トヨタが2018年冬頃の発売を予定する新型SUV「レクサス UX」(左)と、新型CVT「Direct Shift-CVT」(右、エンジンと組み合わせたところ、写真:いずれもトヨタ自動車)
最近の完成車メーカーの技術発表で、「この手があったか!」と思わされたのが、トヨタ自動車が2月末に発表した新型CVT(無段変速機)「Direct Shift-CVT」である。「伝達効率が向上」、「エンジンを効率のいい領域で運転できる」、「変速の応答速度を向上」などの特徴があり、燃費を6%向上させる効果があるという。この新型CVTは、3月初旬に開催されたジュネーブモーターショーでトヨタが発表し、2018年冬頃の発売を予定する新型SUV(多目的スポーツ車)「レクサス UX」から搭載が始まると見られている。
以前からこのコラムでも書いていることだが、筆者はあまりCVTが好きではない。アクセルを踏み込むと、まずエンジンの回転数が上がり、それに遅れて車体の加速が始まる、あのリニア感の乏しさにどうにも違和感があるからだ。米国ではあの感じを「ラバーベルトフィール」と言うそうだが、アクセルを踏み込んでいるのに、動力を伝えるベルトがゴムのように伸びてしまって加速につながらないような“感じ”をうまく表現していると思う。クルマを運転する喜びというのは、操作に対してクルマが機敏に、しかも操作量に対してリニアに反応してくれる「ダイレクト感」に負うところが大きいと思うのだが、CVTはその点で従来のAT(自動変速機)に一歩譲る。
もちろん、最近のCVTは改良が進み、こういう「ラバーベルトフィール」を減らす工夫を盛り込んでいるものもある。加速中はなるべく変速しないようにして、通常のATと同じような加速感を演出するというのはその一つの方法だ。一方で、こういう加速のやり方は、CVTの最大のメリットである燃費をスポイルすることになる。車体の加速よりも先にエンジン回転数を上げてしまうというのは、なるべくエンジンの効率のいい領域で運転するという原則に則ったものであるからだ。
実際、CVTの燃費に対する貢献は大したものだと思う。私事だが、3月の中旬にプライベートで四国に出かけ、国産小型車のレンタカーを借りた。ご存知のように国産の小型車は、最近のマツダ車を除けばすべてCVTである。今回借りたクルマのCVTの制御は割と古典的なもので、高速の合流時など、アクセルを踏み込んだときには先に指摘したようなもどかしさを感じた。一方で燃費は非常に優秀で、地方の渋滞が少ない道を走ることが多かったこともあり、1.3Lクラスのセダンで平均20km/L程度という優秀な値を記録した。変速ショックのないスムーズさも相まって、細かいことを気にしないユーザーなら、CVTを好むユーザーも多いだろうとも思った。
ベルトで動力を伝達するCVT
ここまでCVTという言葉を説明なしに使ってきてしまったが、ここでその機構について説明しておこう。CVTは二つのプーリの間に巻きかけたリング状の金属ベルトを使って動力を伝達する機構で、それぞれのプーリに巻きかける半径を変化させることで、無段階に変速比を変えることができる(CVTの動作についてはこの動画が分かりやすい)。通常のATよりも広い6.0~7.0程度の変速比幅を実現でき、しかも変速動作がないことから変速時にエンジンの回転数が上下せず無駄がないこと、変速比を自由に変えられるので走行条件に応じて最も適切な変速比を選べること、など燃費の向上に有利なことが、日本車で採用が増えている理由だ。日本市場では今や、前輪駆動車を中心としてCVTが自動変速機の主流になっている。
一方で、CVTはプーリとベルトの間の滑り損失があることや、プーリと金属ベルトの間で適切な摩擦力を確保するためプーリをベルトに押し付ける力が必要で、そのための油圧を生み出すポンプでの駆動力損失が大きいといった難点もある。このため、高速で走行しているときには滑り損失が大きくなるし、エンジンの出力が大きくなると、プーリをベルトに押し付けるのに大きな油圧が必要になる。こうした理由から、走行する速度領域が日本よりも速い欧州や、大排気量のエンジンを積む車種が多い米国では、これまでCVTはあまり普及してこなかった。
発進は歯車で
今回トヨタが開発した新型CVTはこうした「ダイレクト感に乏しい」「滑り損失やポンプの駆動力損失が大きい」といった難点を解消することを狙ったものだ。そのために、発進時にはベルトではなく歯車によって駆動力を伝達する世界で初めての機構を採用した。発進時はギヤ駆動とすることで、通常のAT(自動変速機)のようにエンジンの回転数の上昇とクルマの加速が連動するリニアな加速感が得られ、先ほどから説明しているようなラバーベルトフィールがないのが特徴だ。歯車駆動からベルト駆動への切り替えは、この動画に見るように、ある程度以上の速度になると、歯車を軸方向にずらして駆動力を切り、ベルト駆動に切り替える。
発進時はベルトの滑りが大きい走行領域だが、ここで歯車を使うため滑りがなく駆動力損失も避けられる。速度領域が上がると歯車駆動からベルト駆動へとバトンタッチするわけだが、この「持ち替え」の制御にはAT技術で培った制御技術を応用したという。この「持ち替え」の制御には説明が必要だろう。通常ATでは、例えば1速から2速、2速から3速に切り替える際に、この持ち替え制御が発生する。なぜここが難しいかといえば、2速目と3速目を切れ目なく切り替えるのが難しいからだ。やや専門的になるのだが、従来はこの持ち替え制御をするのに、「1方向クラッチ(ワンウェイクラッチ)」という部品を使う場合が多かった。
