2013年10月の全面改良から、約2年半を経過してハイブリッド仕様を追加したホンダ「オデッセイ」。側に立つのは開発責任者である本田技術研究所 四輪R&Dセンター LPL主任研究員の中川真人氏
このコラムの第47回で、独フォルクスワーゲン(VW)のミニバン「トゥーラン」を取り上げたとき、マツダのミニバンはフェードアウトの方向なのかも、と書いたら、その後2月29日付の日本経済新聞が、1面トップでこの話題を取り上げた。同記事によれば、マツダは2017年中にミニバンから全面撤退し、今後は市場の成長が続くSUV(多目的スポーツ車)に力を割く方針だという。
ミニバンからSUVへという流れは、すでに世界的なものになっている。米国市場では、ミニバン系の車種がすっかり減り、従来ミニバンに乗っていた層は、3列シートを備えたSUVに移っている。日本と異なり、米国のミニバンは、お母さんが子どもたちの送り迎えに使うためのクルマ、という傾向が強い。このためミニバンには「所帯じみたクルマ」という印象があり、お父さんはセダンやSUVに乗る、という家庭が多かった。しかし最近は、視点が高くて見晴らしがよく、またがっしりして頑丈そうに見えるSUVが、安全・安心を重視する米国の女性にも支持されるようになってきているのだ。
一方で欧州でも、前回のこのコラムで取り上げたように、SUV人気が高まっている。欧州市場では、小型のハッチバック車が主流だが、「所帯じみている」という印象から逃れるため、最近では室内スペースよりも個性的なデザインを重視する傾向が強まっていた。SUV人気は、それでも飽きたらない「人とは違う、個性的なクルマに乗りたい」という消費者の意識を反映している。
日本市場でも、先に参照した日経新聞の関連記事によれば、ミニバンを含む「セミキャブワゴン」の2015年の販売台数は約76万台と、この10年で約3割減る一方で、SUVの販売台数は約38万台と2005年の約2倍に拡大したという。ただし、トヨタ自動車の小型ミニバン「シエンタ」が2016年1月の販売台数で、ホンダ「フィット」を抑えて3位(軽自動車を除く)に食い込んだり、軽自動車でもいわゆるトールワゴンと呼ばれる背の高い車種が売れていたりするのを見ると、他の国ではクルマ選びに大きな影響を及ぼす「所帯じみているかどうか」という価値観が、比較的重視されていないような気もする。
発売が遅れたわけは?
そうした日本市場のあり方を、ある意味象徴するクルマが、今回取り上げる「オデッセイハイブリッド」だろう。現在のオデッセイは5代目で、3代目、4代目と続いた全高約1550mm以下という背の低いデザインから一変して、2013年10月の全面改良では、全高を1700mm程度に高くし、リアドアにもオデッセイとしては初めてスライドドアを採用した。当時、開発責任者である本田技術研究所 四輪R&Dセンター LPL主任研究員の中川真人氏にインタビューしたときには、これらの条件を備えていないと、ミニバンとして市場で認識されないと語っていた。
オデッセイハイブリッドのパッケージング。先代のオデッセイに対して背は高くなったが、低床設計により重心を下げたことで、走りは損なわれていないという。今回追加したハイブリッド仕様も、電池も前席下に搭載して、室内スペースに悪影響を与えないようにした
スライドドアは、米国市場では「所帯じみている」と見られるポイントの最たるものだが、日本市場では子供が勢い良くドアを開けても隣のクルマにぶつかる心配がない、ということで人気がある。駐車スペースが狭い、日本ならではの事情を反映したものといえるかもしれない。
そのオデッセイにハイブリッド仕様が追加されたのは、全面改良から2年半近く経った2016年2月のことだ。本当はもっと早く発売するはずだったのが、ホンダの一連のリコールのあおりで品質確認に時間がかかり、発売時期がずれ込んだものと思っていた。しかし今回、開発担当者に聞いてみるとそうではなく、最適な販売のタイミングを検討していた結果だという。
