ここで少し「走行抵抗値」やら「惰行法」といった専門用語について説明が必要だろう。この部分が、記者発表でも報道関係者から多く質問があったところだ。以前、フォルクスワーゲン(VW)の不正についてこのコラムの号外第37回で取り上げたように、クルマの燃費や排ガスを国土交通省で測定する際には、実際にクルマを路上で走らせるのではなく、試験室内でシャシーダイナモと呼ばれる台上試験機にクルマを載せ、この試験機上で模擬的にクルマを走らせて測定する。

 シャシーダイナモでは、クルマは大きなローラーの上に載せられ、クルマの駆動力はこのローラーを回すのに使われる。ところが、このローラーが空回りしてしまっては、車両の走行状態を模擬していることにはならない。というのは、走っているクルマは大きく分けて「慣性抵抗」と「走行抵抗」という抵抗を受けているからだ。このうち慣性抵抗は、質量のある物体を加速するときに受ける抵抗で、これはほとんど摩擦のない宇宙空間でロケットを加速する場合にも生じる抵抗である。

 そしてもう一つの抵抗である走行抵抗だが、これはさらに「ころがり抵抗」と「空気抵抗」の二つに分かれる。転がり抵抗は、タイヤと路面の間で生じる抵抗で、この抵抗値は速度にかかわらず一定である。ところがもう一つの空気抵抗はクルマの速度の二乗に比例して増加する。例えば時速10kmと100kmでは、速度は10倍だが、空気抵抗は100倍に増加するということになる。このため、走行抵抗は、低速域では転がり抵抗が支配的だが、高速で走っているときには空気抵抗が主な抵抗になる。

走行抵抗は大きく分けて、速度が上がっても一定の転がり抵抗と、速度の二乗で増加する空気抵抗がある

 シャシーダイナモ上で燃費や排ガスを測定するクルマにも、この「慣性抵抗」と「走行抵抗」を与えてやらなければ、車両が走行している状態を模擬することにはならない。そこでシャシーダイナモでは、ローラーの回転に抵抗を与えてタイヤが回転しにくくなるようにして、慣性抵抗や走行抵抗を模擬するようにしている。慣性抵抗は車両の重さから単純に決まるが、走行抵抗は車両のタイヤの銘柄や車体形状などで大きく異なるため、実際に車両を走らせて各速度ごとの走行抵抗を測定し、この測定値をシャシーダイナモに入力して、ローラーを回転させる抵抗として再現させるようにする。

測定データの都合の良い部分を採用

 説明が長くなったが、このシャシーダイナモに入力する走行抵抗の測定値を、実際よりも低くしていたというのが、今回の不正の内容だ。抵抗を少なくすれば、当然燃費は良くなる。走行抵抗は、車両を実際に何度も走らせて測定するのだが、実験なのだから測定データにはばらつきが出る。そのばらつきの中で、本来なら平均的な値を採らなければならないのだが、今回の不正では、データの範囲内で低い部分のデータを測定値としていたという。

不正の内容。今回は走行抵抗のデータのうち、平均的なところではなく、低い領域のデータを採っていた(図はイメージで実際のデータとは異なる)