新型ワゴンRの三つの「顔」。「FX」(上)、「FZ」(中央)、「スティングレー」(下)
このコラムの第18回で取り上げた新型「アルト」以来、このところスズキはデザインで攻めてるなあ、という印象を受けている。デザイン面で筆者の印象に残っているスズキ車だと、かつての「フロンテクーペ」が、まだ若かりし頃のジウジアーロの手になる非常に洗練されたデザインだったが、その後、1988年に登場した初代「エスクード」や3代目アルトなども、当時としては非常に新しいデザインだった。初代エスクードは、機能性の高さを感じさせる直線的なデザインに、タイヤの周囲が膨らんだ形状の「ブリスターフェンダー」を組み合わせたのが斬新だったし、3代目アルトは、コストの制約が厳しい軽乗用車で、サイドウインドーがルーフまで回り込んだユニークなデザインを採用していた。
最近の新型アルトや、このコラムの第48回で取り上げた「イグニス」は、初代エスクードやフロンテクーペのモチーフを取り入れていることを記事の中でも取り上げた。過去のクルマの優れたデザインを新型車に取り入れるというのは、国産車ではあまり見られないのだが、海外の車種ではむしろ、積極的に行われていることだ。
新型ワゴンRでも、ベーシックなグレードと位置づけられる「FA」や「HYBRID FX」には、縦長のヘッドランプ形状や、リアドアの後ろにもウインドーを設けた「6ライト」のデザイン、さらにはリアドアの下に配置された横長のテールランプなど、初代アルトのデザインを連想させるデザイン上の特徴が与えられた。
ただし、新型ワゴンRのデザインで、それ以上に注目されているのが「ついに顔が3つに増えた」ということだ。従来のワゴンRは、「標準車」と「スティングレー」という2つのシリーズがあり、それぞれが、最大の競合車種であるダイハツ工業の「ムーヴ」の「標準車」と「カスタム」に対抗していた。これに対して、新型ワゴンRは、従来の標準車に当たるFA、HYBRID FX、「HYBRID FZ」グレードの中で、最上級グレードのFZにはFAやFXとは異なるフロントデザインを与えたのだ。
ミニヴェルファイア? ミニキャディラック?
新型ワゴンRのテールランプ(FXグレード)。テールゲートの下に配置された横長の形状が、初代ワゴンRを連想させるデザインだ
このFZやスティングレーのデザインについては、ネット上でいろいろと議論が喧しい。FZの、ヘッドランプやグリルを上下二段重ねにしたフロント周りのデザインや、末広がりの形状でルーフとの境目を黒色に塗ったセンターピラーのデザインが、トヨタ自動車の上級ミニバン「ヴェルファイア」に似ているという意見がある。
また、独立したグリルに、ボンネット上面まで回り込んだ縦長のヘッドランプを組み合わせたスティングレーのフロントデザインは、ヘッドランプ形状が米ゼネラル・モーターズ(GM)の高級SUV(多目的スポーツ車)「キャディラック・エスカレード」を思わせるとか、上下二分割したグリルのデザインは同じGM社のシボレーブランドの車種と類似性があると感じる読者もいるだろう。
ただ、ヴェルファイアの上下二段重ねのフロントデザインは、そもそも日産自動車の上級ミニバン「エルグランド」との類似性が指摘されているし、センターピラーのデザインも、フランス・プジョー・シトロエンの「DS3」に先例がある。一部の中国車のような「丸パクリ」は論外としても、デザインの一部に類似性があるという例は、昔から枚挙に暇がない。だから、筆者個人としてはあまり目くじらを立てる必要はないと思っているが、この3つの顔の中で最も好ましいと思うのは、初代ワゴンRを思わせるFXのデザインだ。
幅の広いセンターピラーの裏側に設けられたアンブレラホルダー
スズキに言わせると、今回のデザインのポイントの一つはセンターピラーよりも前の「パーソナルスペース」とセンターピラーよりも後ろの「実用スペース」の融合にあるという。確かに、この幅広のセンターピラーのおかげで、ちょっとクーペ的な躍動感がサイドビューに出ていると感じられる。
筆者が感心したのは、この幅の広いセンターピラーがデザインのためだけでなく、ちゃんと実用的なメリットも生み出していることだ。それが、このセンターピラーの室内側に設けられたアンブレラホルダーである。雨の日に、車内で傘の置き場所には困ることが多いのだが、このアンブレラホルダーは、傘を立てたまま収納できるので、非常に便利だ。デザインが多少気に入らなくても、この傘立ての便利さは、ユーザーになると手放せなくなる機能なのではないだろうか。
なぜ3つの顔を与えたのか
知りたかったのは、なぜスズキが新型ワゴンRに3つの顔を与えたのかということである。開発担当者に“顔”を増やした理由を聞いても「多様なユーザーのニーズに応えるため」という歯切れの悪い答えしか返ってこない。しかし、2016年の軽自動車市場を見れば、スズキの抱える課題がはっきりする。
