岡本:中国がまだ中国という国名ではなかったころ、自分たちの国は王朝名で呼ぶしかない。でも王朝に仕えるのは嫌だという人がいて、自分たちのことをどのように呼ぼうかと考えた。自分たちは国民になりたい。そういう人たちが支那と呼びはじめた。俺たちは支那人と名乗ろうと決めたのです。例えば、中国の革命家が日本で出した雑誌には『二十世紀之支那』というのがあったぐらいです。

 だけどよく考えてみると、それは日本人が「俺たちジャパン人」と言っているのと同じ。すごくおかしいので、自分たちの国名を考えないといけないと言いだした。じゃあ、昔から言っている中国にするかと。威張っている国名みたいだけど、まあ、威張るのはみんな一緒だから許してくれ、みたいな形で。

山田:アラン・ブースという作家がいて、太宰治の『津軽』を読んで、作品をたどる旅をしたのですが、そのときに、太宰の実家で、当時は記念館と旅館になっていた「斜陽館」に行ったんですよね。そこでブースが言っているのは、いくらその作家の代表作だとは言え、斜陽なんて縁起の悪い言葉を、もうけなきゃいけない旅館に付ける中国人は誰一人としていないだろう。いかにも日本人らしいと。

 中国では町のちっぽけなアパートでさえ「何々国際」「世界ビル」というような威勢の良い名前を付ける。

岡本:我々は中国から文字をもらって、それで自分たちの思考を表してきた。我々が作った言葉が、今度は中国に影響を与える。でもお互いに社会組織とか物の見方・考え方とかが全然違うから、同じ字を使っていても、当然のことながら表現するものとか、表現するベクトルとかが違うはず。そういうことを踏まえて、コミュニケーションを取らないといけないはずです。

山田:まさに魯迅の世代では、西洋のものに関して日本語に訳されたものを中国人が勉強したというのがたくさんありますよね。医学にしても科学にしても。

岡本:それでしか中国人は西洋にアクセスできなかったという歴史があるんですね。もちろん直訳みたいなことを彼らもしてみたんだけど、できない。古典の規制が強すぎて。例えば「進化論」という言葉がありますが、進化という言葉は日本語からきている。最初に中国語で自然淘汰みたいな言葉で訳してみたけど、何か古典語みたいで全然、その意味がイメージできない。

 いろいろな言葉がそんな状態。それが古典を踏まえない日本の漢字の並びで中国に入っていったら西洋のものを考えられるようになった。そんな歴史がある。こういったことは、中国人も知らないけど、そういうこともあったんだと、中国人に教えてあげれば、話題になると思うし、お互いに近くなれる。

 漢字はすごく面倒くさいですけれども、漢語圏はそれだけに共通の歴史があります。我々は研究レベルの部分が多いんですけど、そうも言っていられないような時期にもきているような気もします。

「正統」について中国はどう考えているか

山田:昨今の言論や世情を見ていると、「学者なんだから、世事のことなんか知らないよ」とばかりは言っていられないという危機感を持ち、何か発言しなければと思われたということですね。ただ、学問を専門にやられている方は、本当に正しいかどうかをはっきりさせるまでは、外に出せないというところが難しいですよね。

岡本:それはやはり学問の厳しさで、学問的な約束としてはそうでないといけない。ただ、もう間違いないだろうとなれば、どんどんアウトプットしていかないと。世の中のスピードも速いですし。

 翻訳概念に関してはずっと研究してきました。一昨年ぐらいにやっとまとめて発表したのですが、沖縄の問題や尖閣の問題とか、竹島の問題などが目前に出てくると、ちょっと待っていられないですよね。そういった問題は歴史から考えてくださいと、我々が言わないと誰も言いませんから。

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