ヒラリー・クリントン氏は、2016年11月9日、ニューヨークのニューヨーカーホテルで米大統領選の敗北演説を行った。(写真:代表撮影/UPI/アフロ)
先日開票された米国大統領選挙は、ヒラリー・クリントン氏が優勢と報道された時期もありましたが、ふたを開けてみれば、ドナルド・トランプ氏の勝利に終わりました。
私はイリノイ州シカゴ郊外出身で、今でも交流ある友人からの情報を元に、この結果を予想していた一人です。とはいえ、同じ女性として、初の女性大統領の誕生を願っていたのも事実。クリントン氏の敗北は残念でなりません。今回は、クリントン氏がアメリカで置かれていた状況を読み解きながら、女性リーダーとして求められる、「多様な価値観を持つ人々との付き合い方」について考えてみたいと思います。
クリントン氏敗北を予想した3つの理由
クリントン氏の当選が難しいと予測していた理由は3つあります。
1つ目は、女性でもヒラリーが嫌いという人が少なくないことです。45歳以上のキャリア女性に人気があるクリントン氏ですが、20~30代の若い女性キャリア世代からは、「パワーウーマンの象徴のような彼女を好きになれない」「夫の力を借りてキャリアを築いてきたような人をロールモデルにはできない」と言われています。
2つ目は、米国は依然として白人男性社会で、女性が大統領になるのを望まない人が多いということ。黒人男性大統領の後に、女性が大統領になるとすると、女性に対するバイアス(偏見)が存在する以上、男性にとっても女性にとっても、そして、どんな人種に対しても完璧な存在でなければ、大統領になるのは難しいでしょう。長い選挙戦を迎える時点でクリントン氏以上に女性大統領に近かった人はいませんが、どこから見ても文句のつけようがないレベルではなかったことが、当選が難しいと予想していた理由の1つです。
3つ目は、都会と地方での温度差です。都会と地方の格差は深刻です。米国民の求める経済政策の変化に対して、クリントン陣営は建設的な政策を出さず、米国がどのように成長していくのかを描けませんでした。トランプ氏は、女性蔑視発言や移民排他発言を連発しながらも、法人税の大幅引き下げなど米経済を好景気へ導く施策を打ち出しています。男尊女卑や民族排他主義的な傾向は、米国にはもともとあるものと、多くの有権者は理解しています。そんなことよりも経済政策をどうするのか。経済政策に期待していた地方の有権者に対するクリントン陣営の読みの甘さが、地方票の伸びの悪さに繋がりました。
上記の3点いずれもが、自分と違う人たちの中で、どうリーダーシップを発揮するかを考える際に示唆を与えてくれるものです。
「男勝りに仕事をしてきた人は、女性の代表にはなりえない」
クリントン氏が敗北演説で、若い女性に未来を託しながら、「きっといつかガラスの天井を打ち破れる」と語ったことに、感動したという方も少なくないでしょう。敗北という辛い気持ちもすべて受け止めた上で、負けたからできることをする。クリントン氏らしいスピーチだと思い、私も胸を熱くしました。
しかし、このスピーチを聞いた若い友人は、「偉そうに説教ですか。落ちて当然ですよ」と語り出したのです。「男勝りに仕事をしてきた人は、女性の代表にはなりえない。このスピーチは『私はこんなにできるのよ』と誇示しているとしか思えない」と言うのです。
45歳以上の女性には人気があったクリントン氏ですが、負けた後であっても、若い世代とのギャップは埋められなかったということなのでしょう。友人の発言は、今までのクリントン氏の仕事のやり方だけでなく、発言も含めた彼女への評価なのです。
日本でも、男性化した働き方をしてきた男女雇用機会均等法世代と、プライベートも大事にしながら仕事をしようと模索している若い女性たちのギャップが問題になっています。「ロールモデルがいない」「あんな働き方をしてまで出世したくない」という若い女性からの声は、社内でもよく耳にします。
こうしたギャップに対処するには、「そんな発言をするなんて信じられない!」と切り捨てるのではなく、いろんな価値観を持った人や様々な境遇の人が社会・組織にいることを忘れず、お互いを理解しあい、お互いに共感できるポイントを増やしていくしかありません。
組織のリーダーシップ・ポジションについている女性は、クリントン氏への若い女性の想いは、自分に対する若い女性社員からの想いと重なるところがあると理解する必要があるでしょう。
自らの中にある偏見をSEEDSモデルで知ろう
Diversity and Inclusion(ダイバーシティ&インクルージョン)が重視される社会にも関わらず、なぜ、現実社会においてはなかなか浸透しないのでしょうか。それは、バイアスが影響しているからです。
特に、女性リーダーに対しては、リーダーへの期待と女性への期待という2つの相反する期待やバイアスがかかるため、振る舞い方がより一層難しいと言われています。女性リーダーへ対するバイアスについては、「ヒラリー候補は本当に傲慢でリーダーに不適格?」でも書いていますので、ご興味のある方はそちらもご一読ください。
バイアスによる影響にうまく対処するには、どういうバイアスがあるのかを理解する必要があります。その理解のためには、NeuroLeadership Instituteが提唱するSEEDSモデルが有効です。
