エンジンに入る空気の量は、アクセルの踏み込み量などによって絶えず変化する。だから正確に測るのはそもそも難しいので、EGRによってエンジンに戻す排ガスの量は、多少余裕を持たせて多めにしてあるはずだ。これに対して今回のリコール対策では、NOx低減のためにエンジンに戻す排ガスの量を増やさなければならない。燃費や出力の低下を抑えるために、増やす量は最低限に抑えることを狙っているはずだ。1.6Lエンジンに追加するデバイスは、空気の流れを整えて、なるべく正確に空気の量を測り、その空気の量に見合う最低限の量の排ガスをエンジンに戻す狙いだろう。
EA189エンジンは2008年からVWグループの車種に搭載されているのだが、同エンジンを設計したころに比べると、シミュレーションの技術は格段に進化している。リコール対策で実施するソフトウエアの書き換えは、こうした技術も駆使しながら、エンジンに入る空気量の測定精度を向上させるように制御を進化させ、排ガス性能と、出力・燃費を両立できるセッティングを追求しているはずだ。実際、最新型車に積まれているEA189の次の世代のエンジン「EA288」は、不正ソフトを積まずに燃費、出力を向上させつつ排ガス規制をクリアしており、そのノウハウも生かされたはずだ。
米国では別の対策も必要?
いずれにせよ、ソフトウエアの書き換えだけならクルマ1台当たりのリコール費用は50ユーロ(1ユーロ=132円換算で6600円)以下、部品交換を伴う場合でも100ユーロ(同1万3200円)以下に抑えられると見られるので、対象台数が約850万台といわれる欧州でのリコール費用は、現在VWが特別損金として引き当てている65億ユーロ(同8580億円)で足りるだろう。
ただし、今回の事件の震源地となった米国では、同様な対策では済まないはずだ。欧州で、ソフトウエアの書き換えや、簡単なデバイスの追加だけで対応が可能だったのは、欧州におけるディーゼル車の排ガス規制値が、米国に比べて緩いことが背景にある。測定方法に違いがあるので厳密な横並びの比較はできないのだが、米国のディーゼル排ガス規制値は、NOxの排出量を欧州規制値の半分近くに抑えることを求めている。従って、米国でのリコールに対しては、欧州のようにソフトウエアの改良だけでは済まないのではないかと筆者は思っている。
既にVWは2015年11月20日に、EPA(米環境保護局)とCARB(カリフォルニア州大気資源局)にリコールの内容を申請しており、本来なら2015年12月にこの内容を認可するかどうか決定するはずだった。しかしこの決定は、2016年の1月中旬まで延期されており、VWがどのようなリコール内容を申請しているのかは、現時点でまだ明らかになっていない。古いリコール対象の車種ではソフトウエアだけでなく、ハードウエア面での改良が必要になるとの報道もある。
ただ、米国でのリコール対象車の数は48万2000台と、欧州に比べれば格段に少ない。仮にこのすべての台数がハードウエアの変更まで伴うリコールとなり、1台当たりのリコール費用が、欧州の約10倍の1000ユーロ(1ユーロ=132円換算で13万2000円)としても、リコール費用は636億円で済む。米国ではほかに、3.0Lのディーゼルエンジン搭載車約8万5000台についても不正があったとされているが、こちらの対策にはそれほど費用はかからないで済む模様だ。
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