米国大統領選の民主党候補として正式指名を受けたヒラリー・クリントン氏(写真:ロイター/アフロ)
2016年7月26日、米民主党が全国党大会でヒラリー・クリントン氏を11月の大統領選の党候補に正式指名したことは、オバマ大統領が語ったように「ガラスの天井を突き破る」かもしれない歴史的な一歩です。
しかし、米大統領選では、ヒラリー・クリントン氏が傲慢に見えることや感情的でリーダーには不適切だと批判する声や、もし大統領になったとしても、国民の支持がない弱い大統領になるだろうという記事が、連日新聞やネットを賑わせています。
本当に、ヒラリー・クリントン氏は傲慢で感情的でリーダーにふさわしくない人物なのでしょうか?
男性的にふるまう女性リーダーに対して反発が起きやすい
私は2008年にGE(General Electric)インターナショナルの戦略・事業開発本部長に就任した際、GEのCEOであるジェフ・イメルトさんのエグゼクティブ・コーチからいくつかの論文や新聞記事を渡されました。その中にあったある調査を基に、女性が男性リーダーのように振る舞うことの危険性について説明を受け、「成功している女性エグゼクティブは、男性的資質と女性的資質をうまくミックスさせている」と教えられました。
この分野の研究はさらに進み、米ラトガース大学のランドマン教授らが2012年に論文にまとめています(1)。私は2009年に、ランドマン教授らの研究に参加したことで詳しい内容を知り、組織内での動き方を考えるのに重要な気付きを得ました。
この論文では、「男性が上、女性は下という暗黙の『性的地位』が我々の中にはあり、それと食い違う行為を行う女性は反発を受ける」ことを検証しています。特に興味深いポイントは、1)男性と女性の望ましい・望ましくない特性が異なること、2)社会的上位者に求められる特性が、男性に求められる特性と近いことの2点です。
1)男性と女性の望ましい・望ましくない特性が異なる
論文では、「男性にとっては望ましいが、女性にはそうではない」特性として、「キャリア志向、リーダーシップ能力、好戦的、自己主張が強い、自立している」などが挙げられています。また一方で、「女性にとって望ましいが、男性にはそうではない」特性は、「感情的、優しい、子どもへの関心、周囲への気遣い、いい聞き役」などが挙げられています。
2)社会的上位者に求められる特性が、男性に求められる特性と近い
リーダーなどの社会的に上位者に求められる特性が、男性に求められる特性と近いことも、リーダーシップポジションに就く女性は知っておいたほうがよいでしょう。「ビジネスセンス、高い自尊心、キャリア志向」などが社会的地位の高い人が持っている特性だと考えられています。それらは男性に求められる特性にすべて入っています。
(1)Laurie A. Rudman, Corinne A. Moss-Racusin, Julie E. Phelan, Sanne Nauts, “Status incongruity and backlash effects: Defending the gender hierarchy motivates prejudice against female leader”, Journal of Experimental Social Psychology, Vol.48, No.1, January 2012, pp.165-179.
大きな相槌だけでも「傲慢」「偉そう」
このように、社会には「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」「男性はこうあるべきでない」「女性はこうあるべきでない」という暗黙のルールがあります。
好戦的な対応力でリーダーシップを発揮したのは、元東京都知事の石原慎太郎さんです。彼は多くの人が、強いリーダー像を思い浮かべる人物であり、男性である石原さんが「好戦的」な特性を持っていてもマイナスに評価する人は少ないでしょう。
しかし、女性リーダーが、「男性にとっては望ましいが、女性にはそうではない特性」を男性リーダーと同じように発揮してしまうと、傲慢だとか、横柄だと言われてしまうことがあるのです。時に、反発が起こるだけでなく、時にルールを破った人として、批判の対象となってしまいます。
ある日本のニュース番組で、ヒラリー・クリントン氏が大きく相槌を打ちながら話を聞いていたのを「傲慢だ」「偉そうだ」と批評した方がいましたが、これが男性であれば何も言われなかったでしょう。クリントン氏にしてみれば、「本当にそうだと思ったからうなずいただけ」だったと思います。
残念なことに、ドイツのメルケル首相、イギリスのメイ首相、IMFのラガルド専務理事、FRBのイエレン議長をはじめ、世界の主要国や国際組織を女性が率いていく時代になっても、このようなステレオタイプの見方は根強く残っているのです。
では、女性リーダーは、どのようにリーダーシップを発揮していけばよいのでしょうか。
女性リーダーとしてどう振る舞えばいいのか?
