トヨタ自動車/ダイハツ工業の新型「パッソ/ブーン」。これはダイハツ・ブーンの最上級車種「ブーンシルク“Gパッケージ SA II”」
トヨタ自動車/ダイハツ工業が4月に全面改良した新型「パッソ/ブーン」には2つの理由から注目していた。1つは、このクルマが従来の、トヨタとダイハツの共同開発から、ダイハツの単独開発になったことだ。ダイハツは今回の新型「パッソ/ブーン」を軽自動車の技術を生かして開発したと言っている。この連載の第19回で、ダイハツ工業の「ムーヴ」を取り上げ、その軽自動車離れしたボディ剛性と走りに感心した。この技術が今回のパッソ/ブーンに生きているのなら、ずいぶん期待できると思ったのだ。
もう一つの理由は、100%個人的なことだ。3~4年前に、妻と子供の一人を連れて北海道に旅行したことがあるのだが、そのとき、レンタカーとして借りたのが先代のパッソだった。一番レンタカー料金が安いから、というのが借りた理由だったが、はっきりいって、走りやボディ剛性などは期待していなかった。そのファンシーな外観や内装からして、主要なターゲット顧客は女性だろうと思っていたからだ(女性読者の皆様、ごめんなさい)。
ところがそのパッソが、意外によく走った。確かにエンジンの出力は大したことないが、ボディが軽いせいもあり、3人乗車でもかったるいことはなかったし、乗り心地も良好。期待していなかったボディ剛性も、欧州車並みとはいわないが、必要にして十分で、やわな感じは受けなかった。すべてが自然で、無理がないところに好感を持った。今回の新型パッソ/ブーンはそこから大幅に改良されているということだし、デザインも男性が乗っても気恥ずかしくないテイストに変更されたから、男性ドライバーの一人としても期待していた。
完全子会社化をにらむ
冒頭でも少し触れたが、今度の新型パッソ/ブーンはダイハツが単独で開発した。従来の初代、2代目はトヨタが企画・マーケティングを担当し、ダイハツが開発・生産を担当するという共同開発で、トヨタにもちゃんと開発責任者がいたのだが、今回は企画・マーケティングの段階から一貫してダイハツが担当し、トヨタ自動車にはOEM(相手先ブランドによる生産)で供給する。
トヨタ自動車はことし1月にダイハツを完全子会社化すると発表した。ダイハツ工業は7月27日付で上場を廃止し、8月からトヨタの完全子会社になる。開発体制も再編し、新興国向けの小型車の開発では、ダイハツがグループをリードする存在になる。今回の新型パッソ/ブーンでは従来型にあった1.3Lエンジンの搭載車をなくし、1.0Lエンジン搭載車に絞ったが、これはトヨタ「ヴィッツ」の1.3L車と排気量の重複をなくすのも狙いの1つと見られる。つまり、1.0L以下がダイハツ、1.3L以上がトヨタというように、担当分野を明確にしたということだ。今回のパッソ/ブーンの開発体制や、商品のカバー範囲を見ると、完全子会社化をにらんだ動きがすでに始まっていると感じる。
では、ダイハツの単独開発になって新型パッソ/ブーンの開発はどう変わったのか。一口に言えば軽自動車とのシナジーを高めたということだ。それは随所に見られる。まずデサインだ。今回のパッソ/ブーンでは、標準車に加え、モーダ/シルクという上級グレードを設定した。標準車が角形のヘッドランプを採用した、どちらかというとマジメな感じのデザインであるのに対し、モーダ/シルクは丸型ヘッドランプと、独立した六角形のグリルを配置した個性を主張するデザインで、ひと目でそれと分かる違いが与えられている。
パッソ/ブーンの標準車(上)と上級車種のモーダ/シルク(下)。写真はいずれもブーン
従来から軽自動車では、例えばムーヴならヘッドランプやテールランプ、バンパーの形状を変えた「カスタム」という上級グレードを設けており、いまやこうした上級グレードの設定が、ダイハツ以外の軽自動車メーカー各社にも広がっている。しかし、リッターカークラスでこれまでこうしたグレード構成を採用したところはなく、今回のモーダ/シルクの設定は、明らかに軽自動車での商品企画を持ち込んだものといえる。
しかも、新型モーダ/シルクのデザインは、2015年10月に発売した新型軽自動車「キャスト」とかなり共通したテイストで仕上げられている。丸いヘッドランプと独立したグリル、リアピラーに樹脂製のパネルを張り付けてデザイン上のアクセントにしているところなど、同じアイデアで仕上げられているのだ。
ダイハツが2015年10月に発売した「キャスト」。キャストにはテイストの違う3種類があるのだがこれはそのなかの「キャスト スタイル」
