今回、ロフトワークの林千晶さんにご紹介頂くスマイルズの遠山正道さんには、僕が以前担当していたラジオ番組にゲストとして来て頂いたことがあります。その時にまず驚いたのが、彼の服装でした。経営者というよりアーティストといった出で立ちの遠山さんは、華やかな人たちが多いラジオ局でも全く違和感を感じさせなかったことを思い出します。
大げさなようですが服装ひとつにそんなに驚いた理由の一つは、遠山さんのご経歴にあります。彼は大手商社でキャリアをスタートし、社内ベンチャーとして立ち上げた会社は大成功。そんなビジネス界の「王道」とも言えるキャリアを歩んで来た方のイメージは、もう少し堅苦しいものだろうと思っていたのです。
けれど遠山さんはベンチャーの成功をもって、将来を約束されていたであろう商社を後にして独立します。そして今では、本文にも出てくる「PASS THE BATON」というビジネスをはじめ、例えて言うなら「世の中の体温を上げる」ような活動を展開しています。その姿を見ると、きっと「仕事やビジネスはかくあるべし」といったような固定概念ではなく、仕事に対してとても自由な心持ちの人なのだろうと思えます。
そのキャリアを通じて常に消費者と対峙して来た遠山さんですが、今彼が実現しようとしている、モノを通じ、そのぬくもりや物語を共有することで人がつながって行くという社会のあり方は、彼が身を置いて来た消費社会とは対極にあります。この、消費社会を見て来た遠山さんならではの発想の転換が、僕にはとても興味深く思えます。そして、ビジネスの世界で成功して来た彼ならでは、仕組みの作り方がとても上手い。
事業経営者としても数々の成功を収め、自由な発想で社会事業を考える。社会事業分野で、遠山さんのような経歴の方はほとんどいないのではないかと思います。そして彼はブレークスルーをおこし、日本の社会事業を新たな高みに引き上げてくれるのではないか。僕はそんな気がします。
(小暮真久=TABLE FOR TWO International代表)
株式会社スマイルズの遠山正道さんほど、ユニークな実業家はいないと思う。彼の人脈は、驚くほど広い。社会に出たばかりの若者、熟練のビジネスパーソン、一流のクリエイター、行政関係者、地域の仲間──。その多彩な人脈を支えているのが、彼のあふれるような人間的魅力だ。
自然に化学反応を起こす力
遠山さんとの出会いは、2009年にさかのぼる。私、林千晶が代表を務める会社、ロフトワークが携わった「Roooots 瀬戸内の名産品リデザインプロジェクト」の審査員に彼をお招きしたのが最初のご縁だった。
「Roooots」は、瀬戸内の名産品の新しいデザインを世界中のクリエイターとともにつくっていくプロジェクトで、その取り組みによって地元の産業を活性化させることが目的だった。遠山さんは、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」や、ネクタイブランド「giraffe」など、これまでいくつもの魅力的な事業を立ち上げて、成功させてきた人である。そんな遠山さんと一緒に仕事ができるのを、私は心から楽しみにしていた。
ロフトワークが運営するクリエイターポータルサイト「loftwork.com」には、国内外のクリエイターが数多く登録している。そこでデザインを公募し、優れたものを選ぶというのが「Roooots」の仕組みだった。審査の過程で遠山さんがこんなことを言ってくださったのをよく憶えている。
「インターネットは、人を集めたりつなげたりすることには優れているけれど、ビジネスとして成立するレベルのデザインを生み出すのは難しいと正直思っていた。でも、実際に集まったデザイン案を見て、それが間違いであることがわかった。不特定多数の人とコラボレーションする醍醐味を初めて味わうことができた」
日常的にトップレベルのクリエイターと仕事をしている遠山さんが、「公募という仕組みで質の高いデザインを実現することができるのか」と考えたのは当然だろう。この取り組みが産業活性化を目的としている以上、事業として継続できるようなクリエイティブの質を確保することが必要であると考えたのもよく理解できる。遠山さんのビジネスに対する姿勢は、とても厳しく、真摯だ。その遠山さんが、私たちがつくった仕組みを認めてくれた。それがとてもうれしかった。
「Roooots」の審査の過程でもうひとつ心に残っているのは、ほかの審査員が商品化の可能性を疑問視していたデザイン案を、遠山さんが強く推薦したことだ。
それは、キプロス島に住むデザイナーが考えた「瓦せんべい」のパッケージデザインだった。日本最古のひとつと言われる瓦せんべいの銘菓製造会社による伝統的なパッケージを、海外クリエイターらしい斬新な視点でデザインしたものだったが、「これをそのまま商品化しても売れないだろう」というのが多くの審査員の意見だった。しかし、遠山さんはこう言った。
