GLMが2016年9月にパリモーターショーで公開した4人乗りスポーツカー「GLM G4」。4人乗りのレイアウトが特徴
GLMという会社の名前を知ったのは、2016年中頃のことだった。ある人から「GLMという会社を知っているか」と尋ねられたのだが、答えられなかったのだ。それからこの会社のことを調べ始め、同社が京都発の電気自動車(EV)ベンチャーであることを知った。このコラムでは紹介しなかったのだが、実は同社は2016年9月に開幕したパリモーターショーにも出展しており、そこで4ドア・4人乗りスポーツカー「GLM G4」を初めて公開した。それを見るのも、筆者にとってパリモーターショーを訪れた目的の一つだった。
ようやく日本でも公開
その後、2016年11月には香港のプロモーションイベントでG4を公開したにもかかわらず、本国の日本での公開はおあずけのままだった。それがようやく、2017年4月に国内でも報道発表が実施された。
日本での報道発表会では、これまで明かされてこなかった4000万円という予定価格と、1000台という目標販売台数、そして2019年という量産開始時期が公開された。京都の研究開発拠点で重要部品の搭載検討を始め、年内には試作車での走行テストを行う予定だ。
G4の性能は、まさにEVのスーパースポーツカーである。車両の前後にモーターを2機搭載した4輪駆動で、二つのモーターを合わせた最高出力は400kW、最大トルクは1000Nmを発揮する。この性能は、現在フェラーリの最も高性能な車種「812 Superfast」に搭載されている排気量6.5LのV型12気筒エンジンの最高出力588kW、718Nmという数字と比べると、最高出力では下回るものの、最大トルクでは大きく上回る。
加えて、G4は道路の表面状態に応じて、前後のモーターがそれぞれタイヤに伝える駆動力を制御する技術を搭載し、発進から時速100kmまでの加速時間(0-100km/h加速)は3.7秒、最高速度は250km/h、航続距離は欧州の標準試験モードであるNEDCで400kmという性能を発揮する。残念ながらフェラーリ812 Superfastの0-100km/h加速の2.9秒、最高時速340kmには見劣りするが、それはある意味仕方ない。
というのもG4はスーパースポーツカーでありながら大人4人がしっかり座れる室内スペースを実現しているからだ。G4の車体寸法など詳細な諸元はまだ公開されていないのだが、エンジンのないEVだからこそ、この車体寸法の中に、流麗なクーペスタイルと、4人が乗れるスペース確保の両立が可能になったという。もしエンジン車でこれだけの室内スペースを確保しようとしたら、恐らく車両の全長はずっと長くなり、運動性能が損なわれてしまっていただろう。それに動力性能の面でモーターの特徴は、回転数ゼロから最大トルクを発揮することだ。加速の伸びでは負けるが、発進直後の加速感は、エンジンでは味わえないものだろうと想像できる。
トミーカイラZZがスタート
GLMにとって、G4は最初の商品ではない。同社は最初の商品として2014年からEVスポーツカーの「トミーカイラZZ」を販売している。トミーカイラZZと聞いて「おや?」と思った読者は、かなりのクルマ好きだろう。
トミーカイラZZはもともと、京都・金閣寺の近くに本社があったトミタ夢工場というチューニングショップが開発し、英国で生産して1997年から輸入販売していた2人乗りのオープンスポーツカーの名称だ。アルミニウム合金製のフレームにガラス繊維強化樹脂(GFRP)製のボディをかぶせただけの単純な構造で、ルーフやサイドウインドー、エアコンなど走りに関係ない部品を省き、軽量化を徹底した設計だった。
日産自動車製の排気量2.0L・直列4気筒の「SR20DE」エンジンをミッドシップに搭載した、軽量・低重心の「公道を走るレーシングカー」として、マニアなスポーツカーファンの人気を呼び、206台が販売されたが、その後輸入車に対する保安基準の改正で、車体構造の大幅な変更が必要になり、結局販売中止に追い込まれた。その時点で 400台以上の受注残を抱えていたことから「幻のスポーツカー」とも呼ばれるようになったようだ。このトミーカイラZZを、京都発のEVとして蘇らせよう、というのがEVベンチャーとしてのGLMのスタートだった。
初期の試作車で愕然
GLM社長の小間裕康氏は、京都大学の大学院へMBA取得のために通っていたとき、京都大学元副学長の松重和美氏らが進めていた「京都電気自動車プロジェクト」に出会い、2009年に同プロジェクトに参画した。そして、このプロジェクトを何とか事業に結びつけたいと考え、2010年にグリーン・ロード・モータース(現GLM)を立ち上げた。
そして、新会社を立ち上げるにあたって人材を募集したときに、応募してきたのが、オリジナルのトミーカイラZZを開発したトミタ夢工場の元エンジニアだった。そのエンジニアを通じてトミタ夢工場の元社長である富田義一氏(現GLM社外取締役)と会い、最初の事業としてトミーカイラZZをEVとして蘇らせることを決意した。小間氏らは最初、オリジナルのトミーカイラZZのエンジンをモーターとバッテリーに載せ替えればいいと単純に考えていたが、実際にそうやって試作車を製作してみて愕然としたという。まったく運転の楽しさが失われていたからだ。
その原因は、まず車両の重量バランスが崩れてしまったことだった。重いバッテリーを車体後部に搭載したことで、後ろが重くなってしまったのに加え、エンジンを搭載したときよりも重心が高くなってしまったのが原因だった。
加えて、モーター自身の問題もあった。アクセルを踏むとスイッチがオンになって唐突に加速が始まり、アクセルを緩めるとスイッチがオフになって駆動力が失われるという具合で、アクセルを踏み込んでいくと徐々に加速が高まっていくという過渡的な特性がまったくなかったのだ。
