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 Everfilterや東宝の反応を見る限り、中国側の勇み足だった可能性が高いように思えるが、全貌についてはまだ分からない。いずれにせよ、先にも触れたように、複数の中国のメディアは11月22日前後から、このアプリによる写真加工とSNSでの拡散があることを伝えており、これが「君の名は。」の宣伝手法の1つだとの認識が定着してしまっている。

 さらに、Everfilterがフェイスブックで一時停止を宣言した12月7日の午後の時点で、ページのトップに「君の…名前は…?」と大書されたブラウザ版ではなお、新海誠風の加工ができるようになっている。ただし、このサイトがフェイスブックで一時停止の声明を出したEverfilterと果たして本当に同一の組織なのかは不明だ。

 このように、中国国内における新海監督のコンテンツ使用について、どこかでこれを認める経緯があったのかどうかは、これを書いている現時点でなお分からない。ただ、この問題は、コンテンツ産業が中国市場に進出するあたっての難問が表出したものでもある。

難しい中国の二面性

 先に、「君の名は。」の上海の上映館における中国人の観客らの反応には気持ちのいいものがあった、と書いた。ただ、非難されてしかるべき行為が相変わらず無くなっていないことにも言及せねばならない。それは、上映中のスクリーンをスマホで写真や動画に撮り、その場でSNSに上げている人が1人や2人ではなかった、ということである。

市内に早くも出回っている「君の名は。」の海賊版DVD

 繰り返すが、写真加工とその拡散が許可を受けての宣伝だったのか否かは現時点ではなお不明だ。ただ、上映中のスクリーンを撮影しSNSで拡散するという行為を、ネット時代の宣伝の1つとして割り切って中国市場をとるのか、あるいは創作を生業とする者の生存と根幹に関わることだとして、そのような行為が横行する国には背を向けるのか。二者択一はいささか乱暴だが、いずれにせよ、理解を深める努力をする必要はあるし、自らの立場と考えは、ハッキリ示すべきだと思う。

 スクリーン撮影、海賊版DVD、無断利用による写真加工など中国における著作権に関する問題には、この問題に対する認識の甘さの他、最近は中国マネーを背景に「いずれにしても中国市場は捨てられまい」という傲慢さが支えている部分が出てきているように思う。ただ一方で、「君の名は。」に笑い、泣き、ホッと安堵のため息を漏らす中国の観衆の素直な反応には感動した。光と闇のようなこの2面性が、著作権にかかわらず、様々な問題や局面につきまとうのが中国を理解する上での難しさ。私はそのことを再認識させてくれた映画として、「君の名は。」を記憶することだろう。