「デザインをちょっと変えたくらいでは、伝統に負けてしまうでしょう。このくらいのインパクトや斬新さがないと、人は手に取らないんじゃないかな」。
そのひと言で議論の流れが変わり、最終的にデザインは採用された。製造会社の社長もその斬新すぎるデザインに当初は尻込みしたけれど、「うちにはこれくらいの変化が必要よ」という社長夫人のひと言で、商品化にもこぎつけた。新しい瓦せんべいは、2010年の瀬戸内国際芸術祭のオープニングイベントのギフトに選ばれ、華々しいデビューを果たした。
遠山さんが発するひと言には、「確かにそうだ」とその場にいる人たちを深く納得させる力がある。人柄の魅力や仕事の実績への信頼があるのは確かだけれど、実は理屈ではない部分が大きいと私は思っている。遠山さんがいると、その場に自然と化学反応が起きる。そのインパクトこそが、遠山さんと一緒に何かに取り組む一番の楽しさだ。
「自分が使いたいもの」を世に出していく
遠山さんは、数多くのビジネスを成功させてきた人だけれど、必ずしもメジャーなマーケットを狙って仕事をしているわけではない。彼が何かを判断する時に一番大切にしているのは、「自分が使いたいか」「本当に格好いいと思えるか」という視点なのだと私は思う。
例えば、ネクタイブランド「giraffe」を展開するとき、遠山さんは市場を分析して「これまでの動向から見ると、次に来そうなのはこんなネクタイだろう」というような発想でビジネスはしていないように思う。シンプルに「もっと格好いいネクタイがあってもいい。これなら自分も着けたい」、そんなメッセージが商品から伝わってくる。どんなことでも、まずは自分ごととして考える。そんな彼の姿勢に、私は若者のような勢いのよさと瑞々しさを感じる。それがビジネスの成功に結びついているのが、彼のすごいところだ。
「Roooots」が終わった後、私は遠山さんと一緒に、「1万人のクリエイターミーツ PASS THE BATON」という企画に取り組んだ。「1万人のクリエイター」はロフトワークがもつクリエイターネットワーク、「PASS THE BATON」は遠山さんが経営するセレクトリサイクルショップの名前だ。その両者によるコラボレーションの試みだった。
それまで遠山さんは、トップクラスのアートディレクターを集めた少数先鋭のチームで素晴らしい仕事をいくつも実現していた。しかし、インターネットでもっとオープンにアイデアを募れば、これまでとは違った何かが生まれるのではないか。そんなビジョンを遠山さんと共有してスタートした企画だった。
通常は捨てられてしまう産業廃棄物や、B級品として廉価で取引される商品をデザインやアイデアの力でよみがえらせる。それがこのプロジェクトの狙いだった。肌着素材の端切れ、使用済みの化粧品の瓶、眼鏡フレームの端材、型崩れしたお菓子──。そんな「使えないと思われていた素材」を新しい製品にしたり、新しいパッケージデザインで商品化したりすることを私たちは目指した。
一種のリサイクルの取り組みだが、一般にリサイクル商品は、通常の商品よりも価値が下がる。しかし、優れたデザインやアイデアという新しい要素を付与することで、その商品の価値を上げることができるはずだと私たちは考えた。いわば、商品を「アップサイクル」すること。それが私たちの目標だった。誰かが新たに手を加えることによって生まれる新たな価値があるはず、と。
私たちは、デザイン案をネットで公募し、クリエイターを選定し、ワークショップを開催しながら、商品をつくるプロジェクトを進めた。その過程で印象的だったのは、遠山さんが商品化へのプロセスにすごく丁寧に、時間をかけて向き合うことだ。自ら手を動かしてデザインのいろいろな可能性を探り、場合によってはクリエイターに大幅なデザイン変更を依頼することも辞さない。商品として世に出す以上、中途半端なものはつくりたくない──。それが遠山さんの信念だった。
遠山さん自身「これまでやったことのないやり方だったから楽しかった」というこのプロジェクトから4つの商品が生まれ、展覧会も開催して、商品を完売することができた。廃棄されるはずだったものを、クリエイティブの力でよみがえらせ、新しい価値を生み出す。その試みは成功したと言っていいと思う。
これまでになかった地域活動を
既存のものに新しい価値を加えること。それが遠山さんの一貫したスタンスだが、そのスタンスはビジネスの中だけのことではない。例えば彼は、私も設立メンバーとして参加させてもらっている「代官山ロータリークラブ」の会長を務めている。これは、2014年に遠山さんの呼びかけによって設立された地域コミュニティだ。