問題は走りの楽しさだけではなかった。かつてより組立車(自動車メーカー以外の者が製造する少量生産車)の保安基準が厳しくなり、安全性の向上のため、車体の補強も必要になったのだ。つまり、車体もパワートレーンも全面的な新開発が必要になったのである。車両の衝突時にもバッテリーの安全性が確保されていることを立証する必要があるなど、開発には億単位の費用がかかることも分かった。
当初想定していた予算では到底足りない。小間氏は外部資金の調達に追われることになった。かなり精神的には厳しい時期だったようだ。しかし、結果として数億円単位の開発資金を確保したGLMは、2014年、新生トミーカイラZZの発売にこぎつけることができた。800万円(税別)という価格にもかかわらず、これまでに数十台を出荷し、最終的に組立車の生産台数の上限である99台を販売する計画だ。
目標は「和製テスラ」ではない
GLMがトミーカイラZZの次の事業としてスーパースポーツカーを選んだのは「小さな企業が大企業に対抗するにはどうしたらいいか」を考え抜いた結果だ。すでに量産メーカーでもEVを手がけるメーカーは増えている。生産規模が小さいベンチャーでは、部品の調達コストがどうしても高くつくから、価格で勝負してもかなわないのは自明だ。しかし数億円のヨットを購入するような富裕層向けのEVはまだない。まだ競合メーカーのいない最先端の高級スポーツカーであれば、勝算はあると小間氏は考えた。
EVのトミーカイラZZを市場投入までこぎ着けたことで、部品メーカーのGLMを見る目は大きく変わったという。それまでは、過去に開発した汎用部品の供給にとどまっていたのが、最先端の製品を供給しようという部品メーカーが出てきたのだ。その1社がG4にモーターを供給する安川電機である。
安川電機は2016年9月、GLMと資本提携すると発表した(出資額は公表していない)。安川電機のEV向けモーターには「QMET(クメット)ドライブ」と呼ぶ独自の巻線切り替え技術が組み込まれており、低回転から高回転まで広い範囲で高い効率を実現できるのが特徴だ。G4には最新の高出力モーターを供給しており、GLMとの技術協力による製品の改良や新製品の共同開発を資本提携の狙いとしている。
EVのスポーツカーメーカーというと、米国のテスラ・モーターズを思い浮かべる読者も多いだろう。しかしGLMの最終的な目標は、EVのスーパーカーメーカーになることではない。小間社長が目指しているのはEV製造のプラットフォームを提供する企業である。小間氏は、これから多くのサービス企業が、自動車産業に参入してくるともみている。そういうときに、自動車製造の経験のないサービス企業が企画したEVの実際の開発から製造までをサポートするプラットフォームを提供することを想定している。
「プラットフォーム」というと、筆者はすぐに、車体のフロア周りやエンジン、サスペンションなど、クルマの“物理的な”基本部分を思い浮かべてしまう。もちろんGLMは、トミーカイラZZのプラットフォームを提供してもらいたいという依頼があれば検討するとしているし、事実、旭化成がパシフィコ横浜で開催される「人とくるまのテクノロジー展2017」(5月24日~26日)で同社の素材技術をアピールするためのコンセプトカーに、トミーカイラZZのプラットフォームを活用すると発表している。
旭化成は、トミーカイラZZのプラットフォームを活用して「人とくるまのテクノロジー展2017」に“実際に走行可能なコンセプトカー”を出展する
自動運転技術との組み合わせに期待
ただ、同社は「プラットフォーム」という言葉をもっと広い概念で捉えているようだ。これまでに同社がトミーカイラZZやG4を開発する中で蓄積してきた設計・開発や製造のためのノウハウから、同社が構築してきた部品の加工や製造・車体組み立てをしてくれる企業のネットワークまで、クルマを開発・製造するためのエコシステム(生態系)そのものを「プラットフォーム」と捉えている。
もちろん、GLMがトミーカイラZZやG4向けに開発した車体骨格やパワートレーンがそのまま使えればそれに越したことはないが、もし顧客のニーズに合わなければ、既存の部品を改良したり、場合によっては新規開発にも対応する。
筆者が個人的に期待しているのは、GLMのEV開発ノウハウと自動運転技術が結びつくことだ。現在、過疎化・高齢化が進む地域で、地元の足として自動運転技術を活用した乗り合いバスなどの新しい交通手段の実証実験が始まっている。しかし、こういった実証実験に使われている車両は現在のところ、海外のベンチャー企業が開発した自動運転車両を使うことが多い。世界に先駆けて少子高齢化が進む日本こそ、こういった分野に挑戦するベンチャー企業の登場を期待したいところだが、現状ではそうなっていないのである。
GLM自身もこうしたニーズは意識しており、自動運転技術だけでなく、非接触充電や、3Dプリンターを使った部品製造技術など、今後必要になる技術を持ったパートナー企業を開拓して、幅広いユーザーニーズに対応できるプラットフォーム企業となることを目指している。自動運転時代に向け、同社のような新しいタイプの自動車ベンチャーがどんどん登場してくることを期待したい。
10年後、自動車関連ビジネスで勝者になるには、新たなビジネスモデルや社会システムの姿を描く「構想力」が重要です。「次世代自動車ビジネス研究会」は、これから自動車ビジネスがどう変化し、自動車産業および周辺産業にどのような影響を及ぼしていくか、どんなビジネスチャンスやリスクがあるかを学び、議論する場です。シーズン1は5月~7月に、シーズン2は9月~11月に、それぞれ全5回で開催します。シーズン1第3回はGLM取締役である田中智久 氏も登壇します。幅広い業界の方々のご参加をお待ちしております。
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