SEEDSモデルは、意思決定の際に起きるバイアスとその対策について次のように定義しています。
●Similarity(類似性バイアス)
・他者を評価する際、自分と似ている人(民族、宗教、社会経済的地位、職業など)をより高く評価する傾向のことを言います。
・類似性のバイアスを緩和するには、異なるように見える人との共通点を見つけることが有効です。共有する目標、価値観、経験、嗜好にフォーカスし、バイアスがかかりやすい性別や出身校、所属企業等の属性情報を頭の中から削除することです。
●Expedience(便宜性バイアス)
・複雑な計算や分析から結論を導き出さず、急いで意思決定をしようとする際に起きやすいもので、自分にとって正しく感じられることかどうか、相手がその結論に合意しそうかで判断する傾向のことを言います。
・便宜性のバイアスを緩和するには、締切を緩めて選択肢を検討する時間を増やしたり、問題をコンポーネントに分解することで、問題の複雑性を簡素化したり、より多くの人を巻き込み外部からの意見を得ることや、意思決定をする前に強制的な冷却期間を置くなどのやり方があります。何か大きな事を決める前に、30分の散歩をしたり、15分のお茶をするなど、自分なりの冷却期間を置く手段を持つことが有効です。
●Experience(経験バイアス)
・自分が見たこと、経験したことが正しいと思い込むことです。
・一緒に働く人の間で誤解を生む要因となります。物事を異なった視点で見る人を間違っている、嘘をついていると思うようになる場合もあります。間違っている人であるという偏見を持っていると、相手を納得させるのが非常に難しくなります。他人に影響を与えたり、アイディアを売り込んだりするときによく見られるバイアスです。
・経験バイアスは、チームやプロジェクトに所属していない人から定期的に意見を求めるなど、他人の目を通すことでその有無を判断できます。
●Distance(距離バイアス)
・時間的、距離的に近い場所で起きた出来事に、無意識に大きく影響されることです。
・例えば、アフリカで起きている暴動よりも、日本国内で起きた災害に心がざわつき、寄付をするという決断をするケースはこのバイアスに起因しています。
・本来、ビジネスを拡大すべき領域にも関わらず、地理的に遠いという理由でビジネスプランの中で過小に計画されたりします。
・このバイアスへの対処は、「時間的、距離的バイアスがかかっていないか?」という観点で、意思決定を評価することです。
●Safety(安全性バイアス)
・正の情報よりも負の情報がより顕著に動機づけられる傾向のことを言います。取引や投資の検討をするときに、潜在的な利益機会よりも、損失の可能性を強く認識してしまうことなどがその例です。
・安全性バイアスは、リスクやリターンの確率、金・時間・人などのリソース配分に関する決定に影響を与えるため、財務上の意思決定や投資判断、リソース配分、戦略策定や実行に影響を及ぼします。例えば、すでに投資されているリソースのために、既存のビジネスと競争する新しいイノベーションに投資しないという判断をした場合は、安全性バイアスが働いています。
・安全性バイアスの対処法は、意思決定をする際に、自分の組織のためではなく、まったく知らない組織に対して同じ意思決定を行うか? と自問自答することです。客観性を持つことで、バイアスによる不適切な意思決定を軽減できます。
SEEDSモデルを活用すれば、結果は違ったかもしれない
バイアスを完全に取り除くことは、現実的には不可能でしょう。ただ、それだけに、SEEDSモデルを参考にバイアスを緩和するための対策を講じておくことが不可欠です。
例えば、クリントン氏が受けた若い女性たちからの反発は、類似性バイアスを念頭に対応を検討していれば、結果は変わっていたかもしれません。クリントン氏の「私はクッキーを焼くような女ではない」宣言が、家庭的なことも大切にしたいと思う人を敵に回してしまった可能性があります。クリントン氏は、このように受け止められる可能性があることを事前に想定し、公の場での発言を断定的なものにしないことを考えるべきだったでしょう。
そのほか、経験バイアスを検討していれば、シングルマザーや地方の人たちがどのような生活をし、何を政府に求めているのか。自分や自分と同類の人たちの経験だけでなく、幅広くヒアリングし、政策に反映することも可能だったのではと思います。
クリントン氏の選挙結果から学べることは、自分と同じ価値観を持った人たちばかりと付き合うのではなく、仕事や日常生活の中で多様な人たちと付き合うことを意識することが、女性リーダーとして成長していく上で不可欠ということです。多様な人をリードしていくには、相手はどういう価値観なのか、何を大事にしているのか、それを踏みにじらないように配慮することもリーダーに求められる資質です。
多様性の中に身を置かなければ、多様性は理解できません。人と違うことのメリットもデメリットも感じない。だから、同じ考えの人たちの中に交わるのではなく、あえて、違う人たちとも交流する必要があるのです。
あなたは、自分と異なる価値観の人たちと積極的に関わろうとしていますか?自分の中にあるバイアスを見つけるために、SEEDSモデルを使って分析してみてください。
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