クラリティFCの燃料電池の出力密度は3.1kW/Lで、従来のFCXクラリティよりも約50%高めた。この出力密度の値はくしくもトヨタのMIRAIとまったく同一で、いずれにしても世界最高水準である。ご存知のように、燃料電池は「電池」という名前は付いているが、水素と酸素を反応させ、水ができるときに放出されるエネルギーを電気の形で取り出す、一種の発電装置だ。その要となるのは「電解質膜」である。この電解質膜は、見かけはまるで食品を包む樹脂ラップのような透明の薄い膜だ。

 この膜は、水は通さないが、水素イオンだけを通すという性質を持っている。この膜で、なぜ発電することができるのか。燃料電池の原理を非常に乱暴に説明すると次のようになる。まず、この膜の片側に水素を供給し、反対側に酸素を供給する。この膜は水素イオンだけが透過できるので、水素は電子を手放し、水素イオンとなって膜を透過し、反対側に達する。そして水素イオンと酸素が結びついて水になるのだが、その際、さっき水素から離脱した電子が不足する。

 そこで、膜の表と裏の間を配線で結んでやると、さっき水素から離脱した電子は、この配線を通って膜の反対側に達し、水素イオンとともに、酸素と結びついて水になる。水素と酸素が別々に存在する状態と、水の状態では、別々に存在する状態のほうが、エネルギー状態が高い。従って、水素と酸素が別々の状態から水に変化するときの電子の流れ(電流)は、ちょうど電池の負極から正極に電子が流れる(電流の向きは逆)ときと同様に、仕事をさせることができる。

 燃料電池を小型化できるかどうかは、単位面積あたりどれだけ多くの水素イオンがこの膜を透過できるかにかかっている。逆にいえば、この電解質膜の進化が、今日のような燃料電池の小型化を可能にしたといってもいい。今回、くしくもトヨタとホンダで燃料電池の出力密度が同じになったということは、恐らく両社とも同じ膜を使っているのではないかと筆者は推測している。燃料電池用電解質膜のメーカーとしては、国内では旭化成、海外ではドイツのヘキストなどが有名だが、トヨタもホンダも、どの企業の膜を使っているかは明らかにしていない。

トヨタはチタン、ホンダはステンレス

 ただし、同じ膜を使っているといってもそれだけで燃料電池の性能が出るわけではない。例えば、燃料電池を構成する重要な部品に「セパレーター」がある。先ほど説明したように、電解質膜の表と裏に、それぞれ酸素と水素を供給し、さらに電気が通る経路を設けた一つの単位を「セル」と呼ぶのだが、セルが一つだけでは電圧が低く、そのままでは実用にならない。そこで燃料電池は多くのセルを積み重ねた「スタック」という形にして使うのだが、セパレーターはその名の通り、セル同士を分離する壁として機能する部品である。

クラリティFCの燃料電池セル。細かい波状の突起が付いている金属板がセパレーターで、この突起は酸素や水素の流路としての役割を果たす。その下に黒く見えるのが電解質膜で、表面に酸素や水素を均一に拡散させるための炭素粉末をコーティングしているために黒く見える。炭素粉末の表面には、反応を促進するため白金などの触媒がコーティングしてある
クラリティFCの燃料電池セル。細かい波状の突起が付いている金属板がセパレーターで、この突起は酸素や水素の流路としての役割を果たす。その下に黒く見えるのが電解質膜で、表面に酸素や水素を均一に拡散させるための炭素粉末をコーティングしているために黒く見える。炭素粉末の表面には、反応を促進するため白金などの触媒がコーティングしてある

 このセパレーターに要求される条件は厳しい。セル同士は、このセパレーターを介して電気的に直列に接続されるため、電気を通す導体でなければならない。だから、金属を使いたいのだが、一方でこのセパレーターは、面の片側に酸素、その裏側に水素を通さなければならない。このため、セパレーターは酸素による酸化作用と、水素による還元作用の両方を受ける。

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