上司に納得してもらえる資料が作れない──。こんな悩みを持つビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。女性活躍が声高に叫ばれるようになり、女性の間でも経営者層に向けた報告書を作る機会が増えるなど、資料作りはますます重要になっています。
昨年8月に、女性の採用・登用・能力開発等のための事業主行動計画の策定を義務付けた「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」が成立しました。この法律には、2003年に政府が掲げた「指導的地位に女性が占める割合を30%程度とすること(30%目標)」が再掲されています。それを受け、2003年から取り組んできた企業はもちろんのこと、来年の施行に向け、女性の管理職登用が加速しています。
そのような流れの中、能力・実績のある女性が、トレーニングや周囲のサポートをあまり得られないまま部長職・本部長職へ昇進するケースが出てきているようです。私は、彼女たちから日々様々な相談を受けていますが、近頃は来年度計画を作るというタイミングもあってか、経営者層に提出するマネジメントリポートに何を書いたらいいのかが分からないという相談が増えています。
・前任者からもらったリポートと同じ様に書いているが、これがいいのか分からない。気になるところはあるけれど、変える勇気がない。
・社長や役員の視点で書くことを勧められても、社長の視点が分からない。
・前任者からリポートを引き継げず、何を書くべきか悩んでいる。
こんな悩みを抱えているようですが、前任者から引き継げないのは言語道断。昇進をサポートした人たちが支援しなければ、孤立してしまうのに!と怒りすら湧いてきます。卑劣な意地悪に負けないで、社内外問わず周囲をどんどん巻き込みながらぜひとも成果を出してもらいたいと応援に熱が入ります。
また、社長や役員の視点で書くようにといった曖昧なアドバイスをもらっても、なかなか行動に移せないもの。もう少し具体的なアドバイスをしてもらいたいものです。周囲の問題もありますが、女性側は積極的に社内外に支援を求めることも必要でしょう(スポンサーの作り方の記事は、「自分を引き上げてくれる存在を見つける」を参照ください)。
マネジメントリポートには、1年間の計画に基づいて、毎月進ちょく状況を伝える月例報告書や、年間計画書、3~5年の中長期計画書、特別プロジェクトの報告書などいろいろなものがあります。今回は、多くの企業で一般的に見られる月例報告書をイメージしてご紹介します。
これらは内部資料として使われるものですので、IRなどで使われるような資料として外部に出ることはありません。外部で使われる可能性があるような資料は、例えば製薬業界であれば薬事法など、それぞれの業界の法令等に則った形で作成されるべきものですので、注意する点は異なってきます。今回は、社内でのみ使われる経営者層へ提出する報告書(マネジメントリポート)の書き方のティップスをご紹介します。
私は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)などグローバル企業に15年ほど在籍し、経営者層向けのリポートを書いたり、各部門のトップから代筆・添削相談を受けたりしてきました。相談件数が多い企業では、リポートのひな形や模範例、マニュアルを作成し、トレーニングしていたこともあります。女性だけではなく、男性も悩んでいたり、うまく書けていなかったりすることはよくあります。
マネジメントリポートを作成するときに私がいつも押さえているポイントが3つあります。(1)現状が一目で分かるものにすること、(2)必ず3つの視点を入れること、(3)経営陣にしてほしいことを明確にすること、です。
この3つに注意しながらマネジメントリポートを作成することによって、経営者層が納得してくれる可能性が高くなり、自分の評価アップにもつながります。次ページから詳しく見て行きましょう。
目的とKPIをはっきりさせる
3つのポイントに入る前に、前提として、目的とKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)がはっきりしていることが不可欠です。この指標を明確に設定せずに、単にリポートを書くという行為だけが継承されているケースをよく見かけます。まず、マネジメントリポートが、何のために使われているのか。目的を明確にする必要があります。例えば、オペレーション計画やリソース配分のような戦略的な決断を下すため、などです。