というのも、他社の大型ミニバンのハイブリッド仕様の売れ行きに、必ずしも勢いがないからだ。例えば、トヨタ自動車で最も売れている上級ミニバンの「ヴェルファイア」は、2015年の販売実績を見ると、1カ月に平均4500台も売れる人気車種だが、ハイブリッド仕様の比率は5分の1程度にすぎない。より売れ筋の「ヴォクシー」では3割程度をハイブリッド仕様が占めるのと比べて低い。ヴェルファイアハイブリッドは、カーナビゲーションシステム(カーナビ)などを装備すれば価格は概ね500万円を超える。300万円程度の「ヴォクシー」に比べると、購入のハードルは高い。
ホンダは、オデッセイハイブリッドの価格をノーマル仕様より約50万円ほど高い、400万円程度に設定した。ちょうど、トヨタの「ノア/ヴォクシー」のハイブリッド仕様と、「アルファード/ヴェルファイア」の中間的な位置づけになり、この価格帯のハイブリッドミニバンを望む声が、市場では強かったという。「いや、400万円クラスにはエスティマハイブリッドがあるじゃないか」という声も聞こえてきそうだが、現行のエスティマハイブリッドは2006年に発売されたもので、すでに10年が経過しようとしている。
現在でもエスティマハイブリッドは月間数百台を売り上げており、根強い人気がある車種だが、さすがに古さは否めない。燃費性能の比較でも、JC08モード燃費で、エスティマハイブリッドの18km/Lに対し、オデッセイハイブリッドは26km/Lと大きな差があり、競争力はあるとホンダは判断した。
革新的なモーター製造法
オデッセイハイブリッドは、すでに2013年に発売されているアコードハイブリッドと同じ「SPORT HYBRID i-MMD」と呼ぶシステムを搭載した。このため、ハイブリッドシステムそのものは、ほぼそのままアコードハイブリッドから移植するのかと思ったが、発売時期が遅れたこともあり、結果としてアコードハイブリッドに対してかなり改良が加えられたシステムとなった。特にモーターは、アコードハイブリッド用に対して体積を23%小さくしながら、同時に出力とトルクを向上させている。その実現に貢献したのが、画期的なモーターの作り方だ。
オデッセイハイブリッドに搭載されたモーター。アコードハイブリッド用に対して体積を23%小さくしつつ、出力・トルクを向上させた
モーターにはいくつかの種類があるが、ハイブリッド車や電気自動車で使われているのは、永久磁石式同期モーターというタイプだ。モーターは通常、ステーターという中空の円筒形の部品の中で、ローターという部品が回転する構成になっている。永久磁石式モーターでは、ローターの周りに永久磁石が取り付けてあり、一方、ステーターには銅線が巻いてあって電磁石を形成している。このローターの磁石とステーターの電磁石の間に発生する吸引力と反発力を利用して、ローターを回転させる仕組みだ。
ステーターというのは、中空円筒の内側に多数の突起(ティースと呼ぶ)があり、この突起を鉄心として、その周りに銅線を巻くことで電磁石を形成する。このティースの周りに、銅線をいかに隙間なく、いかに沢山巻けるかで、電磁石の強さが決まり、ひいてはモーターの性能と効率が決まる。そのために従来から多くの工夫がなされてきた。
銅線を巻く最も一般的な方法は、ステーターの内側にノズルと呼ばれる銅線を繰り出すアームを差し込み、ティースに銅線を巻いていくというものだ。しかしこの方法は、ティースとティースの間にノズルが入る隙間を残しておかなければならず、その空間が無駄になる。別の方法では、ティースの数だけステータを分割し、一つひとつのティースにコイルを巻いたあとで、一つのステータに組み上げるというものもある。
これなら、ノズルのための空間を気にすることなく銅線を巻いていけるが、組み立ての手間がかかるし、ステーターを分割しているので、ステーター内部を磁力線が通りにくくなり、やはりモーターの効率は下がる。また、モーターの効率はローターとステーターの隙間をどれだけ小さくできるかにも大きく左右されるのだが、一体型のステーターと分割構造のステーターを比較すると、分割構造のステーターのほうが寸法精度を上げるのが難しいので、この面でも効率の低下につながる。
銅線のほうを分割