ロータリークラブの存在を知っている人は少なくないと思う。でも若い人の多くは、「時間とお金に余裕のある年配の方たちが集まって何かをしている団体」くらいの印象しかもっていないのではないだろうか。ロータリークラブの歴史は、実は国連よりも古く、世界各地で「地域における社会奉仕」をミッションとして活動している。「代官山ロータリークラブ」もそのうちの一つだが、ちょっと変わっているのは、メンバーのほとんどがクリエイティブに関わる仕事をしていることだ。平均年齢も若く、人数も22名と非常に少ない。ロータリーの規定による最少人数が20名だから、それをぎりぎり満たすくらいの規模である。
ロータリークラブには、定例会の出席率が5割を切ると解散しなければならないという規定がある。だから、どれだけ仕事が忙しくても、時間をやりくりして定例会に参加しなければならない。しかも、メンバーには活動資金を出資する義務もある。つまりロータリークラブは、一般的なボランティア団体よりも、メンバーの負担がはるかに大きいのである。その活動に私たちが喜んで参加しているのは、遠山さんがこの団体を引っ張っているからだ。
遠山さんがやろうとしているのは、ロータリーの基本ルールを守り、世界を動かしているロータリーの強さを学びながら、同時にこれまでになかった新しいロータリーの形をつくることだ。例えば、メンバー間の情報共有にはLINEを使い、気軽なコミュニケーションを大切にしていたり、異なるクリエイティブ分野で活躍する人同士がアイデアを出して何かを生み出したり。
「仕事とは関係なく、一生続けていけるような集まりにしよう。そして、自分たちらしいやり方で地域や社会に貢献しよう」。そんなふうに彼に言われると、ついつい応じたくなる。彼の企みなら乗ってみよう、きっと楽しいに違いない、夢中になれるに違いない──。そう思わせる不思議な力が、遠山さんにはある。
これは私の一方的な願望だけれど、遠山さんには、ロータリークラブをきっかけに、もっと地域の活動に参画していってほしいと思う。例えば、彼のような人が地方自治体の行政に加わったら、きっと楽しいことが実現するのではないだろうか。
あるいは、学校の校長先生になるのも面白いと思う。きっと遠山さんなら、地域を巻き込みながら、学校発の新しいビジネスも生み出すことができるのではないだろうか。例えば、地域で物と物を交換するイベントを始めて、それを産学連携のビジネスに発展させていくような。そんな取り組みを小学生や中学生と一緒にやることができたら、何て素晴らしいだろう。
「生きることを楽しむ」というシンプルな原則
遠山さんは2013年に「100本のスプーン」というファミリーレストランの事業を始めた。これまでの「ファミレス」の常識を覆すようなとても素敵な内装のお店で、メニューにも遠山さんならではのいろいろな工夫が凝らされている。現在の店舗は3つ。これからもどんどん店舗が増えていきそうだ。
遠山さんはこれまで、いわばニッチリーダーだったように思う。ほかの人が目をつけないようなところに着目して、そこでビジネスを成功させる才人。でもこれからの遠山さんは、そのニッチでクリエイティブなセンスを保ったまま、日本経済にインパクトをもたらすメジャーの領域で一層活躍する経営者になっていくのだと思う。文化の力が経済を動かす。遠山さんのこれからの活躍が楽しみで仕方がない。
仕事をすること、生きることの根底には、「わくわくするような楽しさ」や「格好よさ」がないといけないと私は思っている。それをまさしく体現しているのが遠山さんだ。彼がやっていることは、どれもこれもとてもユニーク。そしてその根底にあるのは「生きることを楽しむ」というシンプルな原則だ。私たちみんなが、それぞれの現場で、それを自分の原則とすることができれば、この世の中は今よりももっと住みやすくて、もっと思いやりにあふれた場所になるのではないだろうか。
「本当に楽しい生き方って、何?」という問いに、私たち一人ひとりが素直に向き合わなければならない──。それが、私が遠山さんから教えてもらった、一番大切なことだと思う。
林千晶・ロフトワーク代表
遠山正道(とおやま まさみち)氏
スマイルズ社長。1962年東京生まれ。三菱商事株式会社初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立。2008年2月MBOにて100%株式を取得。Soup Stock Tokyo、ネクタイブランドgiraffe、新しいセレクトリサイクルショップPASS THE BATONの企画・運営を行う。
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