東京モーターショー2017に参考出品された「クロスビー」。ほぼ市販車そのものだった。
スズキが2017年12月に発売した新型車「クロスビー」は、昨年秋の東京モーターショー2017で見ている。そのときは参考出品という位置づけだったが、説明員も「もうすぐ発売します」と言っていたから、事実上の一般公開といっていいと思う。実車を見た読者もいるだろう。
筆者が最初にクロスビーを見た感想は「うまい商品企画だな」というものだ。その意味は二つある。一つは「ハスラー」の成功をうまく横展開しているな、というもの。もう一つは、「市場のすき間をうまく見つけた」、というものだ。まず第1の点からいうと、いささか失礼な表現になるが、ハスラーは技術的には新味がなかったにもかかわらず、その商品企画のうまさから、軽自動車のSUV(多目的スポーツ車)としては異例の成功を遂げた。
2014年1月に発売されたハスラーは、当初月販5000台を予定していたのだが、2月上旬には3万5000台の受注が積み上がり、スズキは5月に生産能力を月産1万4000台に増強するなど対応に追われた。ハスラーの好調が原動力となり、2014年の軽自動車販売台数でスズキは8年ぶりにダイハツ工業からNo.1の地位を奪還している。その後ダイハツは、対抗車種として「キャスト」を発売したのだが、発売からほぼ4年を経過してもハスラーの好調は続いており、2017年通年の軽自動車販売ランキングでは10位にランクインしている。ハスラーより上位の車種はすべて背高ワゴンかセダン型で、SUV系では相変わらずのトップブランドということになる。
今でこそ、日本のみならず世界の自動車市場でSUVの人気が高まり、販売台数に占めるSUV比率は今後も拡大し続けると予想されている。だからハスラーの成功はある意味当然と思う読者もいるかもしれないが、ことはそう単純ではない。というのも、ハスラー以前には意外と軽SUVの成功例がないからだ。
例えばスズキにはハスラー発売前から、軽オフロード車のはしりともいうべき「ジムニー」があったが、このクルマは根強い人気を誇るものの、販売ランキングの上位を占めるような車種ではない。またスズキは1998年に「Kei」というSUV型の軽自動車を発売したことがあり、またダイハツも同じく1998年にSUV型の「テリオスキッド」を発売した。しかし両車種とも一代限りで後継車種が用意されず、その販売実績が芳しくなかったことがうかがえる。
スズキとダイハツだけではない。筆者が軽のSUVとして印象に残っているのが、ホンダがスズキやダイハツと同じく1998年に発売した「Z」である。このクルマはエンジンを後部座席の下に配置する斬新なミッドシップレイアウトを採用した4輪駆動車で、フロントにエンジンのないことを生かし、長い室内長や高い安全性を売り物にしていた。ただこのクルマも、専用のプラットフォームを採用したために価格が高くなったことや、3ドア仕様しかなかったこと、車両重量が重く燃費があまり良くなかったこと、床下にエンジンがあるため後席の足元フロアが高く、あまり着座姿勢が良くなかったことなどが災いし、やはり芳しい販売実績は残せなかった。
ホンダが1998年に発売した「Z」。後部座席下にエンジンを配置したミッドシップレイアウトを採用したのが特徴。1970年発売の初代「Z」から数えると2代目になる(写真:ホンダ)
ちなみに、なぜどのメーカーも1998年に新型車を発売したかといえば、実はこの時期に、安全性や排ガス規制への対応を目的に、軽自動車の規格が改正されたからだ。全長はそれまでの3.3mから3.4mへ、全幅は1.4mから1.48mへとそれぞれ拡大される一方で、登録車(軽自動車以外の自動車)と同様の衝突安全性が求められるようになった。
余談だが、ホンダのZが発売された当時、筆者がよく利用する第三京浜の玉川料金所にZの写真が貼ってあって、「このクルマは軽自動車」と書いてあったのが印象に残っている。Zは全高が高いうえに角ばったデザインで車体が大きく見えるので、軽自動車規格の改正とあいまって、料金所の職員が、徴収する料金の区分を間違えることがあったのだろう。余談を続けると、ハスラーの発売当初も、やはり料金所にハスラーの写真が貼ってあった。ハスラーの全高の高いデザインと角ばった“道具感”の強いデザインは、ホンダのZと共通性があるのかもしれない。
市場のすき間を見つける
