こう考えてくると、3度の不祥事でブランド価値の失墜した三菱自動車を救済することに、リスクこそあれ、メリットは見いだせなかったのだ。だから、たとえ三菱に救済の手が差し伸べられたとしても、それは三菱グループ内か、あるいは三菱の技術力に魅力を感じる新興国メーカーだろう、というのが筆者の見立てだった。しかし、カルロス・ゴーン氏の見立ては全く違っていた。

まずは販売を支援

 ベストセラーとなった経営書「ストーリーとしての経営戦略」の著者である一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏は、優れた戦略の条件の一つとして「一見して不合理に見える戦略を組み込むこと」を挙げている。同氏はこれを「キラーパスを組み込む」と表現する。誰が見ても合理的と思われる戦略は、すぐに競合他社に真似されてしまい、競争優位が失われてしまう。これに対して、一見不合理な打ち手は、容易には真似されない。そして他社がその意味に気づいたときには、すでに追いつけないくらい引き離されてしまう。

 この有名な例の一つは、米アマゾン・ドット・コムである。ネット通販では、在庫を圧縮できることが経営の効率化につながる重要なメリットだと考えられていた時代に巨大な倉庫を建設し、経済アナリストなどから酷評されたが、その巨大倉庫によって他社が追随できない短納期を実現したことが、躍進の原動力の一つになった。

 三菱を救済するという、一見不合理に見える戦略が、実は考え抜かれた鮮やかな打ち手であることが分かるにつれ、筆者は冒頭で触れたように、背筋が寒くなるような思いを味わった。まさに常人の及ばぬところに、ゴーン氏の着眼点はあった。筆者が見落としていたのは、三菱自動車の技術力とは無関係のシナジー効果が、目をこらせば、実は多く存在するということだ。

 即効性のあるシナジー効果は、三菱自動車の販売網を活用できることだろう。筆者も調べてみて驚いたのだが、三菱自動車の国内販売台数は日産の57万3000台(2015年度)に対して10万2000台と約1/6に過ぎないにもかかわらず、販売店の数は日産の約2100店舗に対して、三菱は約700店舗と、日産の1/3もある。単純に考えて、三菱の販売店1店舗当たりの販売台数は日産の半分ということになる。

 今後日産は三菱に対して、まずはOEM(相手先ブランドによる生産)供給する車種を増やすだろう。これは日産にとっては、販売店の数がいきなり1.3倍に増えることを意味する。同時にこのことは、三菱の販売店にとっても大きなメリットをもたらす。三菱の国内販売の約6割は軽自動車が占めているにもかかわらず、今回の不正で軽自動車の生産・販売はストップしたままで、販売再開のめどは立っていない。また、たとえ販売を再開したとしても、燃費偽装のいわくつきで、しかも燃費の数値自体も他社に劣る商品の売れ行きは、従来よりも鈍ると考えるのが自然だ。

 しかし、軽自動車に代わる「売れるタマ」が今の三菱の販売店にはない。現在、日本の市場では軽自動車が約4割を占め、残りの6割も、ホンダ「フィット」に代表されるようなコンパクトカーや、日産の「セレナ」に代表されるようなミニバンが多くの比率を占めている。また、コンパクトカーやミニバンも含めてハイブリッド車の比率が急上昇している。しかしそのどれも、三菱の商品ラインアップにないのだ。

 いや、正確にいえばコンパクトカーでは「ミラージュ」、ミニバンについては「デリカD:5」があるのだが、ミラージュは排気量が1.0Lで売れ筋の1.3~1.5Lより小さいうえ、もともと主に新興国市場向けを想定して開発されたため、国内市場では内装の質感などが見劣りすることから、販売は伸びていない。一方のデリカD:5も、すでに発売から9年が経過し、古さが否めないうえに、車体サイズが3ナンバーであることも、同じクラスのミニバンでは5ナンバーが主流の国内市場では不利だ。

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