2016年に最も販売台数の多かった軽自動車は、1位がホンダの「N-BOX」で、2位がダイハツの「タント」、3位が日産自動車の「デイズ」、4位がダイハツの「ムーヴ」だった。N-BOXとタントは、スズキの背高ワゴン車「スペーシア」の競合車種であり、デイズとムーヴはワゴンRの競合車種である。だからスペーシアとワゴンRが本来スズキでも売れ筋車種であるべきなのだが、2016年の販売実績でスペーシアは8位、ワゴンRは10位にとどまり、スズキで最も売れた軽自動車は、5位の「アルト」と、7位の「ハスラー」という結果だった。つまり、背高ワゴン系とワゴン系という売れ筋車種の強化が、スズキにとって喫緊の課題なのだ。
じつは新型ワゴンRの発売に先立つ2016年12月には、スペーシアにも3つめの顔を持つ新車種「カスタムZ」を追加している。つまりワゴンRとスペーシアにおける「3つの顔作戦」は、ワゴン系と背高ワゴン系という軽自動車市場における2つの重要セグメントでスズキが仕掛けた、起死回生の策だということだ。
ついに軽も「マイルドハイブリッド」に
もちろん、スズキも顔を増やすだけで厳しい競争を勝ち抜けるとは思っていない。新型ワゴンRの飛び道具の1つは「マイルドハイブリッド」だ。このコラムの第9回で触れたように、これまでスズキは軽自動車市場では「ハイブリッド」という名称を封印し、小型モーターとLiイオン電池で駆動力を補助するシステムを「S-エネチャージ」と呼んでいた。しかし、同様のシステムを小型車では「マイルドハイブリッド」と呼んでいるのに合わせ、今回の新型ワゴンRから、S-エネチャージという呼び方をやめて、マイルドハイブリッドという呼称で統一した。
なので筆者はてっきり、呼び方の変更だけで、中身は従来と同じものかと思っていたのだが、これが違った。名称だけでなく、中身もちゃんと進化していたのである。具体的には、S-エネチャージに対して、モーター、電池とも大幅に強化した。従来のS-エネチャージではモーターの出力が1.6kWだったのが、今回は2.3kWと約1.4倍に、Liイオン電池の容量は36Whから120Whへと、3倍以上になった。
「s-エネチャージ用のモーターとリチウムイオン電池」(左)と新型ワゴンRから採用する「マイルドハイブリッド用のモーターとリチウムイオン電池」(右)。特にリチウムイオン電池が大型化していることが分かる
これによって、従来は発進後の加速時に、エンジンの駆動力をモーターでアシストできる時間が6秒だったのが、今回は5倍の30秒間に延びた。従来は不可能だったモーターのみでクリープ走行する機能(最長10秒間)も追加した。これにより、JC08モード燃費は、従来モデルでS-エネチャージを搭載していた「FZ」(前輪駆動、CVT仕様)の33.0km/Lから、新型の同等グレードである「HYBRID FZ」(同)では33.4km/Lに向上した。これに対して、競合する「ムーヴ」は、最も燃費のいいグレードでも31.0km/Lにとどまる。
そしてもう1つの飛び道具が、スイフトから採用を始めた自動ブレーキ機能「デュアルセンサーブレーキアシスト」である。このコラムの第72回で取り上げた新型ソリオまで、スズキはステレオカメラを使った自動ブレーキ機能「デュアルカメラブレーキアシスト」を搭載していたのだが、その後、スイフト、ワゴンRにはこちらのデュアルセンサーブレーキアシストを採用した。スイフトの回では触れられなかったのだが、この自動ブレーキ機能は、レーザーレーダーとカメラの2つのセンサーを組み合わせることで、車両だけでなく歩行者も検知する自動ブレーキ機能に加え、ハイビームアシスト(対向車や先行車がいると自動的にハイビームをロービームに切り替える機能)も実現している。ただし、ハイビームアシストを除けば、デュアルセンサーブレーキサポートとデュアルカメラブレーキサポートで実現できる機能に差はない。
では実績のあるデュアルカメラブレーキサポートをやめ、デュアルセンサーブレーキサポート(紛らわしい名称を繰り返して申し訳ない)に切り替えたのはなぜなのか。これについても開発担当者の歯切れはあまり良くないのだが、2つの理由があるようだ。1つは、デュアルセンサーブレーキサポートのほうが、センサーがコンパクトなことである。2つのカメラを横に並べるデュアルカメラブレーキサポートは、カメラ同士の距離が、先行車両や歩行者との距離を測る精度に直結するため、むやみには詰められない。これに対して、デュアルセンサーブレーキサポートでは、カメラとレーザーレーダーを一体化したコンパクトなユニットを、ルームミラーの裏側に取り付ければ済む。
