この占い師、普段は甘粛省蘭州に住み修行に励んでいるとのこと。見料は、中国や香港で縁起のいい数字とされる8を並べた888香港ドル(1万5000円)だという。私にとっては十分に高いが、中国のトップ中のトップが信頼するほどの占い師の見料としてはずいぶん安い気もする。それに、さぞ豪華なホテルに泊まっているのかと思いきや、雑居ビルのワンフロアで営業している、今風に言えば民泊のようなゲストハウスだというからいよいよ怪しい。ただ、その占い師を紹介してくれた友人が、中国にまったく関心のない日本人でも、名前を出せばほぼ全員が聞いたことはあると答えるだろう中国共産党の機関紙で副社長を務めた人物の子女で、人柄も知っていたので、この人の勧めなら、少なくともその占い師がまったくのニセモノということもないだろうと思い、話の種にと見てもらうことにした。

 ゲストハウスに着き、教えられていた1室をノックすると、ドアの向こうから気のよさそうな50代と思しき男が出てきた。出で立ちもいたって普通で、キョンシーが着るような袖が長くてカラフルないかにもな装束をまとうわけでもなく、紺色のスラックスに、ブルゾンというよりはジャンパー、グレーというよりはねずみ色と形容したい上着を着、かなりくたびれた黒の革靴を履いていた。私が日本人だと知ると、話が聞き取れないだろう、聞き漏らしたらもったいないぞ、書いてやるからノートを出せと言う。言われるままにノートを渡し、聞かれるままに生年月日と生まれた時間を伝えると、大学ノート2ページにわたって細かい文字でビッシリと、当時33歳だった私のそれまでの人生を振り返り、その後の人生についてを書き付けてくれた。

 中国要人のお抱え占い師に見てもらうんだということについては周囲に話していた。後日、どうだった? と皆から聞かれる度に、「いやあ、怖いほど当たるらしいから、これからが楽しみだねえ」と答えたのだが、そういう言い方をしたのには理由がある。それまでの私の人生についての占い師の見立てが、当たったと解釈すればそう思えないこともないけれども、外れたと言えばそうとも言える、つまりは、よくある星座占いや干支占いと大枠では大差ないものでしかなかったからだ。

 当時香港で在籍していた新聞社で連載していた占いコーナーで私が編集を担当していた大連出身の人相見の先生は、「人相見は、どのような骨格をした人がどのような人生を送ってきたかを顔のパーツ毎に細かく分類して答えを弾き出す統計学。他の占いよりも当たる確率は高いと思うが、それでもせいぜい6割だな」と話しているのを知っていた。それに当てはめれば、私の過去についてのこのお抱え占い師の見立てが、ガッカリするほど的外れだったということはなかった。ただ、人口12億人の国で序列が上から数えて1ケタ台というとてつもない要人が信用するほどの占い師にしては拍子抜けだったというのが正直なところだった。そして、中国のある部分を確実に動かしている人物が、この占い師の見立てを参考にしているのかと思うと、恐ろしくもあり、しかし一方で、それでも日々はつつがなく過ぎていくってことだなと、妙に安心したりもしたのである。

年男年女は赤いパンツで厄除け

中国では厄除けの赤いパンツの洗濯物が翩翻と翻る光景をよく見る(上海市内)
中国では厄除けの赤いパンツの洗濯物が翩翻と翻る光景をよく見る(上海市内)

 迷信と言えばこれも迷信になるのだろうが、該当する中国人の限りなく100%近くが信じている迷信がある。それは、厄除けに赤いパンツを履くこと。日本では年男年女というとその1年は勢いに乗り飛躍を図るには絶好の年というような感覚がある。ところが中国ではその年の干支が吉の方角を犯してしまうと見なすことから、年男・年女の年を「本命年」と呼び厄年とするのだが、赤い下着を身に着けることで厄払いになると考える。聞いてみると、年男年女は律儀に厄年を前に赤い下着を購入し、しかも1日、2日ではなく、年を通じてほぼ毎日、赤いパンツを履いているのだ。

 去年数えで36の年男だった上海人の友人、シャオワンももちろん、赤いパンツを履いて厄払いに余念が無かったのだが、12月半ばに会うと、「なんとか厄年を乗り切ったと思ったのに、最後の最後になって大厄が来た」と暗い顔をしている。まさか身内に何かあったのかと胸騒ぎを覚えながら尋ねると、「2軒目のマンションを買おうとしていた矢先に新しい規制が発表されて、買えなくなった。儲け話をみすみす逃したんですよ」と言う。さすがは狂ったような不動産バブルの渦中にある上海人の言うことは違うと、思わず苦笑してしまった。

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