社会保障制度、企業の扶養手当が従来通りなら就業調整は続く

 ところで、「103万円の壁」「130万円の壁」について、その意味を正確に把握しているパート主婦は意外と少ない。

 「103万円の壁」は、家計に響くという点で3つの意味がある。ひとつは、これを超えると所得税がかかること。二つ目は、妻が103万円を超えて働くと、夫が年間38万円の「配偶者控除」が受けられなくなること(ただし妻の年収141万円まで、緩和措置として「配偶者特別控除」がある)。三つ目は、多くの企業で妻の年収103万円未満を条件に、夫の勤務先が「配偶者手当」(家族手当、扶養手当という場合もあり)を出していることだ。

 この「配偶者控除」は、現在見直しの方針が出されている。専業主婦世帯優遇を見直して、替わりに共働き世帯の負担も軽くする「夫婦控除」を導入しようというものだ。早ければ2018年1月から新制度になる見込みだ。

 次に「130万円の壁」。これを超えると年金や健康保険など社会保険料の負担が生じる。いわゆる公的年金の「第三号被保険者」から外れることになる。

 では103万円、130万円のボーダーラインで「電卓を叩きながら、もっと働こうと思えば働けるものの就業時間を制限する」既婚女性は、どれだけいるのだろう。

 平成23年に厚生労働省が行った「パートタイム労働者総合実態調査」(個人調査、回答者約1万人)を見ると、配偶者がいる女性パートでは、約2割の人が「就業調整」をしている。その理由は、「103万円を超えると所得税を払わないといけない」が6割強、「130万円を超えると保険料を払わないといけない」が約半数。103万円を超えると夫の「配偶者控除がなくなる」ことを気にする人が4割弱。夫の勤務先の「配偶者手当がもらえなくなる」という人も2割いる。

 2016年10月からは、社会保険の適用枠が拡大され、従業員数501人以上の企業、週20時間以上の勤務、年収106万円以上――といった条件を満たすと保険料負担が生じることになる。そもそも第三号ではない未婚のパート社員などは、社会保険料が労使折半となり負担が軽減するので歓迎だろう。しかし既婚女性のパート社員の中には、これまで通りの働き方だと社会保険料を負担しなくてはいけないと眉をひそめる人も出てきている。パート従業員を多く抱える小売り業などでは、企業の社会保険料負担も重くなる。

 イトーヨーカ堂によると、会社としては「社会保険料の負担が増しても対応する」とするものの、パート従業員の大半は「社会保険料を自己負担しなくてすむよう、就業時間を短くしたい」と希望しているという。「配偶者の勤務先の扶養手当、また(社会保険料の負担免除の)社会保障制度が変わらない限り、就業調整は続く」と同社はみている。

 社会保険料の対象枠が106万円以上に広がることで新たに社会保険に加入するのは20万人ほどとされ、約1600万人のパート労働者の1%強に過ぎないという試算もある。しかし、わずか1%であっても社会保険料を自己負担する層を拡大する方向性を示したことには意味がある。

103万円に収めるパート主婦は「貧困の罠」に陥っている!?

 「103万円の壁」「130万円の壁」(10月からは「106万円の壁」も生まれる)は、多くの既婚女性を低収入のパートに留める「パートの壁」とも呼ばれる。これは「既婚女性に対する『ディスインセンティブ(就業意欲の喪失)効果』をもたらす」と、ジェンダーを経済学で研究する労働経済学者の石塚浩美氏は指摘する。つまり、「103万円、130万円以上働くと損をしますよ」と、女性を専業主婦やパートに誘導する制度なのだ。

 さらに石塚教授は、「貧困の罠」という言葉で、パートの壁を説明する。多くの既婚女性は家庭での家事育児の時間が長く、そのため職場で働く時間が制限されてしまう。国からは「パートの壁」の制度により、専業主婦やパートというライフスタイルに誘導される。結果として個人単位でみると低収入にとどまり「貧困の罠」に陥っているのに、夫婦単位でみると隠れているというのだ。

 実はもうひとつ、主婦のパート労働には見えない罠がある。パート主婦が就業調整をすることは、低収入での就業を続けることとなり、これがパート全体の時給相場を引き下げる要因となっているのだ。結果的に、パート収入のみで生計を立てる人の家計を脅かすことにつながっている。

 前出の平成23年「パートタイム労働者総合実態調査」によると、「主に自分の収入で暮らしている」と答えた男性は61.4%。女性の場合は15.9%に留まるものの、配偶者がいない女性で見ると51.0%に上る。既婚女性パートの「就業調整」が、独身女性パート、また男性パートの生活困窮の遠因となっていることがうかがえる。