これに対して今回ホンダが採用した方式は、ステーターではなく、巻線のほうを分割してしまうという革新的な方式である。言葉で説明するのは難しいので、下の説明パネルの写真を見ていただきたいのだが、従来は1本の長い銅線をステータの周りに巻いていたのを、新方式では「コの字型」をした短い銅線に分割する。これを束ねてステーターに差し込み、次に差し込んだ反対側で銅線を溶接して、最終的に1本のつながった銅線にする。
従来のステーター(左)と新型モーターのステーター(右)の比較。従来は丸い断面の銅線を巻いていたが、新型モーターは、コの字型をした角形断面の銅線をティースとティースの隙間に差し込み、あとから溶接して1本につなげる。
この方式なら、ステータを分割することなく、巻線のための隙間を空けることもなく、ステータの周りに銅線を巻くことができる。しかも、銅線の断面形状を、従来の丸型から、角形にして、ティースとティースの間に隙間なく銅線を詰め込んだ。これによって「巻線占積率(コイルの断面積に占める銅線の断面積の比率)」が従来の47%から60%に向上した。これに加えて磁石の小型化や、磁気回路の最適化を図ることで、モータの出力を11kW、トルクを8N・m向上させるとともに、23%の小型・軽量化につなげた。ちなみにモーターの出力は135kWもある。
エンジンはほとんど発電に使う
このように、アコードハイブリッドからモーターは大幅に改良されているものの、オデッセイハイブリッドのハイブリッドシステム「i-MMD」の基本的な構成自体は変わっていない。このハイブリッドシステムの特徴は、エンジンをほとんど発電に使うところにある。
まず発進時、および低速走行時は、電池に蓄えられている電力を利用して、モーターで走行する。いわゆる「EV(電気自動車)モード」(ホンダはEVドライブモードと呼ぶ)である。電池の残量が少なくなると、エンジンを始動し、「ハイブリッドドライブモード」になる。このとき、エンジンの駆動力は発電だけに使われ、タイヤには伝わらない。つまりここでは、エンジンは発電のためだけに使われている。
オデッセイハイブリッドのハイブリッドシステム「SPORT HYBRID i-MMD」の構成。通常走行ではエンジンは発電だけに使う
つまりこのモードでは、エンジンで発電機を回し、そこで生み出された電力でモーターを駆動するという、非常に回りくどい経路でタイヤを駆動することになる。エンジンで直接タイヤを回すほうが手っ取り早いように思えるのに、なぜこんなことをするのか。
その理由は、このコラムの第1回で紹介した「ポンピング損失」を減らすためだ。低速走行時のようなアクセルの踏み込み量が少ないような運転条件では、スロットルバルブが閉じ気味になっているので、エンジンの吸気抵抗が高まることによる損失が大きくなる。これはポンピング損失だ。
エンジンが直接タイヤにつながっていれば、アクセルの踏み込み量は必要な出力で決まるから、ポンピング損失は避けられない。ところが、エンジンを発電に使っていれば、エンジンはもっとスロットルバルブが開いた効率のいい条件で運転させ、効率を向上させることができる。これで発電した電力が余ったら、電池に充電すればいいし、電池がもしいっぱいなら、エンジンを止めてしまえばいい。そして、電池が空になってきたら、またエンジンをかければいいのである。エンジンとタイヤを切り離すことで、常にエンジンを効率のよい領域で運転させることができるのが、このシステムのメリットだ。
ただ、だんだん走行する速度が上がってきて、エンジンの効率のよい運転ができるようになると、エンジンで発電機を回し、そうして作った電力でモーターを回すという回りくどいやり方では、発電時に生じる損失や、モーターで生じる損失によって、エンジンで直接タイヤを駆動するよりも、効率が悪くなってくる。そこで、速度領域がだいたい60km/h以上では、エンジンとタイヤを直結し、効率の向上を図っている。
ハイブリッドをあまり感じさせない走り
このようにオデッセイハイブリッドは、市街地走行のかなりの部分をエンジンではなくモーターで走行する。だから、運転した感じも、かなりEVに近いのかと想像していたが、実際に走らせてみると、そういう感じはほとんどしない。それはちょっと意外なほどだった。