また、どういう人たちが、マネジメントリポートを読んでいるのかについても事前に確認しておく必要があります。読む人(たち)は、リポートで扱うトピックスについてよく知っているのか? 決定プロセスにおいてどういう権限を持った人たちが読むのか? などの事前知識が不可欠です。よく知っている人たちが読むのであれば、細かい説明は不要です。しかし、よく知らない人が読む場合は、専門用語などは避け、平易な表現を使う必要があります。
例えば、社長が技術畑出身ではない場合、技術用語を多用すると内容を理解してもらいにくくなります。今まできちんと説明したことがないまま「センサーとアクチュエータの要素技術開発が不可欠」と書かれていても、「一体何のことだ!?」と理解してもらえない可能性があります。この場合は、リポートの添付資料に専門用語を解説する1ページを付けたり、別の機会に説明したりするなどの工夫が必要です。
報告書を提出する行為が形骸化している、あるいは、どういう目的かはっきりしない場合は、マネジメントリポートは、自分の部門が現状どのような状況にあるのかを一目で分かるようにすることが大切です。その中で部門責任者として何をどうしようとしているのか、そのために経営層からどういう支援が必要かを伝えるツールと位置づけるといいでしょう。そして、リポートを提出しながら、上層部の意向を探り、リポートを修正していく必要があります。
目的や相手に応じてどう書くかを決めたら、自分の部門を評価するためのKPIを考えます。マネジメントの仕事の1つに評価測定がありますが、測定基準が無ければ、評価のしようがありません。自分が知るべきKPIと、社長をはじめとする上層部が必要とするKPIは同じ場合もありますが、異なるケースもあります。何をKPIにするかは、目的から決めるのが鉄則です。ここでは不必要にたくさんの情報を載せるのではなく、意思決定等に不可欠な情報のみを提供すること。管理職にはそうした能力も求められているのです。
例えば、営業部門であれば、売り上げをKPIに置くケースは多いと思います。しかし、売り上げだけで本当に良いのでしょうか。売り上げは上がっていても、ターゲットとしている顧客が本当に獲得できているのか、1件あたりの金額は上がっているのか下がっているのかなども重要な指標となる場合があります。
また、社員の離職が問題になっているのであれば、離職率をKPIとすべきでしょう。5年後に社員の半数が退職を迎えると分かっているのであれば、新卒・中途採用を進めて行かなければなりませんので、面接者数や入社決定者数がKPIになります。自分の部門をマネジメントしていく上で何が重要となるのか。戦略的な課題をKPIに落とし込んで、モニタリングすることが欠かせません。
さらに、それをもう一段上の階層で考えたときに、重要なKPIは何でしょうか。上場している企業であれば、自分の部門の活動が株価にどう影響するのか、アナリストにどのような評価を受けるのかを考えてみると良いでしょう。
マネジメントリポートの例。最も伝えたいことを左上に書くのが鉄則
現状が一目で分かるものにする
KPIの状況はリポートの左上にまとめて掲載します。左上は、人間の目が最初に行く場所です。これは、目線の動きが自然と左上から見るようにできているからです。日本語だけでなく、英語でもこの目線の動きは変わらないので、グローバルに使えます。KPIでなくても、まず見てもらいたいものを1枚目の左上に載せると良いでしょう。
KPIは、達成状況に応じて、赤・黄・青と色分けして表示します。これは、世界共通で赤・黄・青(緑)の3色が使われている交通信号に基づく考え方です。赤は進行不可、黄は停止、青は通行許可、という世界共通認識を利用して、KPIが達成されていない場合は「赤」を、達成されない可能性があるものは「黄」を、そして、順調に達成されている場合は「青」を使って表現します。色を使うことで、「順調に進んでいない」赤や黄のところが視覚的にパッと分かります。最近は、企業経営に必要なデータを統合・分析・予測してくれるアナリティクスを入れているところも多いので、自動生成されたものから必要な項目だけピックアップしてリポートに入れ込む場合もあると思います。その場合も、視覚的に分かりやすい色を使うことをオススメします。
KPI以外は、どうしても目立たせたいところを除き、色の使用は控えるのがポイントです。何種類もの色を使っているリポートをよく見かけますが、どこに注目していいのか分かりにくく、時間が限られている経営層向きではありません。外部へ発表する資料など見栄えの良さが求められている場合はそれでいいのですが、社内資料は実益が一番です。
3つの視点を入れる
