収益性低い宮島観光、人口減少・空き家増加も課題

(写真左)弥山展望台3階の遮るものがない360°の視界。(右)2階は天井がスクリーンのようになって日差しを遮り、明るい外の景色、瀬戸内海に浮かぶ島々が借景のよう

 過去最高の観光客数を記録しながらも宮島観光は多くの課題を抱えています。宮島の来島者数は2001年の241万人から2015年には402万人へ、15年で161万人増加しましたが、一方で宿泊客数は1989年の52.8万人から2012年は36.9万人へ、この23年で3割減少しました。宮島観光の収益性は極めて低く、一人当たりの観光消費額は2007年の4962円から2014年は3733円へ、7年で1229円(24.7%)減少。県内の他の観光地と比較すると、2014年1位の広島市は1万5676円、2位の大崎上島町(島旅が人気)が7521円、3位の呉市(大和ミュージアムなど旧海軍ゆかり観光)が6061円、4位の鞆の浦(福山市、崖の上のポニョの舞台といわれる)5080円に大きく水をあけられています。

 消費額に影響する宿泊客の割合は宮島6.9%に対し、呉市9.2%、鞆の浦12.1%、大崎上島町61.6%。福山市と呉市は広島市に次ぐ県内2,3位の都市で、呉市の場合ビジネス客の比率も高いと見られますが、大崎上島町と鞆の浦に関しては大半は観光客と考えられます。この差は何に起因しているのでしょうか。

 一つは、宮島が誰もが知るメジャーな観光地であり、確立された観光イメージを有し、ブランド化されていることにあります。そのイメージは強大であるがゆえに、新機軸を打ち出し、旧来モデルを刷新するのは容易ではありません。しかも観光客数が過去最高を更新している今、地域は現状変更に消極的です。

 実際、滞在時間の延長を宮島の観光事業者が真剣に考え、望んでいるようには見えません。 宮島の大鳥居のライトアップは1979年以前から、社殿のライトアップは1989年から行われていました。2006年には国の「地域資源∞全国展開プロジェクト」で「宮島及び宮島口地域を一体化した『夜の観光の魅力創造』による新たな観光資源開発事業」が採択。夜のアトラクション、ナイトツアーや夜間遊覧船の運航などにより、夜の宮島観光の魅力を創り新たな宮島をアピールし、リピート客の獲得や滞在時間の延長、宿泊の機会づくりを目指そうという取り組みも行われました。

 しかし、日没の時間になると商店街は一斉に店じまいを始め、ライトアップする頃には買い物はおろか食事ができる店もほとんどなくなります。筆者は2009年にも宮島の取材を行いましたが、宮島の夜は7年前と何一つ変わっていません。夜、食事ができる店を探して入ったら7年前と同じ店だったという笑い話付きです。

 もう一つの要因は、宮島の核心的な課題でもある宮島地域(旧宮島町)の人口減少問題です。宮島地域の人口は1965年(昭和40年)には4241人でしたが、廿日市市と合併した2005年には1944人まで減少しました。2016年4月1日現在1682人(877世帯) 、この数字は廿日市市の人口11万6947人(5万0485世帯)のわずか1.43%に過ぎません。年齢別では人口の45.1%を65歳以上が占め、今後も人口減少が予想されます。新たな観光やまちづくりの担い手不足は否めません。

 宮島の中心部では空き家問題も深刻になっています。市では宮島の中心部を国の重要伝統的建造物群保存地区にしたいとしていますが、対象地域にある約600軒の建物うち約130軒が空き家という現状で、宮島地域だけでできることには限りがあります。

 一方、廿日市市では宮島の玄関口である宮島口の魅力を高める「宮島まちづくり国際コンペ」や、観光客受け入れの環境整備のための「入島税」導入の検討、県では宮島口の渋滞対策など宮島口ではダイナミックな取り組みも見られるものの、宮島における弥山などの観光資源を生かした新たな観光づくりはほぼ手つかずのまま。平成の大合併後、各地で見られる微妙な地域のパワーバランスや見えない軋轢、ビジョンの違いや合意形成の難しさなども透けて見えます。

 しかし、今将来を見据えて目指すべきは、やはり弥山を一体とした「厳島」としての宮島観光ブランドの刷新であり、滞在時間の延長と宿泊率を高める観光の確立です。最終的には新たな担い手、観光やまちづくりのプレイヤーを招き、雇用と居住に繋げることが地方創生の戦略にもつながるはずです。