デュアルセンサーブレーキサポートのセンサーユニット。デュアルカメラブレーキサポートよりも、センサーを小型化できる
そしてもう1つはコストだ。従来のデュアルカメラブレーキサポートに採用していたステレオカメラが日立オートモティブシステムズ製だったのに対して、今回のレーザーレーダーとカメラを一体化したセンサーは世界の大手サプライヤーである独コンチネンタル製である。トヨタ自動車やホンダも普及価格帯の車種向け自動ブレーキには同じコンチネンタル製のセンサーを使っており、量産効果でかなりの低コストを実現していると見られる。しかも、同じセンサーを使うトヨタやホンダのシステムでは、歩行者検知機能を実現していないことを考えると、同じセンサーでも使い方は現在のところスズキが一枚上手だ。
スティングレーは別格
というわけで今回も前口上が長くなってしまったが、乗り込んでみよう。乗り味としては、スズキの新世代プラットフォームを使うスイフトやソリオに似ている。繰り返しになってしまうのだが、スズキの最近の車種で優れているのは、ボディ剛性とサスペンションのセッティングのバランスが優れていることだ。他社の製品では、ボディ剛性に対して足回りが硬すぎて、車体がブルブルと振動してしまう場合があるのだが、スズキの最近の車種はどれもそういうことがない。
今回はマイルドハイブリッドを搭載するHYBRID FXとHYBRID FZ、それにターボエンジン(こちらもマイルドハイブリッドシステム採用)を搭載するスティングレーのHYBRID Tの3車種に試乗できたのだが、まず好感を持ったのが、FXとFZの市街地での良好な乗り心地だ。FXとFZのサスペンションのセッティングの違いは、FZだけがリアスタビライザーを装備していることだが、街中を走っている限りその差はあまり感じられない。モーターがアシストしてくれるので、交通の流れに合わせて走っている限りでは、それほどアクセルを踏み込む場面もなく静粛性も高い。
ただ、高速道路に乗り入れると、不満点も出てくる。絶対的なパワーが不足しているので、本線へ合流するために加速する場面では、かなりエンジン音がやかましくなるし、巡航時も3000rpmくらいはエンジンが回るから、うるさいというほどではないが、やはりコンパクトカークラスと比べると騒音レベルには差がある。加えて、街中では快適だったサスペンションも、高速道路では継ぎ目を超えたときのショックをやや大きめに伝えるようになってくる。
これが、ターボエンジンを搭載するスティングレーに乗り換えると印象はがらりと変わる。スティングレーでは、FX、FZに比べてバネやダンパーのセッティングが硬めなので、足回りもより引き締まった印象を与えるのだが、かといって街乗りでも硬すぎるというほどではなく、結果として、より落ち着いた乗り心地に仕上がっている。
そういう印象に拍車をかけるのが振動や騒音がFXやFZに比べて一段低くなっていることで、スティングレーだけに設定されている吸音材が随所に配置されていることが効果を上げている。具体的には、カーペット下や、荷室の側面の内装材、フロントウインドー下端のパネル、フロントピラーのトリム裏などに吸音材が追加されている。
しかも、スティングレーの試乗車はターボエンジン付きだったから、同じ加速度を得るにも、アクセルを踏み込む量が少なくて済む。エンジン回転数も上がらないので、軽自動車特有の「エンジンが頑張ってる感じ」が希薄だ。ターボ付きの余裕は高速道路走行で顕著になる。本線への合流も余裕でこなすし、巡航時のエンジン回転数も2000rpm程度なので騒音レベルも低い。これなら長距離走行でも疲労が少ないだろう。もちろん、ターボエンジンには代償も伴う。FXやFZの場合、一般道での走行を中心に高速走行をいくらか交えての燃費は、燃費計の読みで21~22km/Lだったのに対し、ターボエンジンを積んだスティングレーの燃費は15km/L程度にとどまった。
心理学の本を読むと、「並」と「上」の2つの選択肢しかない場合、人は「並」を選ぶのに抵抗を感じないが、「並」と「上」の上に「特上」を用意して選択肢を3つにすると、大多数の人は、一番安いものを選ぶのに抵抗を感じ、真ん中の「上」を選ぶようになるそうだ。結果として選択肢を3つにすることは、客単価を上げることにつながる。
同様に、従来のグレード構成だと、FXとFZの顔は同じだったからFXを選ぶことにそう抵抗を感じなかった顧客が、3つの顔の中から選ぶとなると中間グレードのFZを選ぶ顧客が増え、従来に比べて上級移行が進む――。新型ワゴンRの顔を3つに増やした背景には、シェア拡大以外に、そんな狙いも込められているのではないかと邪推している。
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