GE時代、リーダーにとって大切なことは、(1)変化をドライブし、(2)パフォーマンスを出し、(3)インテグリティを守る、の3つだと学びました。1つ目の変化をドライブすることは、社長や役員の仕事で特に大切なものです。社長は最終責任者として、役員は社長と共に担当事業・部門を中心に、企業の成功と存続のために社内外のあらゆる事に対して意思決定とアクションをします。企業の存続というのは、既存事業だけではなかなか果たせません。常に変わりゆくマーケットを見ながら、その変化に対応する形で既存事業を伸ばし、そして、既存事業が衰退する前に新しい事業を作り出していくかが重要です。
その彼らのミッションを支えるために、リポートには、現在、近い未来(2~3年)、中長期の未来の3つの視点を入れることを心がけましょう。
例えば、営業系の部門であれば次の3つのが考えられます。
・現在の売上を伸ばす時の課題とアクション
・2~3年の売り上げを伸ばす時の、マーケットに起きている変化とそれに対する課題、自社として取り得るアクション
・中長期の売上を伸ばすための新規事業案
営業系ではなく、バックオフィス系の部門であれば、将来のビジネス展開を予測し、自分の部門がどのようなことをしなければならないかを考えます。例えば、人事でしたら、未来のコア事業を作るために必要な人材要件は、現在の人材要件と異なる可能性があります。具体的に何がどう違うのか、どのくらいの人数が必要なのか、その人たちをどう養成するのかあるいは外部から採用するのか、現在働いている人たちはどうするのか、などの人事戦略を考えます。そのためには、日頃から、会社がどの分野に伸びて行こうとしているのか、事業ドメインはどうなるのかといった情報収集が必要となります。
会社や部門の将来はリポートを作成する人自身で考えること。コンサルタントや企画担当者に任せっきりにしないようにしましょう。誰かが考えたものだとコミットメントが薄くなりがちです。もちろん、アドバイスとして利用することは悪くありません。
未来のコア事業を作る具体的な手法については、別の機会に詳しくご紹介します。
経営層にしてもらいたいことを明示する
リポートの3つ目のポイントは、自分の部門がやることと課題を挙げた上で、経営層にどのように動いてもらいたいかを具体的に書きます。例えば、私は中長期を見据えた事業を立ち上げるために不可欠な人材の採用についてや、取引先の社長への挨拶など、やってほしいことをかなり具体的に書いています。
・社長の高校の同期のA社X社長に、トップセールスをかけたいので、ご紹介ください。
・1月×日の△の会合で、B社のY社長が出席予定、2月にプレスリリースを出す新規事業の件、ご挨拶のときに触れておいてください(関連資料はリポートに添付)。
すぐにどうしてもやってもらいたいことは、リポートに載せるだけでなく、必ず経営層に自分から働きかけましょう。一方で、リポートを見た経営層の方から、アクションを起こすために、書いた人にコンタクトするケースはよくあります。こちらから情報提供する機会を増やすためにリポートを積極的に利用しましょう。この人が書くリポートはここをみたらいいと分かってもらえるようになると、毎回そのポイントをチェックしてくれるようになり、さらに経営層を動かしやすくなります。
私は、このように具体的に書くという作業を通じて、経営層に何を求めているのか、求めていることは経営層でなければ実行不能なのかなど、自分の頭の中を整理したり仕事のアクションについて考えたりするツールとしても使っています。
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リポートは自社のスタイルが確立している場合は、自社のスタイルに則り、上記の視点が入っているかを確認してみてください。自社のスタイルが無い、あるいは分からない場合は、上記を参考にリポートを書き、提出し、そして、どういう点が自社に合っているかいないか情報収集をしてみる。その上で、自社に合ったスタイルを作っていくのがいいでしょう。まずはリポートを出してみないことには物事は進んでいきません。
一般に女性の良い点として、「分からないことを聞くことを厭わない」という性質があります。新任の場合、分からないことを分からないと聞けるチャンスもあります。管理職になっても、失敗を恐れずどんどんチャレンジすることが大切です。ドラッカーは、イノベーションは、技術開発や発明ばかりでなく、製品・社会・管理のイノベーションがあると説いています。管理職のあなたは、管理のイノベーションを推進する役割もあります。よりよいマネジメントをしていくために、リポートでも小さなイノベーションを起こしてみてはいかがでしょうか。
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