また、従来に比べると軽自動車との部品の共通化も進んでいる。室内では、ステアリングホイール、メーターパネル、空調の操作パネル、ドアハンドルなどの部品が軽自動車と共通、もしくは軽自動車の部品をベースに塗装色などを変えたものなどが多く使われている。従来は、パッソ独自のデザインを採用していたから、明らかな違いといえる。また、あとで説明するが、最近のダイハツの軽自動車の特徴である樹脂製のボディパネルも採用しており、車体の剛性・安全性を保ちながら軽量化する手法も軽自動車と共通の手法を用いるなど、軽自動車での経験を極力小型車に持ち込んでいる。
28km/Lを実現
今回のパッソ/ブーンの1つの目玉は、軽自動車、ハイブリッド車を除く乗用車では最高の、JC08モード燃費28km/Lを実現したことだ。従来型車の27.6km/Lから0.4km/Lの向上だが、そのための手法は、地道な改良の積み重ねで、主なものは圧縮比を従来の11.5から12.5に上げたことや、EGR(排ガス再循環)量の増大である。圧縮比やEGRが何かということについてはこの連載の第1回でも紹介したのだが、このうち圧縮比は、エンジンのピストンが一番上にあるときと、一番下にあるときのシリンダー内の容積の比で、これが大きいほど熱効率が高くなる。
新型パッソ/ブーンに搭載される3気筒・1.0Lエンジン。従来型車にあった1.3L車はカタログから落とされた
ただし、12.5という数値自体はびっくりするような値ではない。実際、この連載の第1回で紹介したトヨタ自動車の「ヴィッツ」では、13.5というパッソ/ブーンを上回る値を実現している。ただし、ヴイッツでは、圧縮比を上げるためにEGRクーラーという部品を1つ追加している。圧縮比を上げると、エンジン内の温度が上昇し、ノッキング(異常燃焼)が起こりやすくなるのが課題になる。EGRでシリンダー内に戻す排ガスの温度を下げることで、ノッキングを起こしにくくするのがEGRクーラーの役割だ。
燃費向上には最近よく使われる部品なのだが、新型パッソ/ブーンは、ベースグレードの価格を約115万円と従来よりも約10万円引き下げるなど、低コスト化にも力を入れている。代わりに、コスト上昇を嫌ってEGRクーラーを採用しなかったと見られる。このため、燃焼室内の気流を早くしたり、EGR量をきめ細かく制御できるようにしたりするなど、細かい改良の積み重ねで燃費の向上を実現した。
車体の強化も軽の手法で
新型パッソ/ブーンはのプラットフォーム自体は2004年発売の初代パッソ以来3代続けて踏襲しているのだが、3代目となる新型パッソ/ブーンへの搭載に当たっては大幅に改良したとダイハツは言っている。その手法も、ムーヴなど最新の軽自動車で採用している手法を取り入れた。
具体的には、操縦安定性や乗り心地の向上を狙って、リアサスペンションの取り付け部分や、フロントのサブフレームの取り付け部分に補強材を追加して車体の変形を少なくした。また、プラットフォームの上にかぶせるアッパーボディでは、サイドパネルを全面的に高張力鋼板(ハイテン)にしているのが特徴だ。
車体を強化した部分。サイドパネルを高張力鋼板製として補強材をなくした。フロア周りはサスペンションの取り付け部分を中心に強化した
従来、サイドパネルはあまり強度部材としては活用されていなかった。これに対してダイハツは、現行ムーヴから、サイドパネルを強度・剛性部材として活用するという新しい発想の車体構造を採用し始めた。サイドパネルを高張力鋼板にして強度を上げることで、従来骨格の補強に使っていた部材を減らすことができ、アッパーボディの軽量化につなげている。具体的にどの程度の軽量化につながっているか、ダイハツは発表していないのだが、ムーヴではサイドパネルへの高張力鋼板の採用などで車体を約20kg軽量化したとしているので、ほぼ同等の軽量化効果があったと想像できる。
このほか、これもムーヴと同様なのだが、フロントフェンダーやバックドアなどに樹脂を採用することで、やはり10kg程度は軽くなっているようだ。このほかの軽量化努力も含めて、全体で50kgの軽量化を達成しているというが、この軽量化分を車体の補強などに使うことで、車体重量を維持したまま、商品性の向上を図ったとしている。
やや物足りない乗り心地
このように、軽自動車で培った技術を最大限生かして開発した新型パッソ/ブーンの走りはどうか。試乗したのは、ダイハツブランドの「ブーン」でも最上級グレードの「CILQ(シルク)“Gパッケージ SA II”」である。SA IIというのは自動ブレーキや車線逸脱警報などの機能を備えたドライバー支援システム「スマートアシストII」を装備していると言う意味だ。
