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 中国の歴史学者として著名な岡本隆司・京都府立大学文学部歴史学科教授をお招きして、中国との付き合い方について考察する第2回。前回に引き続き、中国を見誤らないためには、どんなことを理解しなくてはならないのかなど議論した。

(前回の記事「西洋の物差しで中国を測るから見誤る」から読む)

岡本 隆司(おかもと・たかし)氏
京都府立大学文学部教授。1965年京都市生まれ。神戸大学大学院文学研究科修士課程修了、京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(文学)。専門は近代アジア史。多言語の史料を駆使した精緻な考証で、現代の問題にもつながる新たな歴史像を解き明かす。
著書に『近代日本の中国観』(講談社選書メチエ)や『歴史で読む中国の不可解』(日経プレミアシリーズ)など。

岡本:中国ですごく難しいのは、なかなか本音のところを話してくれないこと。何を考えているのかとか、どうしたいのかとか、捕捉するのがとても難しい。めったなことを言えないというのがあるのでしょうけど。

山田:だから昔から、中国は隠語が発達したのでしょうか。

岡本:我々が読んでいる古典でも、ほとんどの人が読んでいる古典中の古典というのがあって、そこで使われている言葉を張り付けて文章をつくるんですよ。つまりすべて比喩だとか、隠喩だとか。要するに自分のストレートな文章、自分のいいたいことを自分の言葉でいうのは下の下だと。

山田:下の下ですか。一方で、中国人の知人に、例えば、「食べても食べても太らないんだ」なんて言うと、「腹に虫でもいるんじゃないか?調べてもらえ」なんて思った通りのことを真顔で言ったりしますけどね(笑)。

岡本:私的な会話・口語はそれでいいんですが、公的な文章・書面はガラッとかわります。多面的で複雑ですから、ばか正直で、ストレートで、しかもみんな平等な日本人からすると、本当に対極の人たちなんですよね。

とにかく平等は嫌い

山田:本当に忘れちゃいけないのが、平等が嫌いというところですよね。

岡本:韓国人はもっとですけど、とにかく人をランク付けしたい。逆に言うと自分は上にいきたい。

山田:私は農民工の人たちと20年ぐらい付き合ってきたのですが、「出生時点でこんなに格差があって、とんでもない社会だ」ということに対して私は怒るわけですよ。そして、農民工である彼ら自身に、その不平等に憤りを感じないのか? と尋ねるのですが、「それは仕方ないよね」というんですよね。彼らの考え方を理解できない、不思議に思うということこそが、日本的価値観で物を見ているということなんだなと。彼らは本当に平等が嫌いなんだと。

岡本:多分農民工の人たちの中にもすごい格差があって、それでとにかく下がいればそれでいいとか。あの中でも搾取、被搾取関係がある。

山田:ああ、なるほど。

岡本:我々の研究の中でも、乞食ギルドみたいなのがとりあげられることもあるんですよ。とにかく物乞いをしている連中でも親玉みたいなのがいて、下っ端から搾取しているとか。

山田:研究とおっしゃいましたけど、それはいつごろのことでしょう。

岡本:清代とかで、そういう記録が出てくるのですが、もっと前からあってもいいとは思うんです。そういう貧しい人たちでも、その中ですごく争っていて、階層ができている。その間でも、何とか上に上ろうという人たちもいる。ですから、上下関係でもすごく多様で重層的ですし、もちろん平面的にも、いろいろなところがある。