ワンウェイクラッチは、2速ギアで駆動力を伝えたまま3速へのギアの切り替えを可能にする機構で、滑らかな変速には不可欠な部品だった。しかし、最近ではATの小型化や軽量化のために、ワンウェイクラッチをなるべく省きたいというニーズが高まっている。このために、最近のATでは、変速比の異なる二つのギアの組み合わせに対して軸の回転数などを細かく制御することで、ワンウェイクラッチなしで持ち替え制御を可能とする技術が実用化されている。今回はこの制御を応用し、歯車駆動からベルト駆動に切り替える際にも変速ショックのない制御を実現したという。CVTは切り替えショックのないスムーズな変速が特徴の一つだから、そのメリットを殺さないように制御するのには相当気を遣っただろうと思う。
エンジン回転数を抑えて燃費向上
これ以外にも、発進に歯車を採用したメリットはある。一つは「ワイドレンジ化」である。具体的には変速比の幅を従来のCVTの6.5から、今回は7.5に広げることができた。もう一つのメリットは、発進を歯車に任せることでCVT単体での変速比幅はむしろ小さくなり、プーリを小型にできたことだ。プーリの小型化と併せてベルトを狭角化することで、変速速度を20%向上させた。
低速側の駆動力伝達を歯車に任せることで、CVTは高速側に専念でき、変速機全体での変速比幅を従来CVTの6.5から7.5に広げた(上)、CVT自体の変速比幅は小さくなったのでプーリを小型・軽量にできた(下、資料:いずれもトヨタ自動車)
発進時のギア比を低くできれば、そのぶん加速の出足を鋭くできるし、高速走行時のギア比をより高くできればそのぶんエンジン回転数を抑えることができて燃費向上につながる。つまりいいこと尽くめなのだが、機構的には難しい。CVTだけで変速比の幅を広げようとするとプーリを大きくするか、軸を細くする必要がある。前者はCVTの大型化につながるし、後者は軸の強度やベルトの構造上の限界がある。
例えば、ホンダが米国仕様のアコードに搭載するCVTは、変速比幅をその前の世代のCVTの約5.5から約6.5に向上させた。このCVTは排気量2.0~2.4Lのエンジン向けで、変速比幅を拡大するために二つのプーリの中心間の距離を従来CVTの170mmから180mmに拡大し、プーリの径も拡大した。この結果、CVT自体は若干大型化した。
CVTの大型化を避けつつ変速比幅を拡大する工夫として、CVTでは世界最大手のジヤトコが採用しているのが副変速機を採用することだ。これは、CVTの後段に変速機を設けることで、CVTの変速比幅を広げるという方式だ。具体的には、CVT自体の変速比幅は4.1程度に抑えてプーリを小型化しつつ、CVTの後ろに1速目の変速比を1.0、2速目の変速比を1.8とした副変速機を組み合わせた。この結果、変速機全体での変速比は約7.3と、その前の世代のCVTに比べて20%以上拡大しつつ、変速機の全長は10%短縮し、質量も13%軽くした。
これはプーリを20%小型化できた効果だ。プーリを小型化したことで、プーリをベルトに押し付ける油圧を減らすことができ、さらに、プーリが潤滑油をかくはんする抵抗も下がった。この副変速機付きCVTは、軽自動車から1.5Lクラスまでカバーでき、日産やスズキの軽自動車や小型車が採用している。
日産やスズキが採用しているジヤトコの「副変速機付きCVT」(写真:日産自動車)
一方、ホンダやダイハツ工業の軽自動車向けCVTはインプットリダクションという方式を採用している。ホンダが軽自動車の先代「N-BOX」から採用している軽自動車用のCVTは、変速プーリに駆動力が伝わる前に、減速歯車によって回転数を落とす構造を採用している。これが「インプットリダクション」である。通常のCVTでは、エンジンからの駆動力はそのままCVTに入る。一方、インプットリダクションでは、いったん減速機構で回転数を落とすので、CVTのプーリはより低い回転数で回ることになる。
ベルトは高回転になると、ベルトを構成する金属帯同士の摩擦が増え、損失が増える。通常の車種よりも、軽自動車ではエンジンの使用回転数が高く、CVTの効率が落ちやすいため、この方式のメリットが大きい。インプットリダクション方式を最初に採用したのはダイハツ工業で、2006年から採用を始めた。ただし、ダイハツとホンダではCVTの前段に減速機を置くのは同じだが、ダイハツが後進用に搭載している遊星歯車機構を前進時の減速にも活用しているのに対し、ホンダは平歯車を使った専用の減速機を搭載しているのが異なる。ダイハツの方式は、追加する機構が少ないのがメリットだが、ホンダの平歯車を使った減速機のほうが伝達効率が高いという特徴がある。
今回紹介したほかにも、金属ベルトよりも伝達効率の高いチェーンを使ったタイプなど、CVTにはこれまでにも運転の楽しさや効率の向上、寸法や質量の削減を狙って様々な工夫が盛り込まれてきた。なので、もうそろそろアイデアは打ち止めかなと思っていたのだが、今回のトヨタの新型CVTは、冒頭に挙げたように、まだこの手があったかと思わされた。特に、筆者がCVTに対して不満を持っている加速時のリニア感を改善しそうな工夫だけに、早く実車で試乗してみたいと思う。
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