八戸市直営の書店「八戸ブックセンター」。売れ筋は置かず、独自テーマの選書が並ぶ。随所にゆっくり読書できるような配慮がされている
地域に書店が1軒もない「書店ゼロ自治体」は、自治体・行政区の2割強に上り、4年前より1割増加。書店の数も全国的に減少を続け、2000年比で4割強も減少しています。
そうした「本離れ」の中、本を核に地域活性化を進め、成果を上げているのが青森県八戸市。かつては中心市街地の通行量の減少率が全国一となったものの、文化観光交流の複合拠点「八戸ポータルミュージアムはっち」等の事業によって、中心市街地全体の通行量を31%増加させるなど先進的取り組みで成功を収めてきました。
そして2016年12月に市直営の「八戸ブックセンター」をオープン。開設1カ月で3万2986人が来館、2017年5月末までの来館者は当初目標を大きく超える10万人を突破し話題を呼びました。
八戸ブックセンターは、市長が政策公約に掲げる「本のまち八戸」の推進拠点。本に関する新たな公共サービスで市民の豊かな想像力や思考力をはぐくみ、文化の香り高い町を目指すと共に、中心市街地への開設で来街者の増加と回遊性の向上、中心市街地の活性化を狙います。
このブックセンターは普通の書店とは異なり、売れ筋の雑誌やベストセラー本は扱わず、小さな書店では扱いづらい専門書などを集めるセレクトブックストアです。本は販売もしますが、市民が新たな知と出合う場になるような様々な工夫やしかけが凝らされています。
さらに、ブックセンターを核としながら本に関する多様な事業を提供。自治体だけでなく市内の書店、全国で活躍するブックコーディネーターの協力も得て、施設の運営管理、選書や陳列、イベント・展示等企画、宣伝広報などを行っています。
随所にこだわりの選書やしかけ
「ジャズのまち」など地域に関連したテーマで本をセレクト
八戸ブックセンターは、既に500万人超の来館者を集めている観光交流施設「はっち」の正面、民間事業者が建設した地上4階建ての複合ビル「ガーデンテラス」の1階にあります。2018年には「はっち」との間に残る約1100平方メートルの敷地に、自然を感じられる全天候型の多目的広場も整備される予定です。
ブックセンターの運営の基本方針は(1)本を読む人を増やす(2)本を書く人を増やす(3)本でまちを盛り上げる。床面積は約315平方メートル、蔵書数は約8000冊で、規模としては決して大きくはありません。しかし選書や陳列には「知へのいざない」「人生について」など独特のテーマを掲げる棚のほか、市民公募や地域ゆかりの著名人などに依頼してセレクトした本が並ぶ「ひと棚」など、強いこだわりがあります。
読書スペースでは、本棚の真横にある椅子席に本や荷物、飲み物が置けるサイドテーブルが付いています。別のコーナーにはハンモック席、完全に一人になれる本に囲まれた木製のボックス席。たまに本棚の横に飛び出している丸いわっかは飲み物を置くホルダーです。気になる本を見つけた時は、手にしたカップをホルダーに預けて本に没頭できるという優れものです。
中でもレアなのは、八戸出身の作家・三浦哲郎が愛用していた特注の机のレプリカ「三浦哲郎文机」。展示スペースかと思いきや、ここで読書してもOKです。芥川賞受賞作「忍ぶ川」など、かつて三浦作品に親しんだファンには見逃せません。
本棚の間につるされたハンモック席。リラックスして本にふれ合える
本棚に設置されている飲み物用ホルダー。気になる本があったら飲み物を預け、フリーハンドになれる
市民作家に登録すると執筆部屋として利用できるカンヅメブース
ユニークなのが市民作家に提供される執筆スペースです。その名も「カンヅメブース」。冷暖房完備の執筆スペース2室は、八戸市民作家に登録すると利用可能。市民以外でも登録でき、現在は県外在住者を含め135人が登録しています。
ブックセンター内で販売するドリンクは青森県ゆかりのご当地ものが充実。弘前のカフェ「弘前成田専蔵珈琲」、八戸の地サイダー「みしまサイダー」や「青森ごぼう茶」、アルコールには奥入瀬ビールや下北ワインをラインナップ。
ほかにも、センターや市民が企画する読書会などイベントや交流を行う「読書会ルーム」、本に関する展示を行うギャラリーも備えます。作家や編集者を招いたトークイベントやワークショップなども定期的に開催します。
本に関するイベントはセンターの中だけに限りません。2017年9月には「はっちの一箱古本市」などと連携して関連イベントを展開。本好きが集まり、発見や交流をする場作りにつなげています。
親子を対象に本と親しむ機会を増やす
八戸市は青森県の東南部に位置し、人口は約23万人。青森市に次ぎ県内第2位の規模で、約63万人の商圏人口を有しています。
地方都市では書店がゼロというだけではなく、映画館のない町も増えています。流通面ではインターネットを通じて都市部と変わらないスピードで商品を手にすることが可能になり、都市部と地方の格差はほとんどありませんが、文化芸術など多様性を秘めた世界との出合いや体験の機会においては、以前からの格差がさらに広がっているように感じます。
そうした問題にも取り組もうとするのが今回の「本のまち八戸」の事業。ブックセンター開設という“ハード面”に加えて市民、特に子どもが本にふれ合う機会を提供する“ソフト面”の3つの事業にも力を入れています。
1つめは、生後90日から1歳未満の乳児を対象とした「ブックスタート事業」。乳児健診の際に、ボランティアによる絵本の読み聞かせを行い、参加者に絵本1冊と図書館の利用案内等が入ったブックスタートパックを渡します。絵本を介して赤ちゃんと保護者の心触れ合う時間を持つきっかけにしてもらおうという試みです。
2つめは「“読み聞かせ”キッズブック事業」。市内の書店で本を購入できる2000円分のクーポンを配布。幼児教育のスタート時点となる3歳児に対し、保護者が読み聞かせを行うきっかけを作るものです。この事業では総発行枚数7108枚のクーポンのうち78.5%が実際に利用され、アンケート調査では「読み聞かせの機会が増えた」が53.5%という結果が得られています。
3つめの事業は、小学生を対象にした「マイブック推進事業」。市内書店で本を購入できる「マイブッククーポン」を配布しています。保護者とともに書店に出かけ、子どもが自ら本を選んで購入する体験を通して、読書に親しむ環境づくりを狙ったもの。ブックセンターというハード面も加わって、市民が本に触れる機会、市内の書店や図書館に行く機会は着実に増え、町の賑わい創出にもつながりつつあります。
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