祈り、巡礼できる自由

ここでもう1つ、2017年に中国でヒットしたものを取り上げたい。『ラサへの歩き方 祈りの2400km』(原題『岡仁波斉』、カイラス山の中国名。監督・チャン・ヤン)という映画である。チベット自治区の小さな村に住む村人たちが、チベット仏教の聖地ラサ(拉薩)、そして聖山カイラス山へ向かう合計2400kmの道のりを、「五体投地」という礼拝をしながら1年をかけて徒歩で巡礼する様子を描いたロードムービーだ。ドキュメンタリーではなくフィクションだが、演じているのは実際にチベットの村に住む一般人だという。
「五体投地」とは、両手、両膝、額の「五体」を地面に投げ伏して祈りを捧げる、チベット仏教で最も丁寧な礼拝のスタイルのこと。主人公等らの住む村があるチベット自治区東端のマルカム県は標高が平均4300m、カイラス山は6656mと、日本では体験できない高地にある。歩くだけでも気が遠くなりそうなこの厳しい環境を、彼らは、尺取り虫のように体を投げ出す礼拝をしながら、徒歩で歩き通すのだ。参加しているのは幼い少女から妊婦、老人の3家族11人。撮影中、妊婦は本当に道中で出産し、伴走のトラクターの荷台に新生児を載せて巡礼を続ける。今年の6月に中国で公開されると、興収1億元(約17億円)、動員300万人(2017年10月現在)という、「芸術映画」のカテゴリーで過去最高の空前のヒットになった。
さて、言ってみれば、聖地に向かって老若男女がひたすら歩き続ける映画がなぜ、中国で大ヒットしたのか。
日本での配給元のムヴィオラによると、「中国に先駆けて2016年7月に世界で最初の劇場公開が行われた日本では、映画を観るだけで心を整えることができるという声が高まり」、約2万人を超えるスマッシュヒットになったとのことだ。
ただ、短からず上海に住み、少数民族や農村の人たちの生活や現状にほとんど関心を示さない都会の中国人のことを知っている私は、この映画が流行ったのは、生活に余裕のある富裕層や上位中間層が、「スローライフが好きな私」に酔いしれ、他人にもそれをアピールするために、いわばファッションとして観たというところなのではないか、と思っていた。
しかし今年の12月半ば、渋谷の試写室で初めて本作を観ている途中で、いささか考えが変わった。あり得ないような猛吹雪で息ができなくなっても、豪雨で道路が川のようになりおぼれそうになっても、対向車にぶつけられ伴走のトラクターが走れなくなっても、崖崩れの落石で足をケガしても、慌てず騒がず、しかし歩くことを止めない彼らの姿に、観客等は純粋に心を揺すぶられたのだろうと。1年もの巡礼の間、収入がなくなるのを承知で旅に出て、聖地ラサに着いた時点で持ち金がなくなると、旅をいったんやめ、現地で洗車や建築現場の肉体労働をして数カ月金を稼ぎ、金がたまるとまた、聖山カイラスに向かうという彼らの生き様に、心を動かされた。そこに、普遍的なものを感じたということなのだろうと思った。
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