何より、創業当時から自由や独立した思想を掲げながら、同店20年の歴史の大半を、思想的にも政治的にも当局から特に問題視されてこなかったという事実がある。それがいまになって、問題視され始めたということをどう考えればいいのか。やはりこれは、いまの中国が、季風書園「程度」のささいなことにまで神経をとがらせ、締め付けをきつくし始めたと見ざるを得ないということになる。

 そして、家賃の高騰で季風書園が立ち退きを迫られた9年前には、「上海の文化の火を消すな」と声を上げた上海の知識層も、今回は存続運動など目立ったアクションを起こしていない。「起こせない」というのが正確なところなのであろう。

「リアル書店復興」の寂しい実態

「上海で最も美しい書店」の店内

 一方で、上海をはじめとする中国の大都市ではいま、オシャレ大型書店が増殖し人気を集めている。オリジナルの雑貨を扱い、カフェを併設するところがほとんどで、例えるなら、生活提案型総合施設として新しい書店の姿を示したと言われるTSUTAYAの代官山T-SITEのようなスタイルと言えばいいだろうか。

 また上海では、商業施設の広場に期間限定で半透明の小ぶりな移動式書店を設置し、期間中、日替わりで毎日異なる作家のサイン会や朗読会を開くという面白い試みをする書店も出現し、本好きの間で話題になっている。

 こうしたオシャレ書店には、天井まで届く壁一面の書架に囲まれたゴージャスな空間で、コーヒーの香りに包まれながら本を吟味する知識人の姿もあるが、一方で、本には全く関心を示さず、物珍しそうにキョロキョロ歩き回りながらインスタ映えしそうな写真を撮りまくる、金回りが良さそうな風体をした富裕層と思しき一群も目立つ。

 彼らを見ていると、これら最近はやり始めた新たなリアル書店のブームの背景にある存在が見えてくる。些細なことにも神経をとがらせ始めた社会に息苦しさを感じ、逃避できる静かな空間を書店に求める知識層。そして、流行の先端をカネで支える富裕層だ。

 私は12月初旬の2日間を使って、最近話題になっているこれらオシャレ書店のうち、「上海で最も美しい」と呼ばれる書店と、浦東の超高層ビル群が一望できる書店を訪れた。いずれも品揃えは圧倒的だった。しかし、過去20年、上海の言論界とリアル書店をリードしてきた季風書園の「当代中国研究」の棚にあった、農民工関係の本は、どちらの書店でも一冊も見つけることができなかった。

 オシャレ書店の増殖や書店の多様化は、「リアル書店の復興」と評されることもあるようだ。ただ、書店の棚から中国の抱える社会問題を扱う本が消えるということはすなわち、「書店に来る人間が、書店に来ない人間のことを考えなくなる」ということに他ならない。それで、何がリアル書店の復興か。中国社会の分断はこうしてさらに深刻の度合いを増し始めた。

上海浦東の超高層ビル群を一望できる立地に建つ大型書店