というのも、アクセルを踏み込んでいくと、それに比例するようにエンジン音が高まっていくのだ。先ほど説明したように、オデッセイハイブリッドのシステムは、基本的にはエンジンは効率のよい領域で運転することで燃費を稼ぐ。だから、アクセルの踏み込み量に合わせてエンジン回転数を上下させるのは効率の低下につながる。にもかかわらず、オデッセイハイブリッドでは、アクセルの踏み込みに合わせて、エンジン回転数が上下するのである。
ホンダのエンジニアにそのことを質問してみると、運転者の心理に合わせてあるのだという。つまり、アクセルの踏み込み量に合わせて、エンジンの回転数が上下しないと、ドライバーに違和感を生じさせてしまうというのだ。確かに、通常のドライバーはハイブリッドシステムの構成がどうなっているかなど、あまり気にしないだろうから、そこは理解できる。しかしそうしたセッティングは、エンジンの効率という点からするとマイナスのはずだ。
エンジンの静粛性向上を徹底したうえで、なるべくエンジンの回転数は一定にして効率を向上させ、アクセルの踏み込に対する応答は、モーター騒音の高まりだけで感じさせるというのは難しいのだろうか。そのほうが、ドライバーにとっても「エンジン車とは違うクルマに乗っている」という満足感を与えることができると思うのだが。
もう一つ、これも先入観のなせる技なのだが、オデッセイハイブリッドのモーターは、135kWという出力もさることながら、315N・mという排気量3.0Lクラスのガソリンエンジン並みの高い最大トルクを発生するのが特徴だ。しかも、エンジンの場合にはある程度回転数が上がらないと高いトルクを発生できないが、モーターは回転数ゼロから最大トルクを発生する。だから、発進加速時には、モーター特有の太いトルクを味わえるものと思っていた。
ところが、実際の運転ではアクセルを目一杯踏み込むような加速をしてみると、電池はすぐに空になってしまい、加速はエンジンにバトンタッチしてしまう。オデッセイハイブリッドのエンジンは、排気量2.0Lと、通常のガソリン車の2.4Lよりも小さく、また効率を重視した設計のため最高出力も107kWと、通常のガソリン車の129kW(アブソルートは140kW)を下回るので、加速の伸びは、通常のガソリン仕様よりも、むしろ頭打ち感がある。
こう書いてくると、なんだか筆者がオデッセイハイブリッドに低い評価を与えているように見えるかもしれないが、決してそんなことはない。恐らく通常のドライバーがハイブリッド仕様とガソリンエンジン仕様を乗り比べれば、ハイブリッド仕様のほうが加速は滑らかで、静粛性も高いと感じるだろう。
ただ、システムの構成やモータ出力などから想像すると、もっと「電動車両っぽい」乗り味だと想像していたのが、予想以上に通常のガソリン車に近い乗り味だったのが意外だったということなのだ。そういえば、オデッセイハイブリッドの外観も、よく見るとヘッドランプやテールランプの反射板にブルーの配色をするなど、ガソリン仕様と違いを出しているのだが、あまりクルマに詳しくないユーザーなら見落としてしまうほどの僅かな差でしかない。
筆者は、もっと乗り味にも外観にも「ハイブリッドらしさ」を出したほうがいいのではないかと思ったのだが、開発担当者によれば「以前は、外観からはっきりハイブリッドだと分かるデザインが要求されたが、最近はむしろさりげないほうが好まれる」のだという。それは乗り味の点でもそうなのかもしれない。現在、日本の新車市場では、軽自動車以外のクルマの3台に1台はハイブリッド車が占めるようになっている。もはやハイブリッド車は普通のクルマなのだ。そういうクルマに「特別感」を求める筆者の感覚が、古くなっているのだろう。ちなみに、気になる燃費の差は、幕張周辺の一般道路を1時間程度走った場合の燃費計の読みで、ガソリン車の10.5km/Lに対して、15.9km/Lだったから、約1.5倍というところだった。
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