なので、例えばここに普通の鉄を使ってしまったら、酸素にさらされている側は猛烈に錆びる一方で、水素にさらされている側は、水素が金属中に入り込んで強度が大幅に低下させる「水素脆化」という劣化を起こす。このため以前はセパレーターに、導体であり、なおかつ酸素や水素に強い炭素を使うことが多かった。
しかし、炭素は金属に比べて導電性が低いうえ、加工性が悪く、裏と表に酸素や水素の通り道を作るのに切削加工をしなければならない。これが燃料電池のコストを押し上げる要因になってきた。これに対して、ホンダやトヨタの燃料電池ではセパレーターに金属を使うようになってきている。トヨタは、MIRAIに搭載している燃料電池ではチタンをセパレーターに使った。チタンはコストの高い金属だが、腐食に強く、プレス成形が可能なので加工コストも下げられ、また比重も軽いので軽量化もできるという特徴がある。
一方、ホンダは先代のFCXクラリティの時代に、世界で初めてステンレスをプレス成形したセパレーターを採用し、世界を驚かせた。ステンレスは表面に「不働態膜」という膜が形成されることで腐食に強い特性を得ているのだが、この不働態膜は導電性が悪いという課題がある。これを独自の工夫で克服し、ステンレスを使うことを可能にしたのだ。今回のクラリティFCでも、ステンレス製セパレーターを踏襲しており、ここでもトヨタとホンダの姿勢に違いが見える。
良好な乗り心地
このように、同じ燃料電池車でもかなり異なる設計思想で開発されたクラリティFCだが、短時間の試乗をすることができた。まず運転台に座ってみると、想像していたよりも着座位置が高い。これは、運転席の床下にバッテリーを搭載していることも理由の一つだろう。このため筆者の座高が高いせいもあるかもしれないが、頭上空間にもう少し余裕が欲しい感じがした。それ以外は、車体が大きいこともあって、室内スペースは広々としている。
走りだしてみると、電動車両らしい、モーターの力強い加速を感じることができる。静粛性も高い。アクセルを踏み込むと、電動車両であるにもかかわらず「ヒューン」というターボチャージャのような音がして、ちょっと「やる気」をそそられる。
ターボのような、というのは気のせいでなく、本当にターボが付いているのだ。といっても、もちろんエンジンに空気を詰め込むためではない。燃料電池に空気を送り込むポンプに、ターボチャージャと同じ構造の「遠心ポンプ」を使っているのだ。従来は別の形式のポンプを使っていたのだが、騒音が大きく、非常に厳重な吸音材で周りを囲っていたという。これに対し遠心ポンプは騒音が低いため、裸でエンジンルーム(といってもエンジンはないが)に搭載することができる。
同等の大きさの欧州の高級車に比べるとサスペンションのセッティングはソフトで、街中での乗り心地は良好だが、高速での操縦安定性については不利かもしれない。もっとも、クラリティFCの最高速度は165km/hだから、アウトバーンで欧州の高級車とわたりあうような場面は想定外だろう。
トヨタのMIRAIを見た時にも思ったのだが、約15年にわたって燃料電池車の進化を見てきた経験からすると、クラリティFCの完成度は高く、エンジニアの努力には素直に敬意を表したい。その一方で、通常のエンジン車の静粛性や加速性能も向上していることを考えると「燃料電池車でしか得られない魅力」があるかと言われれば、返答に詰まってしまう。企業や官公庁ではなく、一般の消費者まで購買層を広げるには、まだまだ課題は大きい。
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