前置きが長くなってしまったが、クロスビーのデザインは成功作であるハスラーの特徴である丸型のヘッドランプや、コンパクトながらガッチリした印象を与える面構成、カラーパネルを使用した内装などを踏襲している。一方で、寸法に余裕のあるぶん、たとえばドアパネルやフェンダーなどに、より厚みを感じさせるデザインとなっていて、上級車らしさも確実にある。ハスラーの成功をうまく横展開している、と感じたのは単なるハスラーの大型版ではなく、ちゃんと上級車らしさも盛り込んでいる点にある。
二つ目の「市場のすき間をうまく見つけた」というのは、国内市場においてクロスビーくらいのサイズのSUVが意外と見当たらないことを指す。従来SUVといえば、マツダの「CX-5」や、日産自動車の「エクストレイル」といった全長4500mm以上のサイズが中心で、最近ではこれらよりやや小型の日産「ジューク」やマツダ「CX-3」、ホンダ「ヴェゼル」、トヨタ自動車の「CH-R」といった全長4400mm以下のサイズのコンパクトSUVが増えてきているという状況である。これらに比べると、クロスビーの全長は3760mmとはるかにコンパクトだ。クロスビーの実車は割と大きく見えるので、この全長の短さはちょっと意外に感じるほどである。
またクロスビーの価格は176万5800~218万9160円と、中心価格は200万円程度で、上級のコンパクトSUVの価格帯が220万~280万円なのに比べて50万円程度は安い。クロスビーは排気量1.0Lの直噴ターボエンジンを積んでおり、1.0Lエンジン搭載車と考えると高いような気がしてしまうのだが、出力で同等の1.5Lエンジン車は、最近では200万円くらいするものも珍しくなく、そういう意味では妥当な価格なのだろう。いずれにせよ、車体の寸法でも価格帯でも、クロスビーはこれまでなかったクラスにSUVを投入したという点で「うまい商品企画だな」と思ったわけだ。
「イグニス」と差別化
むしろ気になったのは社内での競合だ。たしかに他社には競合商品は見当たらないのだが、スズキには同じAセグメントのSUVとして、このコラムの第48回でも紹介した「イグニス」がある。クロスビーはイグニスと同じスズキのAセグメント向け新世代プラットフォームを使っており、ホイールベース、トレッドとも共通である。つまり、エンジンを除くメカニズムはほぼ共通といっていい。また全長もイグニスの3700mmに対してクロスビーは60mmしか長くない。
プラットフォームは「イグニス」や「ソリオ」と同じ新世代Aプラットフォーム。フレーム同士を滑らかに結合して軽量化と剛性の両立を図った(写真:スズキ)
ただし、実際にイグニスとクロスビーを見比べてみると、実用的な印象のイグニスに対して、遊び心満載という感じのクロスビーではかなり受ける印象が異なる。また、全高がイグニスの1595mmに対してクロスビーは1705mmと10cm以上も高いから、ボディサイズはかなり大きく感じる。動力性能の面でも、1.2Lの自然吸気エンジンを搭載するイグニスに対して、1.0Lターボエンジンを積むクロスビーは明らかに力強い。これに伴って価格帯も、イグニスは約140万~190万円とクロスビーより1クラス下だ。逆にいえば、明確な差別化をするために、イグニスとクロスビーでは違う搭載エンジンを選んだということはあるだろう。
大型高級車並みの後席スペース
実際に室内に乗り込んでみても両車種の明確な違いを感じる。全長は確かに60mmしか違わないのだが、クロスビーはフロントもリアもかなりウインドーの立ったデザインを採用しているので、室内はクロスビーのほうがかなり広く感じる。フロントウインドーが遠く感じる前席もさることながら、スライドとリクライニングが可能な後席は、後ろにずらすとかなりの足元スペースが出現し、とても全長4m以下のクルマに乗っている感じがしない。実際、クロスビーの室内長は2175mmとイグニスより155mmも長い。
そもそも最近の軽自動車は上級車顔負けのスペースを備えたクルマが多いのだが、その軽自動車のスペース効率向上技術を上級車種に持ち込んだのがクロスビーといえるだろう。スズキの説明によれば、後席を一番後ろにずらしたときの足元スペースは全長5mの高級車クラスに匹敵するという。外観は遊び心を感じさせるのに、実はスペース効率が非常に高いというのが、このクロスビーの最大の特徴になっている。