従来よりも圧力を分散して身体を支えるように改良したという前席シートに身を沈めてみると、たしかに太腿や背中に従来よりフィットして全体で身体を支えてくれるような感触がある。試乗会の会場は千葉県にあるホテルで、このホテルの玄関は石畳だったのだが、走りだすと、まずこの凹凸がかなりダイレクトに伝わってくるのが感じられた。舗装路でも、段差の乗り越えなどの場面ではもう少し角を丸めて欲しい印象で、期待が大きかったせいか、乗り心地はやや物足りなかった。
新型パッソ/ブーンは走行時の頭部のふらつきを抑え、安心感のある走りを実現することを目指したとしている。このために、従来はなかったスタビライザーを前後のサスペンションに装備するなど、大幅に改良しているのだが、しっかりした乗り心地を重視した結果、多少乗り心地が犠牲になったのかもしれない。
ムーヴに試乗したときにも、サスペンションのばねは比較的引き締まった印象だったのだが、シートが振動を吸収してくれて、全体としては快適な乗り心地を実現していた。新型パッソ/ムーヴのシートも、ムーヴと基本的には同じ構造のはずなのだが、なぜかムーヴほどの振動吸収効果を感じられない。
ボディ剛性の面でも、ムーヴでは大げさにいえばドイツ車のような剛性感があった。パッソ/ブーンでも、従来型より向上していることは感じ取れたものの、剛性“感”という点ではムーヴが上回っていると感じた。さらにいえば、新型パッソ/ブーンは前後の乗員間距離が940mmと従来よりも75mm拡大し、クラストップの値を実現しているのだが、ムーヴは後席をスライドでき、最後端にすれば前後の乗員間距離を1030mmまで伸ばすことができる。後席でゆうゆうと足が組める広さだ。もちろん、この場合には荷室はミニマムになるが、逆に荷物を積むときには後席の位置を前にずらして荷室を拡大することもできる。パッソ/ブーンは後席のスライド機構がないので、こうした融通は効かない。
なんだか新型パッソ/ブーンに辛口のレポートになってしまったし、本来はムーヴとの比較は適切ではないのかもしれない。それに冒頭に書いたようにムーヴの出来が良かったことで新型パッソ/ブーンに対する期待が膨らみすぎたせいもあるだろう。そのうえで感じたのは、軽自動車という強力な商品のある日本市場で、リッターカーを作る難しさである。
軽自動車は生産規模が大きいだけに、開発にもコストがかけられる。ダイハツの場合、商業車を除けば軽自動車はみな同じプラットフォームを共有しているので、その量産効果は絶大だ。ダイハツの軽自動車とそれ以外のクルマ(登録車)の国内生産台数を比較すると、登録車は軽自動車の約3割程度に過ぎないから、そもそもコスト競争力の点では不利だ。
それを補うために今回は、軽の部品で使えるものをなるべく流用し、車体設計やサスペンション、シートにも軽で培った技術を盛り込んだわけだが、それでは「軽並み」の性能・品質は確保できても、それ以上に高めることは難しい。
しかもパッソ/ブーンの価格帯をムーヴやキャストと比べてみると、じつはそれほど変わらない。1ユーザーとして考えたら、パッソ/ブーンはリッターカーなのだから、軽自動車では実現できない性能や乗り心地を期待したくなってしまうわけだが、コスト面から考えても、開発費の面から考えても、そういう期待自体が、実はないものねだりだと分かる。
今回のパッソ/ブーンのプレス資料の中でダイハツは「軽自動車の存在感拡大やコンパクトハイブリッド車の増大によって、ブーン/パッソなどのいわゆる『リッターカー』は、その間に挟まれて、存在価値が問われる状況となっておりました」とびっくりするほど正直なコメントを書いているのだが、「小型車ならではの魅力」を「軽自動車との共通性」を高めながら追求するということは、はじめから一種の矛盾をはらんでいる。
こうした状況を打破するためには、スズキのように軽自動車以外の車種を拡充し、量産効果を高めていく必要があると思われるのだが、その方策は、トヨタの完全子会社となったいま、採りにくくなった。となれば、軽自動車とその派生車種に経営資源を絞り込むというのもまた、1つの行き方のような気もする。などと考えていたら、5月19日にトヨタは新型パッソが発売から約1カ月で約1万6500台を受注したと発表した。月販目標台数は5000台だから、これの3倍以上という好調な滑り出しとなっている。どうやら筆者の心配など、余計なお世話のようだ。
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