完成車メーカーにとってずっと受け入れやすいことは確かだ。もっとも、現在の若者のクルマ離れを思うと、完全自動運転が実現した未来に、クルマを所有したいという意欲のある消費者がどれだけ残っているか、気がかりではあるのだが。
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