もちろん、後席を一番後ろまでずらすと荷室スペースはミニマムになってしまうが、荷物があるときには後席を前にずらせばゴルフバッグ1個を収納できるくらいのスペースは確保できる。荷物が多いときには後席を一番前にずらせばいいし、この場合でも膝がフロントシートに当たらない程度のスペースは残る。さらに2輪駆動車では、非常に深さのあるラゲッジアンダーボックスがあり、これを活用すると、例えばベビーカーなどを立てて収納できるので荷室スペースを有効活用できる。
2輪駆動仕様の荷室の床下には深いアンダーボックスがあり、ベビーカーを立てて収納できる。
静かな1.0Lターボエンジン
では走り出してみよう。まず感じるのは静かでスムーズな走りだ。イグニスの880~920kg(MZグレード)という軽量なボディに比べると、クロスビーは車体が大型化していることなどもあり、960~1000kg(MZグレード)と80kg重くなっている。だから軽快さという点ではイグニスのほうが上なのだが、イグニスの1.2L自然吸気エンジンの最高出力67kW、最大トルク118N・mに対して、クロスビーの1.0Lターボエンジンは73kW、150N・mで、特に最大トルクで差が大きい。それに、ターボが低回転域から効く設定なので、それほどアクセルを踏み込まなくても十分な加速が得られる。そのことが静かでスムーズな走りにつながっている。
排気量1.0Lの直噴ターボエンジン(写真:スズキ)
もう一つ、筆者が好感を持ったのは、このターボエンジンが日本の小型車に多いCVT(無段変速機)ではなく、6速自動変速機(6AT)と組み合わされていることだ。CVTは変速比を無段階で最適な値に切り替えられるので燃費を稼ぐという点では有利なのだが、加速のダイレクト感という点ではやはり通常のATに一歩譲る。さらにいえば、この1.0Lターボ+6ATという組み合わせは、すでに同社の上級車種である「バレーノ」でお目見え済みなのだが、クロスビーではこの1.0Lターボエンジンに、マイルドハイブリッドシステムを組み合わせているのが新しい。
スズキのマイルドハイブリッドシステムについてはイグニスを取り上げたこのコラムの第48回でもすでに紹介しているので詳細は繰り返さないが、出力2.3kWのモーター/発電機に、小型のリチウムイオン電池を組み合わせた非常に簡易なハイブリッドシステムだ。このシステムのメリットは、もちろん燃費向上にあるのだが、もう一つの重要な点は、アイドリングストップからのエンジン再始動が非常にスムーズなことだ。
通常のアイドリングストップシステムでは、エンジンを再始動するときに「キュルキュル」というような騒音がある。これはスターターの軸が突き出して、スターターの軸に付いたギアと、エンジンのクランク軸のギアが噛み合うときの騒音なのだが、スズキのマイルドハイブリッドシステムではスターターではなく、エンジンとゴムベルトでつながっているモーター/発電機で再始動するのでギアを噛み合わせる必要がなく、静かにエンジンを再始動できる。筆者はエンジン再始動の騒音がけっこう気になるので、この部分の評価ポイントは高い。
ただし、いくらか残念な点もあった。これまでに試乗したスズキの新世代プラットフォームを採用した車種は全般的に、車体剛性と足回りのバランスが良く、無理のない自然な走りが楽しめるのだが、今回のクロスビーは、このバランスの良さが若干スポイルされているように感じた。具体的には、足回りに対して車体剛性が若干負けているように思えた。
イグニスよりも車高が高くなっているので足回りを硬くする必要があるのは分かるが、その結果として、路面からの衝撃がサスペンションを介して車体に伝わる際の車体の振動がイグニスなどよりも大きい。クロスビーのプラットフォームはAセグメント用なのだが、より上級のBセグメント用プラットフォームを使うスイフトのほうがクロスビーよりも車両重量はむしろ軽い。クロスビーほどの車両重量を支えるためには、Aセグメント用のプラットフォームではやや力不足だったのかもしれない。
最後に燃費について触れておこう。今回の試乗コースは、スズキの試乗会でよく使われる幕張周辺の一般道だったのだが、交通の流れに沿った走行で燃費計の読みが18.9km/Lと非常に良好だった。ただし、ターボ車はアクセルを踏み込むと急激に悪化する特性がある。今回の試乗コースではアクセルを強く踏み込む場面はほとんどなかったが、ターボエンジンの高出力を楽しもうと思ったら、それなりの燃費悪化を覚悟する必要があるだろう。
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