女性リーダーには、男性リーダーに期待される役割と女性に期待される役割の両方の特性が不可欠だと理解したものの、自分がどうやって振舞っていったらいいのか、当時の私は、非常に悩みました。
前述のエグゼクティブ・コーチからは、ペプシコのインドラ・ヌーイ氏が参考になると言われたのですが、メディアを調べてみてわかったことは、彼女がペプシコのお母さん的存在だということ。当時、私は社内のマネジメント層では最も年齢が若かったこともあり、「職場のお母さん像」を狙うには無理がありました。
そんな頃に、社内プロジェクトで、現在GEの副会長となったベス・コムストックさんと直接仕事をする機会に恵まれました。彼女から、トイレで一緒になった時に2回声をかけられてアドバイスをもらうことができたのです。
1回目は会議でほとんど発言ができなかった直後に「あまり気負わず、思うことがあれば発言した方がいい」というアドバイスを。2回目は、私のプレゼンテーションに対して、「アジア人の女性がここまで積極的にプレゼンをすると、ダイバーシティーが進んでいるGEでも、女性なのに自信がありすぎると思われてしまう」というアドバイスをもらいました。
このとき同時に、「私のスピーチは出席者によって変えているので、よかったら研究してみて」と教えてもらいました。その後よく見ていると、内容は変えていないものの、枕詞を変えたり、言い回しを工夫したりしているのがわかったのです。
「お母さん」的存在でなくても大丈夫
ちょっと年上のお姉さん的な存在であった彼女から具体的なアドバイスをもらえたことが、私にはとても嬉しかったです。そして、彼女を見ることで多くの学びを得ました。彼女は男女関係なく、自分が苦労したことをヒントとして、お説教ではなく、建設的なアドバイスとして提供していたのです。
上記のラドマン教授らが調査した、女性として持っているのが望ましい特性「周囲への気遣いが細やか」で「手助けを惜しまない」ところが、彼女が周囲から評価される点なのでしょう。お母さん的手法でなくても、女性に求められる特性をリーダーとして出す方法があることを教えて貰ったプロジェクトとなりました。
その後、いろいろとテストしてみたところ、昇進するまでは女性がリーダーとして足りないと思われている特性(自信や戦略性など)は、足りないと思われないように、普段よりも120%出す必要がありますが、昇進したら、その表現を80%程度にすると、批判を避けやすくなります。
上記は自分のことを知っている人たちの中で仕事をするケースですが、自分のことを知らない人たちの中で働く場合は、社内での表現の半分以下のレベルまで下げることを心がけるとよいでしょう。また、発言の中身は変えなくても、枕詞を多用することで、「印象」をコントロールすることはある程度できます。
自分の意見を言う時には、必ず「……と思っています」「いろいろなご意見もあると思いますが……」などの言葉を入れます。キャリア女性が使うとマイナスと言われている表現方法ですが、登用されるまではマイナスでも、登用されて周囲から反発され、潰されないためには使えるテクニックです。
自分がここまでやるのは嫌と思わない範囲で、女性に求められる役割を果たすことで、周囲、特に男性から無用な批判を受けないリーダーシップ・スタイルを築くことができるのです。
女性リーダーとしてのあり方をもっと学びたいなら
「日本には良い女性リーダーがいない」と言う人はとても多いのですが、本当にいないのでしょうか? 自分の心にバイアスがかかっていて、無意識に人を性的役割に合わせて評価してしまっていませんか?
同じように、クリントン氏についても、男性がそれをやったら傲慢に見えるのか? と自分に問いてみると、バイアスがかかった判断をしているかどうかがわかります。そして、あなたが女性なら、自分も同じように周囲から見られていることを意識してみましょう。
女性に求められているリーダーシップ・スタイルについてより学びたい人は、スイスのビジネススクール・IMDのトーゲル教授が書いた『女性が管理職になったら読む本』(日本経済新聞出版社刊)がおススメです。この本では、前述のランドマン教授らの論文をはじめ、女性管理職が知っておくべき、ノウハウが紹介されています。
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