ピンクや黄色など奇抜な色に染め、両サイドを剃り上げて弁髪風にしたヘアスタイル、系統的にはストリート系のはずなのに、70年代から80年代にかけての日本に出現し社会現象になった暴走族やタケノコ族のにおいをも感じさせ、それらのいずれをも2段階ぐらいダサくしたようなファッション。相手を小馬鹿にしたような、世の中を舐めきったような、怖い物なしといった表情。すべてが露悪趣味に溢れている。見ているのが「いたたまれない」し、見ているこちらが「気まずい」気持ちになる。日本で言うところの「イタい」に通じる部分もあるかもしれない。

 「尬舞」の発祥の地は内陸の河南省鄭州の公園だ。その後、全国に広まっていくにつれ、ダンスを踊る人の年齢層も拡大していったようだが、中国のネット動画サイトで、発祥の地である鄭州で中心になって踊っている人等を観ると、中高年がほとんどであることに気付いた。

 その後、検索大手「百度」のネット記事で「鄭州の尬舞チームで躍っているのは一体どんな人?」という記事を見つけ読んでみると、やはりそうだった。中心メンバーの年齢は50代半ばから70歳ジャストまで。文化大革命(1966~76年)の前後に学齢期だった文革世代の人々である。

「自由=好き勝手に振る舞う」

 「尬舞」の流行を牽引する露悪趣味の文革世代が踊り狂う様を見ていて、やはり文革世代の上海人男性が話していたことを思い出した。彼は私よりも2つ年上の今年54歳だから、文革が終わった76年には中学1年生だった。中国有数の名門、上海復旦大学を卒業したエリートである。

 その彼が、日本旅行から帰ってきたばかりだといって話してくれたのは「自由」の話だった。「日本もシンガポールも旅行で行ったけど、中国がやっぱりいいよ。だって自由だもんな」と言うのだ。

 自由とは、言葉が不自由だったからつまらなかったという意味かと思ったが、しかしシンガポールなら中国語が通じるはず。すると彼は、「違う違う。日本は町も電車の中もレストランもどこもかしこも静かじゃないか。大声でしゃべると冷たい目で見られるだろ。それにシンガポールも日本も、道路にツバを吐いたらイヤな顔をされる。シンガポールはゴミを捨てたら罰金だぜ。その点、上海はツバは吐き放題、ゴミは捨て放題、大声でしゃべってもだれも文句を言わない。中国はまったく自由さ」

 自由には責任が伴うものだとか、自由は不自由なものだとか言うような、自由についての議論をここでするのはやめておく。ここでは、中国の文革世代は、「自由」を「好き勝手に振る舞うこと」と捉えているようだということ、そして、この世代が踊る様を、若い世代が「いたたまれない」という思いで見ており、そこから「尬舞」という言葉が生まれたようだということを、ひとまず覚えておいてほしい。